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O博士の選挙ロボット(都知事選や都議補選とは無関係のSF短編小説)

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O博士は、長年の研究の末、選挙ロボットの開発に成功した。
選挙ロボットは、選挙において絶対に正しい情報を発信するロボットだ。
頭はやかん、体はドラム缶、手足はサランラップの芯でできている。
やかんの注ぎ口から、ピーという音と蒸気とともに、絶対に正しい情報を発信するのだ。

ちょうど、A県の県知事選と町の町議補選がある時期だった。

現職の県知事はステキマダム氏で、ここのところA県で猛威をふるっているオソロシウイルス対策で手腕を発揮したといわれている。

O博士が応援するのは、二番手と評されるセイジツベンゴシ氏だ。地道な活動を行なってきた硬骨の弁護士で、リベラル党、革新党、左派等の推薦を得て現職に挑む。

町議補選では、O博士はマジメガクシャ氏を応援していた。東大を出てハーバード大の大学院でジェンダー学を学んだ秀才で、セイジツベンゴシ氏と同じ支持基盤に支えられていた。

ある日O博士は、街の電柱にこんな張り紙を見つけた。
「セイジツベンゴシ氏とマジメガクシャ氏が演説会!一般市民から候補者へのアドバイスを大歓迎!」
これこそ我輩の待ち望んだ機会だ。そう思ったO博士は、演説会に選挙ロボットを連れて行き、セイジツベンゴシ氏とマジメガクシャ氏に素晴らしいアドバイスを送ろうと決めた。
みんな、我輩の選挙ロボットに惜しみない拍手喝采を送るに違いない。
O博士は選挙ロボットのやかんの蓋の部分を愛を込めて撫でまわした。
選挙ロボットは喜んで、注ぎ口からピーと蒸気を吹き出した。

演説会は大盛況だった。
最初にセイジツベンゴシ氏がスピーチをし、次にマジメガクシャ氏がスピーチをした。
その後一般市民からのコメントの時間になったので、O博士は満を辞して選挙ロボットとともに壇上に立った。
「これから諸君に、我輩が開発した選挙ロボットをお目にかけます。選挙ロボットは絶対に正しい情報をみなさんに提供します。」
会場からは拍手や「ロボット頑張れ」という声が飛んだ。

O博士が選挙ロボットのやかんのフタをすこし回し、選挙の真理を発信する回路のスイッチを入れた。
選挙ロボットはやかんの口から蒸気を吹き出しながら「ピー!選挙ハ多数ノ支持ヲ得タ候補者ガ当選シマス」といった。
「その通りだ!」「いいぞ!」客席の反応は上々だ。

O博士はまたロボットのフタを回す。
「ピー!人柄ガ魅力的ナ候補者ガ多クノ選挙権者ノ共感を得マス」
「そうだ!」「正しいぞ!」「素晴らしい意見だ!」客席のボルテージが高まってくる。

「ピー!ヨリ多クノ選挙権者ニ支持シテモラエル政策ヲ訴エナケレバナリマセン」
「最高の考えだ!」「なんていいことをいってくれるんだ!」「今世紀最高のロボットだ!」会場は沸きに湧いてきた。

「ピー!行政ニ携ワッタ実績モ重視サレルデショウ」
「ピー!選挙区ニ根付イタ候補者コソ選挙権者ニ身近ナ存在トナリマス」
「そうだそうだ!」「このロボットのいうことは全て正しい!」「私も同じことを考えていた!」「私もだ!」
会場全体のボルテージは最高で、客席の熱気でなんだか気温まで高まってきたように感じる。

O博士は、嬉しかった。
自分が開発した選挙ロボットがみんなを喜ばせている。
O博士は、誇らしかった。
選挙ロボットの発信する情報がこんなにも受け入れられている。
O博士は、選挙ロボットが博士の支持する候補者たちに最高のアドバイスを送ることを確信した。
今度は選挙ロボットのやかんの蓋を逆回しに回して、候補者へのアドバイスを発信する回路のスイッチを入れた。

「ピー!セイジツベンゴシ氏ハ75歳ト高齢デ冴エナイ容貌、喋リ方モツッカエナガラ淡々トシテオリスピーチニムイテイナイ。東大卒ノ弁護士トイウ経歴モ庶民カラハ遠イ存在ニナッテシマウ」
あっ、あれっ???という空気がクルッと回って会場の中を吹き抜けた。
「ピー!セイジツベンゴシ氏ノ政策ハ弱者救済バカリデ中間層ニリーチシナイモノガ多数。貧困ヲ無クストイウ暗イイメージノ言葉ガ多ク、楽シイ給食トカ心配ノナイ働キ方ナド明ルイ言イ方ヲデキテイナイ」
「ピー!ヘイトスピーチ対策ナド、多数ノ選挙権者ニ訴エナイ公約ガ多イ。ヘイトスピーチ問題ノヨウナ一般受ケハシナイガ大切ナ課題ハ選挙ノ公約トハセズ知事ニナッテカラ粛々ト進メルベキ」
会場の空気が一転した。「セイジツベンゴシ氏の実直さをバカにするのか!」「ヘイトスピーチ問題を訴えるなというのか!」怒声が飛ぶ。
「ピー!弁護士トシテ偉大ダガ行政ノ経験ガナイセイジツベンゴシ氏ハマズハ町議トシテ経験ヲ積ムノガヨイ」
「ふざけるな!俺たちの候補者を馬鹿にしているのか!」今にも壇場に駆け上ってきそうな激しいヤジが飛び交う。

O博士は慌てて選挙ロボットのスイッチを切ろうとした。
しかし選挙ロボットはどこかの回路がおかしくなったらしく、止まらなくなった。
「ピー!マジメガクシャ氏ハ東大カラハーバード大ノ大学院ニ進学シテオリエリート過ギテ庶民ノ共感ヲ得ラレナイ」
「ピー!マジメガクシャ氏ノ訴エルジェンダー平等トイウ政策ハ選挙権者ニウケイレラレナイ。ナゼナラ選挙権者ノ半分は中卒高卒デアリジェンダートイウ言葉に馴染ミガナイ。大卒者デモ理系ノ学部ノ出身者ハジェンダートイウ言葉ニ馴染ミガナイ。ジェンダー平等トイウ政策ノ意味ヲ理解デキルノハ有権者ノ25%程度デアル」
「ピー!マジメガクシャ氏ハB県出身者デアリA県ニ馴染ミガナイタメ地元愛ヲアピールデキナイ」

今や会場は怒りの坩堝と化した。
誰もが唾を飛ばして、選挙ロボットに対する怒りを叫んでいる。

「ピー!現職ノステキマダム氏ハテレビニ出演シテ密デストキャッチーナ言葉デキュートナ女性トシテ親シマレテイル」
「ピー!現職のステキマダム氏ハオンライン就活ヤテレワーク推進、テイクアウト販売ヘノ業態変換推進ナド具体的カツ需要ノアルシステムノ整備ヲ訴エテオリ多クノ中間層の社会人や学生ニ届クダロウ」
「ピー!極右ノステキマダム氏ハ思想的ナ理由カラ朝鮮人犠牲者追悼式典ニ追悼文ヲ送ッテイナイ。シカシ選挙デハソノヨウナ思想性ヲ隠シ万人受ケヲ実現シテイル」

観客たちは、壇上に駆け上がった。
誰もが、自分たちの愛する候補者を貶め政敵である現職候補者を褒め称える選挙ロボットを許せなかった。
「マスコミが報道しないのが悪い!」「現職が卑怯なのだ!」「大衆に媚びるのはポピュリストだ!」「私たち前衛が民衆を導くのだ!」口々に叫びながら、選挙ロボットをボコボコと殴り始めた。

何十発も何百発も殴られ、やかんのふたがまわってしまったのだろう。
選挙ロボットは、弱々しく呟いた。
「ピー。。。選挙ハ多数ノ支持ヲ得タ候補者ガ当選シマス」
激しい殴打でやかんの注ぎ口が曲がってしまう。
「ピー。。。人柄ガ魅力的ナ候補者ガ多クノ選挙権者ノ共感を得マス」
胴体をしたたかに蹴り付けられ、ドラム缶が大きくへこんだ。
「ピー。。。ヨリ多クノ選挙権者ニ支持シテモラエル政策ヲ訴エナケレバナリマセン」
踏みつけられたサランラップの芯の手足がバキバキと折れた。
「ピー。。。O博士ノ支持スルセイジツベンゴシ氏トマジメガクシャ氏ノゴ当選ヲ祈リマス」

それが、選挙ロボットの最後の言葉になった。

会場を後にしながら、O博士は失意の涙を流した。
「彼らはロボットをあんなに支持していたのに、最後にはロボットを破壊してしまった!なんて理不尽なんだ!まるで安っぽいSF小説みたいじゃないか!」
彼の発明が引き起こした混乱が悲劇なのか喜劇なのか、O博士にはわからなかった。

その後、A県でO博士の姿が見られることはなかった。