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感情を書き綴る場所|職業:和み屋|読んだ人が何かを感じ取ってくれたら幸せ

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迷子の人のお話

好きなことが無い やりたいことが無い 趣味がない 休日することがない 楽しい事がない 何が楽しいか分からない マッサージをしてる時、他愛もない話をする。 そこで聞くお客様の話の中で多い事がある。 忙しさで楽しむ余裕を忘れてる、ってこと。 楽しい事を楽しいと思える 自分がハマってる趣味がなくて毎日退屈 なんとなく生きてる 聞いてると悲しくなる。 楽しむって実はそんな大層なものじゃなくていい。 休みの日何も考えないで、ただ外の音を聞きながら珈琲を飲んでもいい。 読み

    • 誰かが選んだ選択肢を誰もが選ぶとは限らない

      「皆様此方をよく選ばれますよ」 というオススメ文句が嫌いだ。 知らない誰かが選ぶからといってそれが正しいわけでもないのに、どうしてそれが正しいと言わんばかりに勧めるのか。 ましてや選択肢が在るのなら好きに選ぶ権利は此方にある。選ぶことに疲れて助けを求めたならまだしも聞いてもいない内から「みんな」が選ぶ選択をごり押ししないで欲しい。 みんな選んでいるから安心。間違いない。 そんな事情は知ったこっちゃない。 良かれと思ってしたアドバイスは案外的外れのことが多い。自ら望んで選ん

      • 今日も元気ですかー?私は元気ですヨウ🐑

        結婚した。 転職した。 子供ができた。 新年度から忙しくなった。 相も変わらずな生活。 病気になった。 健康を取り戻した。 まいにち何処かで生活に変化を感じている人がいればそんなに変化もない人がいる。 生きるので精いっぱい。 楽しく暮らしてる。 死にそうでも生きてる。 何の変化もない。 気持ちの変動に楽しむ人もあれば落ち込む人もいる。 今日も何処かで不変的変化が起きている。 新生活を始めて生活が豊かになった。家事も適度に手も力も抜けるようになってきた。体も調子を取り

        • ご報告だヨウ

          おはヨウございます。 羊のヨウちゃんです🐑☀ いろいろ皆さまお久しぶりです~~~~!!!!!!!!! 正直… 本当、こういう場所が久しぶりすぎて何を話していいか、どう話していいか書き方もしゃべり方もわすれていますが、少しの間お付き合いください。 まずは、 というかこの話をしないと始まらないのでご報告させてください。 兼ねてよりお付き合いしておりました🐻こと「もんたさん」と、3月30日に入籍いたしました。 え~~~~~~~!!!!!!!!??????????? でしょ

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        迷子の人のお話

          好奇心を忘れた誰かへ

          あれもしたい これもしたい。 したいことは沢山ある。 なにのそれに向かう気力や体力、活力などが湧き出てこない。 それはきっと日常によって心が蝕まれて好奇心が薄れていくから。 あれもしたい(でもあれを先にしないといけない) これもしたい(でもこれがあるから今は無理) 先に考えることが多すぎて気持ちが追いつかない。 やりたいこともできず片付けないといけないことばかりが目について、気付いたらやりたいことは隅のほうで埃をかぶって眠ったまま。 好奇心はどこへ消えた?

          好奇心を忘れた誰かへ

          二本足で立てるって奇跡の連続で起きる凄い現象だって知ってました?ってお話

          こんにちは 貴方の日常にちょっとお邪魔します、羊です🐑💕 今日は少し皆さんに注意も兼ねて、先日私が体験したお話を簡単にまとめてお伝えしようと思います。 尚、あくまでも実体験を面白可笑しくでも真面目に書いたものなので、専門的観点からはそれは違うんじゃない?ってこともあるかもしれませんが、そのあたりは優しく目を瞑るかそっと優しく耳打ちしてくだされば幸いです。 実は私、先日… ぎっくり腰になりました。 もう一度言います。 ぎっくり腰になりました。 は?Σ(・ω・ノ)ノ!

          二本足で立てるって奇跡の連続で起きる凄い現象だって知ってました?ってお話

          利口に生きられない愚か者

          利口に生きてると、時に歯痒く、もどかしく、喉の奥で物が詰まるような気持ち悪い感覚に襲われる事がある。 いい人というのは【誰かにとって『都合のいい』人】だと聞いたことがある。 全くその通りだと聞いたとき呆れ笑った覚えがある。 まるで自分の事かとしみじみ思わざる得なかった。 誰かの顔色を伺って 誰かが不快にならないよう立ち回って 利口で 聞き分けよく 可もなく不可もなく 誰にでも都合良く生きてると 時々何もかも捨てたくなる衝動に駆られる。 このまま全てを捨ててしまった

          利口に生きられない愚か者

          呼吸は循環するものであって、溜め込むものじゃない。

          こんにちは お久しぶりです。 羊のヨウちゃんです🐑 ここ数日Twitterをお休みしてました。 原因はストレスです。 思うような仕事が出来ず、自分のやりたい事と課せられた事が一致せず、感情と思考がズレを見せ始め、いつしか全てに気力が持てなくなっていました。仕事が楽しいはずなのに、やりたいことをやってるはずなのに…そんな事を思っていたら全身が倦怠感に襲われ、体のあちこちに痛みを感じてきて、気づいたら無気力状態。 誰かと関わる気力が持てず、楽しかった会話が重荷になり、いつし

          呼吸は循環するものであって、溜め込むものじゃない。

          かもしれない、に傷つかなくていい

          『あの人は私の事を嫌ってる』 『きっと避けられてる』 『悪口を言われてるかもしれない』 『よく思われてないんじゃ…』 心は見えない。 考えは読めない。 他人がどう思っているのか言葉や態度だけでは分からない。 直接聞く勇気は誰もが持っているわけじゃない。 憶測でしかない。 読み取れる情報だけに頼るしかない。 傷つかなくて良いように、先回りして考えては自分を守ろうとする。 本当にそれは自分を守れてる? 人の気持ちなんて本人にだって分からないことが多いのに、他人が読

          かもしれない、に傷つかなくていい

          ご縁のお話

          必然か 偶然か 運命か そんな奇妙なことは身近な所でよく起きる 先日、誕生日プレゼントでコードレスイヤホンを頂いた。 ただ私が使ってる音楽プレーヤーは古い型なのでBluetooth非対応だったから、それは使う事が出来ず宝の持ち腐れだった。 そしたら数日後、運悪く(本当に気が付かなったのだが)その音楽プレーヤーを上着のポケットに入れたまま洗濯してしまい、見事壊れた。物の見事に使い物にならなくなった。 なので今はめでたい事に頂いたコードレスイヤホンをフルに使う事が出来ており

          ご縁のお話

          嫌いな自分は過去の自分

          昔から自分の事を あまり好きになれなかった。 顔も 性格も 体型も 生き方も 環境も何もかも。 ブスブスブス… 燻って歪んだ自分を、好きになれるわけもない。 否定だけは一丁前。 だけど好きになるのに 理由は要らないらしい。 こんな私だけど 好きだと思ってくれる人が居る。 私を認めて受け入れてくれる。 そんな人が一人でも居るのに、 自分が嫌いなんて言ったら その人達に失礼な話だ。 だからそんな考えはゴミ箱に捨てた。 バカバカしいと投げつけてやった。

          嫌いな自分は過去の自分

          思いやりって何だろう?

          思いやりって、何だろう…? 子供の時祖母に私は呪いを掛けられていた。 「お前は思いやりがない!!!!」「人の心が無いのか!!!!」 怒られる度にそう罵倒された。 今ならそれが癇癪から来る一時的な言葉だと理解はできる。(受け入れる事はないけど) だけど子供の私には酷く深く抜く事が出来ない程鋭利な刃物となって突き刺さった。 思いやり? もしも祖母の言う思いやりが 他人が気持ち良く過ごせること、相手が不快にならないこと、細心の気を使って常に振る舞うことなのだとしたら

          思いやりって何だろう?

          カラスは黒か?

          私の友達に非常に素直な子が居る。 素直とは自分の心に正直な、という意味である。 その子は自分のやりたいことを明確に捉え、どうすればその夢を手に出来るかを考えて、出来うる限りの事を考えてとにかく前に進める行動している。 その気持ちは側で見ていて非常に気持ちがよく嫌味も無く、心から応援したくなる。 人から見れば無鉄砲かもしれない。 だけど自分がこうだと決めたら迷わず進む気持ちは、誰もが持ち合わせているわけじゃない。 その気持ちは前回も書いたが、何よりも行動するには大事

          カラスは黒か?

          好き=原動力

          あるお客様の話をしよう。 その人は一見何処にでも居る普通のおじさんだ。 学歴もそこそこ、大学もすれすれで卒業するほど勉強が苦手、仕事もありふれた事をされている。 だけどある分野では神様的存在として扱われている。 誰も出来なかった偉業を成し遂げ、業界内の偉い人が挙ってその人の話を聞きたがるほど。 おじさんモテモテ現象が起きているのだ!!! 何故普通のおじさんがそれほど凄い事を成し遂げられたのか。 何故学もない人にそんなことが出来たのか。 それはとても簡単なこと。 や

          好き=原動力

          大人になれば大人になれると思っていた

          大人になれば大人になれると勝手に何処がで思っていた。 何物にも恐れない、常に堂々とした佇まいと自信に溢れ、知識を兼ね備えた完璧な人たちなんだと思っていた。 でも現実はどうだろう? 自分が生きてきた中でそれほど憧れた大人がいただろう? 私は数えるほどしか知らない。 そんな幻のような人は幾人しか知らない。 (居るのは居るがその話は割愛) だから思った。 『大人なんてこの世には居ないのだ』と 子供のとき憧れた大人などこの世の何処を探しても居るわけ無く、ドラマや漫画に出て

          大人になれば大人になれると思っていた

          死ぬということは軽々しく口にされ、受け止めるには重く苦しい絶対的なもの

          生きる上で決して切り離せないのが『死』だ。 死は絶対。 生きてる限り必ず来る。 逃れられない。 この世界がフィクションで魔法でも使えない限り。 ただその絶対的なものに対し、人は軽視しがちだ。 何か有ればすぐ死ぬと口にする。 苦しい事があれば死にたいと言う。 失恋でもしようものならこの世の終わりのように死にたいと泣き叫ぶ。 では実際それで人が死ぬだろうか? 恐らくその程度で人は死なない。 次の日にはケロッとその事を忘れ、多少引き摺りながらもまた日常を暮らしている。 私も

          死ぬということは軽々しく口にされ、受け止めるには重く苦しい絶対的なもの