小説家の連載 ミッション・ニャンポッシブル 第十三話

第十三話
 猫は室内で飼うという価値観は最近のものであり、昭和の頃は猫は皆外飼いで、飼い猫が外をパトロールして帰ってきたり、複数の家で餌をもらっていて、自分の家の猫なのに、まるで他人の猫のように思えたり。そもそもどこの家の猫かもよくわからなくなったり・・・。という事も。令和の現在、完全室内飼いの猫の事を、安易な発想から「可哀想」だと言う人も居るが、外に出さない事で猫の心身の安全確保や迷子の防止、猫の感染症をもらってくる事を防げる等メリットは多数。
 子猫時代に苦労し、保護猫カフェファミーユに救出され、その後今の飼い主である佐々木譲に引き取られた令。外に出された事の無い令は、家の中でのんびりぬくぬくしていられる幸せをかみしめつつ、ママの前でごろにゃんしている日々。
 だが、人間に世話をしてもらってぬくぬく生きているのは、人間と長く暮らしてきた犬や猫等の、ペットとして飼われる歴史の長い動物に限る。フクロウやハリネズミ等、珍しいペットはペットとして飼われる歴史が短いので、飼育の情報が犬や猫に比べると少なく、飼育するのが難しいと感じる人も。
 動物の世話をするというのは、簡単な事ではないのだ。
 とは言え、ペットとして飼うのと、動物園や水族館で動物を展示するのはまた別の話。動物園や水族館を、「動物を閉じ込めている」と批判する人は時々居るけれど、決してそんな事は無い。特に絶滅しそうな動物を展示する事で、種を保存するという重要な役割がそれらの施設にはある。
 ・・・・・・・・・・・・でも、それは、きちんと管理をしている大多数のまともな動物園、水族館の話。中には、動物の管理がなってない動物園も。そしてそういう施設に限って、脱走のチャンスを今か今かと待っている凶暴な動物が・・・・・。
 動物園に居る動物として有名なのは、ライオンやトラ等の、大型ネコ科動物。イエネコとは異なる進化を辿った彼らは、同じネコ科であっても、令達のような普通のイエネコと触れ合う機会は無い。大きさも何もかも違うし、人間のペットにできるサイズのイエネコと、大型ネコ科じゃ、危険度がまるで違うのだから。
 しかし、平和にごろにゃんしている令は、まさか自分がその大型ネコ科とこれから関わる事になるなんて、思いもよらなかった。CAT史上、かなり危険な任務に挑む事になろうとは、この時の彼女には、まだ知る由もなかったのだ。

 日本全国には様々な動物園・水族館があるが、ほとんどのそういった施設では、きちんとした動物の管理をし、正しい知識を持っているスタッフ達が、毎日適切な方法で様々な動物のお世話をしている。
 ところが、神奈川県横浜市にある動物園、カーリー動物園では、そのような事は当てはまらない。
 低賃金で雇われたやる気の無いスタッフ、劣悪な労働環境、格安の餌で弱っていく動物達、そしてそれらのすべての悪影響を引き起こした張本人が、新たにこの動物園のオーナーとなったカーリー・ジェイカー氏だった。
 カーリー動物園は、何も元からこうなった訳では無いのだ。どうしてこのような事になったのか。
 そもそもこの動物園は、カーリー等というふざけた名前では無くて、もっとちゃんとした名前があったのだが、経営悪化でこの動物園を売却しなければならなくなった。そこで横浜市が買い取ると申し出たが、それを跳ねのけてこの動物園を手に入れた超本人が、カーリー・ジェイカーである。
 カーリーは身長百六十五センチ、日焼けサロンで焼く事で手に入れた褐色の肌と、やたら長い黒髪、海外独特の濃いメイク、グラマラスな体型の美女。二十六歳にして莫大な資産を既に持っているという強運の持ち主だった。アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれ、アメリカ国籍のカーリーは、幼少期を横浜で過ごしたので、日本語と英語の両方使いこなせるだけでなく、この動物園にも思い入れがあった。成長し、アメリカに家族と渡って、アメリカでモデルやインスタグラマー、インフルエンサーをやるようになって、自分のアパレルブランドを作ってそれが世界的に大ヒットし、莫大な富を得てからも、いつか日本にあるあの動物園を手に入れたいという夢はぎらぎら燃えていたのである。
 こうして、不運な動物園は廃業を免れたが、代わりに動物園経営の何たるかも判っていない(何しろカーリーは大学も行っていない)、馬鹿な若いだけの女が名ばかりの経営者兼延長に就任してしまった。当然、外国からやってきた訳の判らない若い女が園長に就任した事に多くのベテランスタッフは腹を立てて辞めてしまい、後にはカーリーを尊敬して入社した頭空っぽな若い女の子の飼育員や、辞める判断ができなかった未熟な若いスタッフ達だけが残り、彼らが世話するスキルを持っていない、世話の難しい多くの動物達は他の動物園に引き取られていった。動物園の人気者だった生き物がほぼ全員居なくなり、カピバラやインコのような、子供がふれあい広場で触れ合うような動物ばかりになってしまった。動物園の壁はやたらにピンクでぎらぎらにデコレーションされ、昔の古き良き動物園を愛する古参のファンは、遂に動物園に来るのをやめてしまった。
 カーリーのやり方や彼女自身に対して、まともな思考力のあるスタッフ達は不満を持っていたが、不満を持っていたのは、人間だけではなかった。
 深夜。誰も見回りに来ないバックステージの檻の中、ローラは闇に隠れて脱出のチャンスを今か今かと待ち続けていた。
 誰も見回りに来ない事が判ると、脱出計画を実行に移す事にした。あらかじめ隙を見て飼育員から盗んでいた、自分の檻の鍵を使う。自分のしっぽも上手く使って鍵を開けると、難なく檻から脱出できた。
 薄暗い廊下を進み、出口を探して歩く。切れかけのライトが、ローラの体を照らした。闇夜のような、漆黒のボディを持つ、黒ヒョウの体を。

「速報!カーリー動物園から黒ヒョウ脱走!」
「危険なネコ科猛獣脱走!果たして黒ヒョウの危険性とは?!」
「動物園から肉食獣脱走!動物園のスタッフに責任はあるのでしょうか?!」
「オーナー交代により起きたずさんな管理体制、カーリー氏に責任は?」
「経営者交代によって起こされた悲劇!辞めていった古株飼育員大暴露!」
「前の園長の時はこんな事は起こらなかったのに、という市民の怒りの声!」
 ローラが脱走した次の日、朝からテレビや新聞は大騒ぎで、新聞の見出しやアナウンサーが発する言葉は、このような言葉でいっぱいだった。
 ローラは四歳のメスで、子供の頃から特に凶暴性の見られない、大人しいヒョウだと言われてきたが、それでも危険な猛獣である事には変わりない。動物園でも人気順位は低かったが、黒ヒョウのローラちゃんとして親しまれてきた。彼女の母親ヒョウは、飼育員につけられた名前、マドンナと呼ばれていた。マドンナは前の体制の動物園だった頃にここでローラを産み、可愛い親子のヒョウとして人気があった。母親は、今は別の動物園に居る。
 多くの地元民は、ローラ脱走を受けて行われた地元メディアや全国メディアの街頭インタビューで、あのマドンナの娘である可愛いローラが、まさかの脱走で、凶暴な猛獣の汚名をつけられている事に非常にショックを受け悲しんでいる、と口々に言った。
「ローラが生まれた時、前の体制の動物園にはたくさんの人が見に行って、皆がローラの誕生を祝福していたんだよ。普通のヒョウだったマドンナから奇跡的に黒ヒョウが生まれて、皆それはそれはびっくりして、喜んだ。横浜にはローラだけじゃなくて、母親のマドンナの代からあの親子を見守ってきた住民も多いよ。それなのに、今やこうして危険な猛獣扱い。うちの娘を連れて、何度もあの動物園には足を運んできた一市民として、今回の事件には憤りを感じてる。何もかも、新しい経営者のせいだよ」
 小学生の娘を持つ四十代のサラリーマンは、街頭インタビューにこう答えて、カーリーへの怒りを露にした。まともな市民の多くは、カーリーに対して激しい怒りの感情があるようだ。
 事件を受けて、カーリーは最初インスタグラムでも余裕の態度だったが、大多数の市民が自分に怒りを向けている事に気が付き始め、徐々に焦りの感情を見せている。今はまだ謝罪をしていないが、彼女が謝罪会見を開くのも時間の問題だろう。
 ローラを捕まえるべく警察も動き、自衛隊が出動する可能性もでてきた。横浜だけでなく日本全国が大騒ぎになった。ニュースでは連日ローラについて取り上げ、ヒョウの生態について専門家が重々しい口調で説明した。
 アメリカで有名なインフルエンサーが所有する動物園での事件に、アメリカを始め世界各国でもニュースで取り上げられ、もはや日本だけの事件ではなくなった。
 しかし、これだけ騒ぎになっても、ローラは捕まらなかった。時折農家の鶏が襲撃される事件が起こり、絶対にローラの仕業だと騒がれたが、木の上にでも登っているのか、逃亡から〇三日経っても捕まらなかったのである。
「うちの令ちゃんは小さな黒ヒョウみたいって言うけど、本物の黒ヒョウは怖いよねえ」
「そうだな。早く捕まって欲しいよ」
 令を撫でながら飼い主一号と二号はそう不安がった。撫でられている令は、もしかしてCATでも何かの動きがあるのでは?と内心思っていたが、まさにその通りになった。
 ローラ逃亡から五日目の夜、令にごん太から指令があった。
「黒ヒョウらしき動物を見たと、野良猫から通報があった。至急現場へ向かってくれ!」
「ラジャー!」
 指令を受け、令は即猫用ジェットに飛び乗り、現場へ急行。
令が現場へ向かうと、そこには既に陸と、またたび、急遽呼ばれた他の戦闘担当猫が数匹集まっていた。現場は横浜市の住宅街。黒ヒョウらしき生き物を見たと通報があったとのだと言う。
「令ちゃん、今回の指揮は令ちゃんがやってくれ。戦闘猫として実績のある令ちゃんが指揮を執るんが一番ええと判断したんや。陸を副指揮官にして、今回の作戦を練ってくれ。ヒョウの生態について少しでも知識をと思って、またたびも出動してもろうた。健闘を祈る」
 そう言ってごん太の通信は切れた。
 令が全員を見回すと、陸が口を切る。
「令ちゃん、俺も一緒に居るから頑張ろうにゃ」
「僕も獣医師猫として、できる限りの事をするにゃ」
 またたびも優しく微笑む。
「我々もにゃ」
 他の戦闘猫も口々に言葉を発する。
 令は重々しく頷き、
「今回の事件、我々猫にとっても大事件にゃ。横浜市内の野良猫達の安全が危惧されている今、我らがCATが立ち上がる時にゃ!我らはCAT日本支部、誇り高き猫にゃ!我々が共に力を合わせ、すべての猫の安全を守るにゃ!」
「おー!」
 令の立派な演説に、猫達は感激し、団結の心が生まれた。
 とは言え、いくら戦闘の実績がある猫達でも、いきなりヒョウに突っ込んでいくのは非常に危険である。体格差も大きいし、普通のイエネコと大型ネコ科じゃ話にならない。
「とりあえず、どこか高いところに登って、ヒョウが居そうなところを探しつつ、作戦会議にゃ。ヒョウも木登り上手だから、皆気を付けてにゃ」
「ラジャー!」
 住宅街のすぐ近くには、広めの公園があり、そこには大きな木が生えていた。猫達はヒョウが居ないか警戒しつつ、猫らしく上手に木を登る。幸いヒョウは居なかった。一番上まで登ると、住宅街がよく見えた。
 令と陸は、またたびがアルファから預かってきた任務に必要な道具を漁り、猫用双眼鏡があったので、それを使ってヒョウを探す。姉弟の猫は、それぞれ双眼鏡で街を見ると、陸の方の双眼鏡に動きがあった。
「あっ、見てにゃ!」
 陸がちょいちょいと手招きするので、令は陸に場所を代わってもらって双眼鏡を覗く。すると、高層マンションの屋上に、どう見ても猫じゃない大きさの黒い大きなネコ科動物が居た。一休みしているようだ。
「どうするにゃ?」
 問いかける陸に、令は言った。
「そんにゃの、決まってる。やるべき事をやるにゃ。CATの名にかけて!」

 牙が見える程に大きなあくびをして、ローラは自分の眠気が増していくのを実感した。
「眠い。でも、とりあえず寝ちゃおうかな・・・」
 ローラは体を丸める。
 これからどうしよう?動物園で産まれて動物園で育った彼女は、野生で暮らした経験が無い。そもそもこのコンクリートジャングルでは生きていけない・・・・・。
 彼女が眠りに落ちようとした時、何かの気配を感じた。
 えっ?と思った瞬間、何かが彼女のお尻にぶっ刺さる。
 撃たれた、と思った瞬間、彼女は深い深い眠りに落ちて行ったのだった。

 
「やったにゃ!」
 吹き矢を放った令がガッツポーズを取り、それに猫達は沸いた。吹き矢は、またたびが用意した動物用麻酔薬が入っていたもの。ちなみに、薬の量は対ヒグマぐらい多い。
「じゃあ、黒ヒョウを運ぶにゃ」
 ネコ科動物と猫は言葉が通じるので、どうして逃げ出したかローラに問いたいが、いつまでもこのままの危険な住宅街に置いておくわけにはいかない。いつもであれば、CATのメンバー宅に避難するが、人間の飼い主が居るような普通の民家に、眠っているとはいえ猛獣を連れていくわけにはいかない。
「令ちゃん、このままじゃ無理だから、緊急用の地下シェルターに運ぼうにゃ」
 陸がそう言った。
 そう、日本全国に、何かあった時のために緊急用のシェルターがあるのだ。昔CATのメンバーだった猫達が、次世代のメンバーのために作ったものだ。
「猫用だから、黒ヒョウさんにはちょっと狭いと思うけど。ちょうどこの辺にあるから」
「判ったにゃ」
 黒ヒョウをインスタントケージに入れる。これもアルファからまたたびが預かってきたもので、対象者の体の大きさに合わせて拡大・収縮するケージだ。そこで、全員が猫用ジェットに乗り、ケージをジェットにけん引して、シェルターまで運ぶ。
 シェルターがあるのは、横浜市内の古い空き家の地下。誰も手入れしていない荒れ放題の裏庭に、シェルターへの入り口があった。枯草風の扉を開けると、そこから猫サイズの階段がある。猫達は全員ジェットから降りて、前後に別れてケージを前から引っ張る猫と後ろから押す猫に別れて運ぶ。
 シェルター内に降りると、猫サイズの冷蔵庫やソファ、テーブルが置いてあった。床にケージを置くと、令達はひとまず、猫用コーヒーを淹れて労を労い合う。
 休憩した後、またたびが黒ヒョウに注射をした。拮抗剤だ。これですぐに目が覚める。
 目が覚めたローラは、自分を取り囲んでいる猫達にびっくりし、自分が入っているケージ、謎の部屋に驚いて、牙を向いた。
「大丈夫。誰も君を傷つけたりしないにゃ。我々はイエネコ。つまり、君とは同じネコ科って事にゃ」
 またたびが優しく諭す。
 陸が口を開いた。
「もし俺達に危害を加えないって約束してくれるなら、このケージから出すにゃ」
 その言葉を聞いて、ローラは牙を向くのをやめて、ちょっと考えた後、こう尋ねた。
「・・・・あたしを、ニンゲン達のところへ返さないって約束してくれる?」
「もちろんにゃ」
 陸が大きく頷いた。
 ケージをのけると、ローラは大きな体を丸めてちょこんと座った。元々動物園産まれのローラは、お腹が空き過ぎて民家の鶏を食った以外、別に他の動物を襲うつもりもなかったのだ。
 戦闘担当猫の一匹が、マグカップに淹れられた猫用コーヒーを持ってきて、ローラの目の前に置いた。猫達のように前足を使って人間のように行動する術を知らないローラは、床に置かれたコーヒーをぺろぺろとなめて、初めて知る味に驚く。
「それで、あんた達は、一体どういう?」
 人間のように後ろ足で立って振る舞う令達に問うローラ。令は、胸を張って答えた。
「私達は猫のスーパーエージェント、CATのメンバーにゃ!私は令、戦闘担当猫にゃ」
 CATの支部は世界中にある事や、普段は皆普通の飼い猫として暮らしている事、自分達の自己紹介等を説明すると、ローラはふんふんと、興味を持って聞いていた。
 令達の説明が終わると、今度は令達が、ローラに説明する時間だ。
「それで、あなたは?どうして脱走したにゃ?」
「あたしはローラ。見ての通り、黒ヒョウ。ずっと動物園で産まれて、ママも動物園育ちだったの。ママのマドンナは、今違う動物園に居て・・・」
 そこから、動物園で平和に暮らしていたのに、カーリーのせいで体制が変わって、自分を赤ちゃんヒョウの頃から可愛がってくれていた古株の飼育員が皆辞めてしまった事、やる気の無いずさんな管理体制になった事、餌がひどすぎる事、とにかく耐えられなくて、後先考えられずに逃げてしまった事。人間達が皆自分を追い回しているのが怖い事。
「でも、一番辛かったのは、仲の良かった猛獣達が、ずさんな経営体制で管理できなくなって他の動物園に引き取られて行った事。皆、子供の頃から一緒に育った仲間だったのに!」
 特に仲の良かったライオン達と引き離された事が、一番辛かったと言う。大きくなってからは別々の檻で暮らしていたが、お互い子供の頃は、時々一緒に遊んだりする事があったのだそうだ。
 ローラの話を聞いて、思わず令達は涙してしまった。
「そんにゃ、そんにゃの可哀想すぎるにゃあああああ!」
「うう、俺も泣いちゃうにゃあああ!」
 号泣する令と陸姉弟。他の猫達も皆、泣いている。
「ううにゃあああ」
「悲しいにゃあ!」
「にゃあ・・・・」
 泣き続ける猫達に、ローラももらい泣き。
「あんた達、初対面のあたしのためにそこまで泣いてくれるの?ありがとう・・・」
 しばらく皆で泣いた後、令はきっぱり宣言する。
「こうなったら、計画変更!このままローラちゃんをあんなゴミ動物園には返さにゃい!諸悪の根源はあのカーリーとかいう女だにゃ!みんなでカーリーのところに乗り込んで、文句言ってやるにゃ!」
 そう言い放つ令に、猫達も同意。
「あの女に一泡吹かせるにゃ!」
 陸が勇ましく答える。
「ごん太には僕から言っておくにゃ」
 とまたたび。
「本当にいいの?」
 と言うローラに、令は大きく頷いた。
「我らがCATの恐ろしさを、あの女に見せつけてやるにゃ!」

 横浜市内の超高級ホテル。最上階のスイートルームのベッドで、カーリーは眠っていた。
 日本滞在中はホテル暮らしをしているカーリー。アメリカに居るイケメンな恋人といちゃいちゃする夢を見ているカーリーに、地獄が待っているとは・・・。
「んふふ・・・・What?」
 素敵な夢を見て目が覚めたカーリーは、胸の上に重みを感じて目を開けた。
「?」
 そこに居たのは、スパイの恰好をして自分の上に仁王立ちしている、もっふもふの黒猫?
「?キュートな猫ね!」
 彼女は寝ぼけてよく判っていないまま、猫に手を伸ばそうとした。するとその手を、令がばしっと猫パンチする。
「Ouch!」
 痛がるカーリーに、令は猫の言葉が判るようになるねずみネックレスを押し付け、つけるように手で指図する。カーリーは狐につままれたような顔でネックレスをつけると、猫達が何を言っているのかよく理解できた。
「おい、お前がカーリージェイカーだにゃ?!よくも、あの素敵な動物園を買収したにゃ!お前のせいで動物園はめちゃくちゃにゃ!さっさと元の園長さんに動物園を返すにゃ!」
「な、何ですって?!あの動物園は私のよ!」
 令の発言に、びっくりしつつも怒って反論するカーリー。令は怯む事無く続けて叫んだ。
「お前のせいで、優秀な飼育員さんも皆辞めていったにゃ!お前に動物園経営の知識が何も無いのに、強引なやり方で動物園を自分のものにしたせいだにゃ!」
「このままだと、動物園の動物達の安全も守られないにゃ!諸悪の根源はお前だにゃ、カーリー・ジェイカー!」
 令に加勢する陸。
 普段は優しいまたたびも、怒りを露にする。
「動物園の園長は、多くの動物園に対する正しい知識を持っている人がやるべきにゃ!金持ちってだけの頭の悪い女がやっていい仕事じゃないにゃ!」
「そうだそうだ!」
「ローラさんが逃げたのもお前のせいだ!」
「他の動物園に引き取られた動物も、元に戻せ!」
 他の戦闘猫達も怒る。
 普通なら謎の猫達(しかも人間のように後ろ足で立つ集団)に人語で説教されている時点で、びっくりするどころの衝撃じゃ収まらないが、カーリーは夢だと思っているので、自分が間違っている事を夢で怒られている、と思ったのだろう。青ざめるカーリー。
「そ、そんな!でも、あの動物園は私の思い出の場所なのよ!パパとママと行った、大切な場所。それに動物に対する正しい知識が無いのはしょうがないじゃない!」
 カーリーの言い訳に、化け猫マントを被って恐ろしい姿になった令が裁きを下す。
「きゃあああああああ化け猫!!!!HELP ME!!!」
「今すぐ、動物園を元に戻すにゃああああああああああ!動物園が元に戻るために、お金も寄付しろにゃああああああああああ!さもないと・・・」
 ここで、隠れていたローラが飛び出す。化け猫だけでも恐ろしく、震え上がるカーリーは、動物園から逃げ出した筈の黒ヒョウがベッドの上に居る事に、恐怖で叫んだ。
 ローラは怒りを剥き出しにして、文字通り牙も剥き出しにして、
「ぐるるるるる・・・」
 と、低く恐ろしい声で唸った。
「あたしと仲の良かった猛獣達も、今すぐ動物園に戻せ!飼育員さん達もすぐに戻せ!」
「わ、判ったわ、すぐ言う通りにするから、だから私を食べないで!」
 泣きながら命乞いをするカーリー。
「もう二度とこんな真似はするな!がおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
 最後に脅迫の意味を込めて、咆哮するローラ。カーリーはその、世にも恐ろしい吠え声を聞いて、気絶してしまった。

 ホテルの最上級の部屋で猛獣の声がしたとして、ホテルのスタッフが警察と一緒にカーリーの部屋へ急いで向かったが、そこには猛獣の声は無く、号泣するカーリーの姿しかなかった。
 カーリーは夜が明けるとすぐに、すっぴんのままで記者会見を行い、号泣しながら自分の非を詫びた。動物園に経営立て直しのために三億円を寄付すると発表。自分は経営者の立場も園長の立場も返還し、アメリカに帰国すると言った。古株飼育員にも全員戻ってきてもらい、他の動物園に引き取られた動物も戻ってきてもらいたいと。動物園の管理がずさんだった事も、黒ヒョウのローラが脱走したのも、すべて、動物園経営の知識が何も無い、ただ金持ちというだけの自分が動物園を手に入れたせいで起こった事だと、日本語で号泣しながら謝罪会見を行ったのだ。
 カーリーのせいで職を失った古株飼育員達や動物園の古参ファン達は、頑なに謝罪しようとしなかった彼女が突然号泣しながら謝罪会見をした事に対し、それまではとっとと謝罪しろと思っていたのに、突然のあんな会見で、逆に拍子抜けしてしまった。
 メディアもそろって取り上げ、カーリーの突然の会見の理由を興奮しながら解説したものの、彼女の、
「夢で化け猫に脅されて」
 の意味だけは誰も上手く説明できず、視聴者から苦情が入る程だった。結局、アメリカ人のカーリーだから純日本人とは言葉の表現の感覚が違うんでしょうね、という曖昧な一言で濁された。
 ローラは令達の指示で、動物園前にひょっこり現れたところを捕まった。別に凶暴な様子も無く、警察官のほっぺたをぺろぺろなめながらだったので、警察官達も若干びっくりしつつ、猛獣は確保され、街には平和が戻った。
 これから動物園はすっかり元通りになる筈だ。
 帰国後のカーリーは、日本でやってきた悪事が明るみになって、母国アメリカだけでなく世界中から非難され、自分のブランドも倒産。悲惨な末路を送る羽目になってしまったのだった。(もちろん彼氏にも振られた)
 

「遂にお腹出始めちゃったよー、令ちゃん」
 飼い主一号が出かけた後、お昼近くになってようやく起きてきた二号。窓際で日向ぼっこをしていた令は、大好きなママの声に、ダッシュで駆け寄ってくる。寝起きすっぴんパジャマのママは、嬉しそうに令を抱き上げた。
「ほら、令ちゃん、ここに赤ちゃんがいるんだよ」
 令を胸に抱き上げた二号。彼女のお腹は少しずつ膨らみ始めていた。
「にゃあ」
 新しい命の誕生を、令も心待ちにしていたのだった。
                                   次回に続く

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