こだわりのタイム ~ライバルたちの視線~
※前回より続きです。気軽にお付き合いください。
ゴールデンウイーク期間中に記録会が行われた。角先生の提案で、今年は新1年生の人数も多く、力試しにちょうど良いとのことで、私も久しぶりに同行した。
「志保。もう松葉杖はなくても歩けるの」
私の右膝も予定より順調に回復している。先日の検査やリハビリでも担当医の先生から、順調に回復していると言われて、私の心は弾んだ。
「まぁ、これぐらいのスピードなら大丈夫」
とは言え、遠出する時はまだ松葉杖を頼る。
「うわっ! これ、キッついね。志保よく上手に松葉杖扱えるね」
今は野乃花が後ろで松葉杖を使っている。みんなも松葉杖とはどういうものか、回し回しで使って見せる。私は素直な感想を述べる。
「普通に歩けるのが、こんなに嬉しくて、幸せなんだと今なら思うよ」
松葉杖を返してもらい、治りかけの右膝を再度庇う。
「志保は久しぶりの記録会でしょ。雰囲気に当てられて、その場で動き出したらダメだよ。あくまで今日は見学なんだから」
奈織に忠告される。みんなの走っている姿を見たら、うずうずして走りたくなる。そういう意味でもこの松葉杖は必要だ。
「大丈夫です! 今日は走り終えたら、私がずっと志保先輩にくっついていますから!」
前野が元気よく挙手して、私の監視役をしてくれるらしい。
「前野は本当に三羽烏大好きだな」
斉藤さんが突っ込むも、同じく小木も同調してみんなで笑う。陸上部での団体行動の雰囲気が久しぶりだ。そして、競技場に足を踏み入れて見渡す。
「うわぁー。なんだか、メッチャ久しぶりの競技場だ。大会や記録会はずっと来てなかったからな」
思わず声に出す。
「だから、調子に乗ってダッシュしないようにね」
「みんなで見張っているから」
山田さんと佐藤さんに再度忠告されて、私はエヘヘと答える。
「出木さん」
ふと、声をかけられて振り返る。
「あー! 進藤さん。久しぶり!」
錦坂中学キャプテンの進藤晴夏。私と同じ短距離の選手だ。
「私もいるよー」
よっ、という感じで軽く手を挙げる。スラッとした高身長の彼女は神田中学キャプテンの飛鷹紗希。共に去年の夏合宿で知り合った仲だ。
「やっぱり怪我したって噂、本当だったんだね」
「大丈夫?」
2人に右膝を覗き込まれるように言われる。
「うん。ようやく無難な動きや歩行はできるようになってきたけど、ダッシュはまだちょっと怖いかな……」
軽く右足を動かし、回復の順調ぶりをアピールした。
「そっか。なんとか都大会までに間に合わせて欲しいなって、私は勝手に思っちゃっているけど……」
進藤さんが残念そうに言い、飛鷹さんはその後の進藤さんの気落ちを代弁する。
「晴夏はね。去年の夏合宿からずっと出木さんを目標に頑張ってきたんだよ。中学3年になったら今度こそ追い抜いてやるってね!」
飛鷹さんに言われて、去年の夏合宿の最終日で対決したことを思い出す。
(そういえば進藤さんって、調子良い時はあの火浦や二聖堂も追い抜く爆発力があるんだった)
「感覚的にだいぶ走りのコツはつかんだんだよ! だからもう一回出木さんとも競争したくてさ」
最後は笑顔でまた会おうね、と言われて別れた。私の気持ちが奮い立つ。
「……進藤さんか。彼女もまた強敵だよね」
野乃花が進藤さんの背中を見てつぶやく。ギュッと松葉杖を握る私の気持ちを察したのか、奈織が焦らないよう、急く気持ちを落ち着かせてくれた。しばらく松葉杖を使いながら競技場内を歩いていると、見慣れたユニフォームの団体とすれ違う。
(……あれは、光山中学)
何人かの選手とすれ違う際、視線を感じる。去年の夏合宿で見慣れた顔もある。スッと最後にすれ違った人だけ視線を強く感じた。私と奈織が一瞬、歩を止める。
「…………」
細めのキツイ目で睨みつけてくる。同じユニフォームを着ていても、ひと際存在感が飛び抜けている。
(……二聖堂)
向こうは既にアップも終えたのか、準備万端の戦闘態勢。対して私は松葉杖を両手に、ジャージー姿。その視線に気圧されそうになると、奈織が私の一歩前に出てくれた。少し二聖堂の姿が隠れるぐらい、奈織が背中で庇ってくれる。しかし、彼女は反転して行ってしまった。
「……くそっ。相変わらず、私は無視か」
二聖堂葵。去年の全中200㍍の覇者。今年は100㍍でも全中出場を狙っているはずだ。奈織の言葉を他所に、その背中に絶対の自信を感じさせる。追い抜けるものかと。松葉杖で移動しているのが珍しいのか、私が有名になったからなのかはわからないが、他の中学からもなんとなく視線を感じる。
「やっぱり、結構噂になってたんだね。志保の怪我」
「ああ。チラホラ石館中のこと見てくるもんな」
「私たちも見られている感じ」
山田さんたちもその視線を感じるようで、なにも出来ない自分がもどかしい。
「志保。見られているからって、変にアピールしちゃダメだよ! キャプテンとして堂々としてて」
野乃花に言われて、陣取った場所に私は腰を据える。
「……わかっている」
フッとため息をつき、ベンチに腰を掛けていると、数メートル先にひと際存在感を放つ選手がいる。恵まれた体格。鍛え抜かれた下半身。勝負前の鋭い表情。私の視線に気づいたか、目が合う。
(……火浦)
先ほどと同じく、しばし互いに、にらみ合う。入江中学の火浦凜。陸上短距離をやるにあって、どうしても超えなきゃならない存在。先に私が折れてしまい、松葉杖を使って立ち上がる。
「ダメ!! 志保」
野乃花が制止する。火浦と出会って以降、ここまで来たら、にらみ合うだけで対決だ。向こうも2、3歩詰め寄ってきた。まだ目は離さない。だが、それ以上は近寄ってこない。
「よーーし!! みんな!! 行くよーー!! 記録会だからって手は抜くなよーー!!」
手を叩き、仲間を鼓舞してそのまま行ってしまった。最後はあっけらかんとしていた。
「なんだ、あいつ!」
「てっきり近寄ってきて、志保に嫌みでも言うかと思ったわ」
「でも、相変わらず。嫌な感じ」
いや、違う。私だけは最後の表情を見逃さなかった。火浦は目で言っている。
『早く怪我を治して、私に挑んで来い』
石館中が記録会で調整している中、私は火浦や二聖堂のことだけが、頭から離れられない一日となった。
続く
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