山中湖に眠る「綺麗な思い出」

先輩と過ごす最後の夏があと一晩で終わる。
この夏合宿が終われば、先輩たちは引退。もう一緒に稽古することもない。
大好きなあの先輩はたぶん、引退したらもう部活には顔を出さないだろう。
なんとなく分かる。先輩はそういう人だ。
だからゆっくり話せるのも、じゃれ合えるのも、冗談言って笑えるのも最後なんだとうっすら覚悟していた。

夏の合宿は毎年山中湖で行われていた。大学だったが体育会系の部活に入っていた。稽古は相当きつかった。最終日。先輩たちの引退前の儀式みたいなものを一通り終え、最後の夜に一同食堂に集まり、打ち上げをやるのが恒例だった。飲み会ではOBに飲まされOGに飲まされでベロベロにみんなが酔っていた。周りは飲みきった空き缶と飲みきらない空き缶、一升瓶に開けかけたスナックが散乱していた。

「さあ、いくぞー!」

OBのかけ声と同時に大量の花火を持ってきてくれた。酔いが回ったところでお開きの前に湖に行って花火をやるのだ。
夜の山中湖は昼に比べぐっと気温が下がる。まだ9月の上旬だがジャージの上着やパーカーを羽織っていないととても寒い。外に出て湖まで徒歩5分。冷たい空気が酔って火照る体を冷ました。

「寒いですね」と先輩に話しかけた。
「寒いな、お前パーカーだけで寒くねえの?」
「いや、寒くないですけど」
「若いな」
「2つしか違わないじゃないですか」
そんな他愛もない話をしていた。今思い返しても何を話していたかよく覚えていない。
きっと大好きな先輩と“後輩”としてオフィシャルに話せる最後の機会だから何か話さなければと焦ってつまらないことばかり話していたんだと思う。

湖についたら早速花火をはじめていた。1,2年の男子が先輩からスパークや吹き出し花火を持たされて大騒ぎしていた。


先輩へ好きな気持ちを伝えたいとは思った。だが先輩には彼女がいて、その彼女がこの部内にいることも私は知っていた。そしてそれは彼らが密かに付き合おうとしていることも知っていた。なんならその先輩と彼女が円満ラブラブではないことも女の勘ですぐ分かった。全部分かっていた。全部知っていた。その上で、あの頃の私には先輩を奪う技術も、盗む才能も、誘惑する色気も無かった。不戦勝の逆、不戦敗とでも言おうか。だから最後にせめて、一緒に居させて欲しかった。“後輩”という立場で一緒に居る時間が1秒でも長く欲しかった。

正直その時何を話していたか今となっては覚えていない。

目の前には山中湖と夜の綺麗な富士山の影と満点の星空が広がっていた。
富士山にはポツポツと光の帯が見えた。どうやら翌朝の日の出に向けて夜中の登山をしている人たちらしい。この光の帯は夏にしか見られない。
自然に囲まれた漆黒の空に少し色を変えた黒で富士山のシルエットが見える。普段見る青と白の色彩とは全く違い、かたちと何種類もの黒で水墨画の様に魅せる富士山は私の人生の中で一番美しく記憶された。黒の色合いにアクセントのように輝く星と夜間登山の灯り。空気も冷えて澄んでいたのでより鮮やかな黒の色合いが際だった。

一番最後に先輩と線香花火をした時、弱くはかなく光る花火を見て


「俺は、この線香花火みたいにすぐ死ぬかな、いやでも逆に細く長く生きそうだよな。なかなか死ねなそうだな」


と言った。


コイツ、何言ってんだ?、と。
今改めて考えると何言ってんだ感がハンパない。
文字に起こすと一層際立って何言ってんだ感がハンパない。

だがその時の私としてはなんて哲学的なこと言う人なんだろうと思っていたんだろう。
背景の富士山と重なり、今ではとても綺麗な合宿の思い出として保存されている。


山中湖から見えた綺麗な黒い富士。
きっとずっと忘れない。

そして、




この「好き」は山中湖の奥底に沈めることにした。


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