Lonesome Cowboy

70年代のロック、シンガーソングライターに始まり、カントリー、ブルーグラス、ブルース、…

Lonesome Cowboy

70年代のロック、シンガーソングライターに始まり、カントリー、ブルーグラス、ブルース、サザンソウルとアメリカンルーツ音楽に根ざした音楽をこよなく愛する1966年生まれ。アメリカ音楽の数々の「聖地」を巡る旅も体験。翻訳とPRツールデザインを生業としています。

最近の記事

バーニー・レドン×クリス・ヒルマン:最新の対談動画で知ったいくつかのエピソード

先日、note仲間の音楽の杜さんが、フライング・ブリトー・ブラザーズのサードアルバムとディラード&クラークのファーストアルバムを相次いで紹介されていた。すると、まるでそれにタイミングを合わせたかのように、ある興味深い対談動画がカントリーミュージック名誉殿堂博物館のサイトにアップされた。フライング・ブリトー・ブラザーズでバンドメイトだったクリス・ヒルマンとバーニー・レドンの最近の対談だ。ご存じのように、クリス・ヒルマンはバーズのオリジナルメンバー、そして、バーニー・レドンはイー

    • 国境の町 エルパソ

      先月(2024年5月)末、ウィリー・ネルソンの新しいアルバムが発売になった。ソロスタジオ作としては何と75作目。コラボレーションも含めれば、彼が作ってきたアルバムは150を超える。1933年(昭和8年)生まれの91歳、この年齢で現役バリバリで活躍している芸能人は、他には黒柳徹子さんくらいしかいないのではないだろうか。さすがに往時に比べれば声はガラガラだが、それでも十分に伸びのある歌い方だ。しかも、若い頃とは違う、ある種の凄みすら感じさせる。 新作のタイトルは『The Bor

      • 44年後の感慨:ドゥービー・ブラザーズ「Keep This Train A-Rollin'」

        先日、note仲間のよっしーさんがドゥービー・ブラザーズの76年のアルバム『Takin' It to the Streets』(邦題『ドゥービー・ストリート』)について書かれた記事(下記)を読んだ後、それに感化されてマイケル・マクドナルド期のドゥービーのアルバムを順番に引っ張り出して聞いていた。 『Takin' It to the Streets』から順を追ってBGM的に何げなく聞いていたのだが、そんな中で今まで気にしていなかったある曲の歌詞が耳に留まった。それは、解散前の

        • 【追悼】デイヴィッド・サンボーンの歌伴名演10選

          去る5月12日、日本でも人気の高いサックス奏者、デイヴィッド・サンボーンが亡くなった。78歳だった。最近も「サンボーン・セッションズ」というYouTubeチャンネルでゲストとの共演を発信していたし、コンサートの予定も入っていた。なので、私自身は寝耳に水という感じだったのだが、実はここ数年来、前立腺癌と戦っていたという。彼のFacebookページをフォローしながら見落としていたのだが、この5月4日の投稿では、「歩くのも困難なくらいの痛みが脊椎にあるため、5月に予定されていたコン

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          ブルーグラス名盤探訪『J.D. Crowe & the New South』(1975年)

          毎年新緑の季節になると、ブルーグラスが聞きたくなる。本能的なものか、その言葉の響きからくる「刷り込み」に近いものなのかはわからない。 ご承知のとおり、「ブルーグラス」というジャンル名は、この音楽スタイルを確立したビル・モンローのグループ名「ブルーグラス・ボーイズ」に由来する。1930〜40年代にかけて、スコットランドやアイルランドにルーツを持つアパラチア地域で歌い奏でられていた民俗音楽にブルースやジャズの要素を取り入れ、よりドライブ感・スウィング感のある音楽へと進化させたの

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          ジェイムス・テイラー コンサート雑感(2024年4月6日 東京ガーデンシアター)

          ジェイムス・テイラーは、私にとって特別な存在だ。14〜5歳の頃に初めて聞いて以来40数年、ジェイムスの音楽は常に私の人生のBGMだった。20歳前後の多感な時期、彼の曲はジャクソン・ブラウンの曲とともに、私の人生の「道標」だった。「Country Road」や「Riding On A Railroad」に自分探し・アメリカ探しの旅に出る勇気をもらい、疲れた時には「Yon Can Close Your Eyes」や「Don't Let Me Be Lonely Tonight」に

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          L.ヘルム/J.キャッシュ/E.ハリス/C.ダニエルズらによる出色のコンセプトアルバム『The Legend Of Jesse James』

          前回の記事でエミルー・ハリスの2番目の夫ブライアン・アハーンについて、彼が関わった70年代の作品を軸に取り上げた。一方で、エミルーの80年代を語るとき無視できないのが、3番目の夫ポール・ケナリーの存在だ。今回は、このポール・ケナリーについて、彼を語る上で鍵となるアルバム『The Legend Of Jesse James』を軸に掘り下げたい。 アルバム『The Legend Of Jesse James』(邦題『ジェシー・ジェイムスの伝説』)は、1980年にA&Mレコードか

          L.ヘルム/J.キャッシュ/E.ハリス/C.ダニエルズらによる出色のコンセプトアルバム『The Legend Of Jesse James』

          プロデューサー ブライアン・アハーンと「White Line」

          少し前にエミルー・ハリスの初期の曲「アマリロ」(Amarillo)について書いた際、彼女の当時のプロデューサーであり、その後夫にもなるブライアン・アハーンについて言及した。70年代のカリフォルニアにおいて、ロックサイドからのカントリーロックでもナッシュビル産のカントリーでもない、独自のカントリーミュージック・モデルの形成に寄与したという意味で、ブライアン・アハーンの果たした役割は大きいはずだが、その貢献度については(特に日本では)これまであまり語られてこなかったように思う。そ

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          新譜レビュー:John Leventhal 『Rumble Strip』

          今回は、1月末に発表されたジョン・リヴェンサールのデビューアルバムを取り上げたい。「デビューアルバム」と言っても、彼はぽっと出の新人などではない。それどころか、プロデューサーとして19回もグラミー賞にノミネートされ、そのうち1998年にはプロデューサー&コンポーザーとして「ソング・オブ・ザ・イヤー」と「レコード・オブ・ザ・イヤー」も受賞している。90年代以降、「アメリカーナ」と言われる分野の一翼を担ってきたベテランミュージシャン。その彼が、71歳にして初めて発表した自身のアル

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          ボズ・スキャッグスとジェフ・マルダーの 一見意外な音楽的共通項

          前回、ボズ・スキャッグスの音楽的ルーツに触れた記事を書いた際、彼の実質的ファーストアルバム『Boz Scaggs』(1969年)を聞き直していたのだが、そんな中でちょっとした「気付き」があった。それは、ボズの根っこにある音楽性とジェフ・マルダーのそれとの共通点だ。例えば、アルバム『Boz Scaggs』には、一般的な彼のAORイメージからはほど遠いカントリーブルース的な要素が垣間見られる。ボズがヨーデル唱法を聞かせるジミー・ロジャースのヒルビリーブルース「Waiting fo

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          ボズ・スキャッグスの音楽を何と形容するか?

          ボズ・スキャッグスが来日する。ここのところ東京公演1回切りという海外アーティストが多い中、2月19日の東京から3月1日の福岡まで、なかなかのサービスぶりだ。ボズの来日は、1978年の初来日から今回で何と23回目になるという。それだけ彼が日本のファンに愛されているということだろう。 ボズのコンサートは今までに4回見た。最初に見たのは1983年。ジョー・ウォルシュ、マイケル・マクドナルドとのジョイントで、会場は大阪球場だった。どんな曲を演奏したかなど詳細は残念ながら憶えていない

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          テキサス州アマリロ

          みなさんが「テキサス」と聞いて思い浮かべる町はどこだろうか? 全米第4の都市で大リーグ・アストロズの本拠地であるヒューストン? NFLカウボーイズの本拠地で、ケネディ大統領が暗殺された街、ダラス? あるいは「ライブミュージックの都」(Live Music Capital of the World)としても知られる、州都オースティンだろうか? これら3都市とも、私にとってはそれぞれに興味深い街であり、実際にヒューストンは2度、ダラスは1度、少しの時間ながら訪れている。音楽的に一

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          新譜レビュー:Sarah Jarosz 『Polaroid Lovers』

          今回は、先週(2024年1月26日)発表されたばかりの真新しいアルバムを紹介したい。シンガーソングライターであり、マルチインストゥルメンタリストでもあるサラ・ジャローズの7作目にあたる新作『Polaroid Lovers』だ。最初に言っておくと、このアルバムは従来のサラ・ジャローズのイメージからするとかなり異色のアルバムだ。今までサラのことを知らなかった人には、そのことを知っておいてもらいたい気はする。ただ、彼女らしくない作品かと言えば、必ずしもそうではない。サラ・ジャローズ

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          ウィリー・ネルソン 「Me and Paul」

          先日、ナッシュビルを訪れた際の古い話を書いたが、結果、自分自身がそれに感化されて、このところカントリーのアルバムを久しぶりによく聞いている。そんな中、今までさほど聞いていなかったウィリー・ネルソンのRCA時代(1965〜72年)のコンピレーションCDも引っ張り出してきたのだが(彼のRCA時代のアナログ盤は日本ではまず見かけない)、そのCDの1曲目「Me and Paul」の歌詞が今まで以上に耳に留まった。 「Me and Paul」はウィリーのファンにとってはそこそこ有名な

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          ナッシュビル紀行1987ー後編〜その頃のカントリーミュージック

          今から37年前の1987年にカントリーミュージックのメッカ、テネシー州ナッシュビルを訪れた際の旅行記。後編の今回は、到着2日目、カントリーミュージック・ビジネスの拠点であるミュージックロウを訪れた際の記憶から。(旅の前編については下記リンクをご覧ください) 1987年3月15日、日曜日。この日は朝からミュージクロウ(Music Row)に向かった。ミュージクロウと言うのは、ナッシュビルのダウンタウン(中心街)から少し外れたところにある、カントリー業界のレコード会社、出版社、

          ナッシュビル紀行1987ー後編〜その頃のカントリーミュージック

          ナッシュビル紀行1987ー前編〜ナッシュビルへの道

          今回はカントリーミュージックのメッカ、テネシー州ナッシュビルを訪れた際の古い記憶を辿ってみたい。先日のナンシー・グリフィスを紹介する記事の中で、彼女の出身地であるテキサス州オースティンがルーツ系音楽のライブミュージックのメッカであるのに対し、ナッシュビルはカントリーミュージック・ビジネスの集積地であると書いた。また、以前のクリス・ヒルマンの記事では、アメリカのカントリーミュージック業界はロックやポップとは別の市場として形成されており、その拠点がナッシュビルである点にも触れた。

          ナッシュビル紀行1987ー前編〜ナッシュビルへの道