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小説「龍馬がやってきた~僕の鉄道維新物語⑦~」


7 別 離


「あぁ、しゃべりすぎたら少し腹がへったがぜよ」
龍馬さんは店内をぐるりと見回した。店の壁にはおすすめの料理が貼ってあり、それを見ている。そして「おお、軍鶏(しゃも)鍋があるじゃなかか」
「そうだ。龍馬さんは中岡さんとしゃも鍋を食べようとしていたところを……殺されたんでしたね」
「あぁ、わしとしたことが全くの油断じゃった」
僕は店員を呼びしゃも鍋を二人前注文した。南郷さんらが店を引き上げてからしばらくが立つ。僕は龍馬さんと残り、今日一日の出来事を二人で思い返していた。
「岡田君、今日食べたとんかつ、あれもわっぜうまかったがじゃ。この店にもあるかいの?」
「龍馬さん、この店は居酒屋なんでとんかつは無いですよ」
「そうがか、そりゃちくと残念じゃのぉ……まぁ、よか。明日食べりゃよか」
                *
「こりゃ、げにうまそうじゃ」
龍馬さんは、カセットコンロと土鍋で出てきたしゃも鍋に大興奮している。
 一口食べては「げにうまか」「生き返って良かったがじゃ」などと大きな声で喜んで、店員も驚いている。
「いやうまいのぉ。もしかして、このしゃも鍋を食べるために神様がわしを生き返らしてくれたんじゃろうか?」
「良かったですね。念願の料理が食べられて」
「ほんにじゃ、もうさすがに入らんがじゃ」
「龍馬さん、さっきこのホテルの部屋を頼んでおいたんで、このアイスクリームを食べ終わったら部屋にいきましょうか? 一応、畳の部屋があったんで、久しぶりの布団で寝られますよ」
「そうかい? 布団か、・・・久しぶいじゃのぉ」
「そうじゃ、岡田君。今日一日のお礼におまんにこれをやるき、もらってくれ」

 龍馬さんは腰から抜いた脇差と銃を床に置いた。
「龍馬さん、これは?」
「いいんじゃ、もうわしには必要のないものやき。誰かがもらってくれた方がわしも嬉しいがじゃ。この時代じゃ、刀や銃など持ち歩かんでもいいんじゃろ」
「龍馬さん・・・」
「岡田君、それはとても素晴らしいことじゃ。おまんらの時代もいろいろ問題があるみたいじゃが、戦の無い時代に勝るものは無い」
「平和って本当に大切なんでしょうね」
「いや、わしは今日一日だけでも平和な時代を過ごせて、良かったぜよ。もう思い残すことは無いがじゃ」

 その言葉を聞いた時に、何故か僕は一抹の不安がよぎった。
「そんなことを言わないでください。今日は龍馬さんのおかげで僕も自分の思っていることをみなさんに正直に話すことが出来て助かりました。龍馬さんが背中を押してくれたからですよ。龍馬さんもこの世に生まれ変わったんですから、これからもっと日本の洗濯をしていきましょうよ」
「そうじゃ。洗濯じゃな。この世を片っぱしに洗濯しちゃるが」
 僕は龍馬さんに酒を注ごうと徳利をもった。龍馬さんは受けようと手元のお猪口を持とうとした。しかし、上手に手に持てない。
「ありゃ? 酔っちきたかな?」
 龍馬さんは懸命にお猪口を持とうとするが、何故か出来ない。僕は龍馬さんの手元を良く見てみる。声を失った。袴の袖から見えていた龍馬さんの手そして腕が透けて床が見えている。
「こりゃ、困った。もうこの世の時間の終わりがきてしもたみたいじゃ、やっぱりしゃも鍋を食べたからじゃろか?」
龍馬さんが僕に話かける。顔も徐々に薄らいで来ているのがわかる。
「岡田君、今日はおまんと会えて本当に良かったがじゃ」
「龍馬さん、僕もあなたに会えて良かっ・・・」

 その声は、もう龍馬さんの耳には聞こえていないようだった。龍馬さんの身体が衣服ごと少しずつ透明になっていく。僕は龍馬さんの手を握ろうとしたが、その手に触ることは既に出来なかった。
 僕以外の人間がいなくなった店はがらんとしている。しゃも鍋は既に煮詰まっており、僕らが座っていた床には龍馬さんが残した脇差と銃が残されていた。

 龍馬さんは姿を消したが桂浜の龍馬像も結局無くなったまま戻って来なかった。しゃも鍋を食べたことで龍馬さんの魂が満足して昇華してしまったのだろうか。そう思う反面、龍馬さんがまた突然現れて、誰かに熱い気持ちを伝えるのではないかとも思える。
 それが、いつどこであっても……。

  つづく



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