第58話 Amazonで1位になって考えたこと
「あなたはAVでトップは取れない。でもAV以外でトップを取る」
AVデビューしたての頃、エイトマン社長は私に言った。
しかしその1年後、私はアマゾンで1位を獲った。
「AVではトップを取れない」
似たことを昔、誰かにも言われた気がする・・・・・・。そうだ小山先生だ。その人は高校の数学の先生だった。
私は高校生になったばかりの頃、数学が苦手だった。しかし理系クラスを選んでしまったので、数学は避けては通れない。授業終わりや放課後に小山先生を追いかけ回し、数学を教えてもらっていた。
ある日、先生は言った。
「お前は数学のセンスがない。でも数学を必死に聞きにくる素直さだけはある」
喜んでいいのか悪いのか。素直さだけあっても数学が解けるようにはならへんやん。
「でもな、良いことを教えてやる。数学は暗記や。ヒラメキなんかじゃない。ただ稀にとてもセンスのある天才がおって、そいつはヒラメキで数学を解ける。俺の仕事はお前みたいな学生に数学を解くためのナイフとフォークを与えて、それの使い方を教えることなんですね。後はもうお前次第や。上手にナイフとフォークが使えるようになるまで、何回も練習しろ。つまり同じ問題を何回も解いて暗記しなさい。それを繰り返すだけや、数学は」
素直さだけがある私は、言われた通りにした。分からない問題は何度も先生に質問し、暗記するまで同じ問題を何度も解いた。
高校を卒業する頃には数学への苦手意識はなくなり、数学ってなんかおもろいな、と思うようになっていた。
大学は理系の学科に進学し、数学の授業をいくつか履修した。大学の数学は概念的なので、理解するのがとても難しい。
しかしその難解な数学が面白かった。教科書を何度も読み、読んでもさっぱり理解できないことに失笑し、分からないところは数学の教授に質問しに行った。
ちなみにその教授は、数学オリンピックで優勝してしまうような人だったため、質問をしに行っても説明にセンスがありすぎて、理解はできなかった。
しかし、大学1年生の学期末の数学のテストで、私は学年1位を獲った。
履修者も少なく、授業でやった問題がほぼそのままテストに出たため、問題を丸暗記していた私は運よく1位になれた。けれどそれでも、高校であれだけ苦労した数学で1位をとったことは嬉しかった。
——このこと、小山先生に自慢したろ。数学のセンスなくても1位獲れたってドヤ顔で言ったろ。
掲示板に貼られた数学テストの順位表を写真に撮り、いつか先生に報告しに行くことを想像して、さらに嬉しくなった。
AVデビュー作がデビュー1年後にアマゾンの1位になり、高校の頃から同じことをしてるなと考えた。
苦手な数学にあえて挑んだ。小山先生に言われたことを素直にやり続けた。丸暗記していた問題がテストで出たから、運よくテストで学年1位を取れた。
AV女優になってもそうだ。この事務所の社長、怖いなと思った事務所にあえて飛び込んだ。社長に言われたことを素直にやり続けた。noteを書いたり、AVがバレてバレエ講師を辞めた話などを、赤裸々にSNSで発信した。するとSNSが炎上して多くの人に注目された。そして運よくデビュー作がアマゾンの1位を獲った。
数学の1位もアマゾンの1位も、私が素直に一生懸命やり続けた結果ではあるが、たまたまの結果であることも否めない。しかし両者で大きく違う点が1つある。アマゾン1位を獲ることができたのは、より多くの人たちのおかげ、ということだ。
1位を獲れたのも、藤かんながこの世に存在できるのも、私のAVを観てくれる人がいるからである。1位という結果は私の実力ではなく、私を支えてくれた、たくさんの人たちのおかげなのだ。AVを観てくれた皆さん、本当にどうもありがとう。
「アマゾンで1位を取るのはすごいよ。デビュー作がアマゾン1位を取ることはある。デビュー作は売れるから。でも藤かんなはデビューしてから1年以上経ってるけど1位を獲った。これは自信を持っていい」
社長は特に興奮する様子もなく、淡々と言った。もうちょっと盛り上がってくれても良いのではなかろうか。そんな私の気持ちを汲み取ったのか、彼は続けてこんな話をした。
「オリンピックに出るとして、1回だけの優勝を目指すか、3回連続優勝を目指すか、どっちの方が強くなれると思う?」
話の急展開に少々戸惑ったが、私は彼の話の続きを待った。
「俺は昔、前者やと思っててん。1回の優勝のために全身全霊をかけた方が、当然強くなれると思ってた。でも答えは後者やってん」
確かに、3回連続を目指すと、エネルギーは分散してしまいそうだ。
「3回連続オリンピックに優勝するって、遠くの未来まで想像した方が、たくさんのエネルギー必要やん。目の前の相手にパンチするより、1メートル先の相手にパンチする方が、いっぱいパワー使う感じ」
これは物理の問題かしら。私は高校の物理のテストで、下から三番目の点数を取ったことがある。それ以降、物理はトラウマになっている。
「つまり言いたいことは、未来を想像した方が、たくさんのエネルギーを出せる。結果、強くなれるってこと。未来を想像できるかどうかって、むっちゃ大事やねん。世の中で偉業を残した人たちは、来世のことまで想像してた。未来、来世を想像できた人が強いねん」
社長の言いたいことが分かった気がした。
「アマゾンの1位はすごいけど、あなたのゴールはそこじゃないで」
そう言われた気がした。
そうだ、私はAV以外でトップを取るのだ。アマゾン1位で浮かれていてはいけない。この1位はこれまでのご褒美。次のステージへのチェックポイント。思い出の1つとして、ここに書き残しておこう。
私が大学の数学のテストで1位を獲った3年後、小山先生は死んだ。結局、先生に1位を自慢をすることはできなかった。
正しいことを教えてくれる人は短命である。きっと今世ではもう、人間の合格ラインに達したから、来世にステージアップさせてもらったのかもしれない。
おそらくエイトマン社長も短命だろう。正しいことを教えてくれる人だから。でもまだ来世に逝ってもらっては困るので、ちゃんと健康診断はこまめに受けてほしいと、心から願う。
サポートは私の励みになり、自信になります。 もっといっぱい頑張っちゃうカンナ😙❤️