人生100年時代に起きる「負のトライアングル」の恐怖

 日本人の寿命は伸び続けている。2020年の日本人の寿命中位数は88歳にまで至っているし、今後もじわじわと伸び続けるだろう。今世紀後半には日本人の半分が90代後半まで生きることになる。人生100年時代というワードはすっかり定着したが、実際に筆者と同年代の人間は100歳まで生きる人間が多いに違いない。

 ところが、最近は人生100年時代の負の側面が目立ち始めている。ライフステージに関する問題はどんどん深刻化しており、誰もが無関係ではない。21世紀後半に向けて日本人のライフステージはますます困難を抱えるようになり、先行きは決して明るくない。人生100年時代は①結婚難②少子化③老後不安、の三重苦を抱えており、この3つは相互に連関している。今回はこの負のトライアングルの構造を解き明かし、日本の行く末を考えたい。

①結婚難

 生涯未婚率は最近どんどん上昇しているという。現時点で男性の生涯未婚率は3割に到達しようとしており、このままだと今の若者世代は40%を超すかもしれない。晩婚化・晩産化も進んでいる。近年の日本社会はどんどん結婚しにくくなっているのだ。

 結婚難の理由を考えてみよう。しばしば指摘されるのは女性の高収入化である。2010年代に女性活用が国家規模で推進されるようになり、現在の30代は大半の女性が仕事を持っている。女性の平均所得が上昇したため、男性は結婚しにくくなった。女性は本能的に上昇婚志向を持っているからだ。また、女性がキャリアを追及し始めたことで若い時代に仕事に全力投球することが求められるようになり、婚活の期間が短くなった。これらの事情により、晩婚化が進行する。

 日本人の寿命は伸びているが、卵子の寿命は伸びていない。ライフステージが後倒しになったことで女性が出産できるタイミングは遥かにシビアになった。晩婚化によって不妊に悩んだり、一人っ子になる世帯が増えた。令和日本において、男性は以前よりも高い年収が求められるようになり、女性は以前よりも結婚・出産のタイムリミットが厳しくなった。

 では以前のように女性の社会進出が進んでいない状態に戻せば良いのだろうか。それは不可能だ。ジェンダー平等の流れもあるが、それ以上に要因として考えられるのが少子高齢化に伴う労働力不足だ。日本社会は女性労働力を求めているのだ。世界大戦の時に女性の社会進出が進んだのと同じ状態である。

 また、ミクロ的な要因もある。パワーカップルが増加したことで首都圏の不動産価格は上昇しており、二馬力でなければ生活がままならない。昭和のように女性がキャリアを放棄してお嫁さんになるというのは困難になっており、結婚生活の難易度は遥かに上昇している。

②少子化

 結婚する人が減ったこと、晩婚化が進んだことによって少子化は進行している。生涯未婚の人間は言うまでもなく、結婚が遅かったことによって妊娠が難しくなる人間が増えている。アラフォー初産の人間が二人目三人目と産むケースは多くないだろう。

 教育費の高騰は少子化の大きな原因だ。ここはかなり根が深い。少子化が進行したことで一人っ子に多くのリソースを割ける世帯が増えた。受験戦争は相対的な競争なので、一人当たりのリソースが大きくなれば、競争相手もそれに応じてリソースを割かなければならない。令和の子育てにおいて、子供が多い世帯は一人っ子の世帯に受験戦争で負けてしまう。教育費の高騰は少子化の原因のみならず、結果でもあるのだ。兄弟が多かった時代は「女の子に教育は要らない」という価値観が存在したが、最近は通用しなくなっている。女子であっても男子と同じくらい教育費がかかるのだ。

 子育てコストは結婚難をも助長している。女性が仕事を持つようになったため、子供を産むことは直接費用のみならず、キャリアの断絶という巨大な機会費用を伴うようになった。令和日本において子供は高級車よりも遥かに高価な贅沢品と化している。少子化によって良い教育を受けた人間は自分の子供にも同様の費用がかかると認識しているだろう。子育て費用の高騰はどんどんエスカレートしていく。莫大な負担を前に結婚を尻込みしてしまう人間は増えていくだろう。

 こうして日本の人口ピラミッドはどんどんキノコのような形に変化している。これによってタダでさえ深刻な人生100年時代のリスクが助長されている。高齢化率の上昇で日本の財政と人手不足は深刻な状態になっていくだろう。

③老後不安

 日本人の老後の期間は寿命と同時に伸びている。以前は定年と同時に残された期間は僅かだった。労働者はそれほど心配せずに悠々自適に引退することができた。しかし、現在は違う。寿命が伸びたにも関わらず、日本人が働ける期間は伸びていない。人生100年時代において、キャリアが60歳で打ち止めになってしまうのは重大なリスクだ。以前は「お疲れ様」だった定年退職は、年々雇い止めという性質を持って来ている。

 一方で80歳90歳になれば健康問題を抱えることも増えるだろう。老後期間が伸びたことによってますます医療費は増加する。長生きは金がかかるのだ。一説には禁煙の推奨によって日本の医療費は増大したとも言われている。60代70代で急死する人が減少したことで、彼らは80代90代に介護老人になることになった。

 また、少子化も老後不安に拍車を掛けている。財政上の理由で年金が減額されるのは疑いようがない。一人っ子や子供がいない世帯も増えているため、一層自力でなんとかしなければならない。恐ろしいのは大量の未婚男女が高齢化した場合だ。彼らは身寄りが無いので、国家のリソースをかなり食いつぶすことになるだろう。子供を産まなかった彼らは他人の子供の手によって介護されることになる。ある種の「子育てフリーライダー」となるわけである。彼らの存在によって子育て世代の負担は更に大きくなる。

 必要な老後資金が増加する一方で年金をはじめとした社会保障はどんどん減少していく。これらを踏まえて最近は老後資金の資産形成の話ばかりが取り沙汰されている。だが、この方針もかなりの困難を極めるだろう。日本は今後「人手不足インフレ」になる可能性が高いからである。医療や介護といった高齢者に関する産業はとにかく人手がかかる。日本中の高齢者が資産形成に成功したとしても、インフレで帳消しだろう。ケアを必要とする人数が増加し、ケアワーカーが減少するという全体の構造が変わらない以上、高齢者の老後不安は解決しない。

 結果として、今後の日本人は「65歳でFIRE」のような形の人生設計になるだろう。キャリアは65歳で消滅するので、それまでに100歳まで逃げ切れるだけの資産形成を行わなければならない。日本人の人生観はこれまで以上に保守的になり、消費性向はますます下がるだろう。

 老後資金の増加は少子化にも拍車を掛ける。もはや複数子供を持っていたら老後資金が足りなくなってしまうのだ。じゃあ一人っ子が良いかというと、今度は介護負担が大きくなってしまう。40代50代で介護離職した人間は老後資金に事欠くことになるだろう。これらの負担によって子供に割けるリソースは少なくなり、少子化はさらに悪化する。晩産の親から生まれた子供は子育てする年代に親の介護が振りかかってきて結婚や出産を諦めるかもしれない。こうなると、結婚難にも関係してくる。

負のトライアングルの形成

 これまで挙げたように、結婚難・少子化・老後不安の三本柱は相互に強く連関しており、補強関係にある。悪循環が止まる可能性は低い。結婚難によって子供の数が減り、年金が減額されて老後不安はますます強まる。老後不安の恐怖から一人っ子で我慢する世帯が増え、良い教育を受けた彼らはキャリア形成で時間を取られ、結婚しにくくなる。

 人生100年時代の根本的な問題は寿命に対して働ける期間が短くなっていくことだ。100年のうち、働ける期間は40年に過ぎない。これは少子化と技術革新で教育機関が伸びたことも原因の一つとなっている。60年もの間、無収入で食いつなぐ必要があるのである。少子化によって社会保険料は減少する。一方で老後の医療費は増加する。人手不足で介護費用はインフレしていく。労働力不足を解消するために女性登用が進むが、これは少子化を更に加速させる。一人っ子は中学受験志向が強く、これは教育費の高騰を更にエスカレートさせる。

 これらのリスクを解消する方法はない。世界のほとんどの国にこれらの問題は発生するだろう。アンチフェミの言うように女性の地位を引き下げればどうか。この場合は労働力が足りなくなる。男性目線でも、二馬力でなければ老後資金の形成は難しくなるだろう。では独身税を作って子供を産むインセンティブを作ればどうか。これも現実的ではない。独身世帯はむしろ経済的には弱者に相当するからだ。税制は弱いものいじめを許容しない。成田悠輔の言うように高齢者を虐殺したらどうか。これまた逆効果になる。何故か軽視されがちなのだが、高齢者福祉は現役世代の士気のために不可欠である。大企業を辞める若手の理由の代表格が「40代50代の社員が幸せそうではない」なのだ。人間は未来を予想して動く生き物であるため、姥捨山の惨状を見ればますます若者はやる気をなくすだろう。

無理ゲー社会を生き抜くには

 人生100年時代の日本は完全に無理ゲーとなっていく。この地獄から抜け出て勝ち組になるにはどうすれば良いのだろうか。

 一番は長く働ける職業に就くことだ。定年のない資格業は筆頭になりうる。農業なども意外に強いかもしれない。これには健康管理も重要になってくる。若年労働力を使い捨てにするブラック企業は論外だ。最もおすすめしないのは反社会勢力のように引退が早い上に健康を害する職業だ。

 子供に関しては、二馬力は前提となるだろうから、実家の近くに住んでいる人間が勝ち組となるだろう。この点で首都圏の出身者と地方のマイルドヤンキーは有利である。困難を抱えるのは地元に就職先がない地方の秀才だろう。

 結婚難に関しては魔法の解決法はない。早めに動くことが肝心になるだろう。年齢が行くにつれて婚活は難しくなるし、不妊のリスクも上昇する。本来は同居した方が生活費も安くなるのだが、文化的慣習が原因で結婚すると金がかかるものとされている。豪華な結婚式のような旧態依然とした文化は廃止すべきである。

 大変皮肉なことなのだが、日本人の寿命が伸びたことでむしろ現役世代はスケジュールがタイトになってしまっている。人生の長すぎる余生に不幸な思いをしたくなければ、元気な時代に資産を形成しなければならない。それは金融資産のみならず、配偶者や子供、さらには友人関係にも及ぶだろう。


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