見出し画像

憧れの一閃 七剣士物語 ~私たち高校1年生~ 其の三十

※其の二十九からの続きです。気軽にお付き合いください。



 宏樹ひろきの全国大会優勝祝いも兼ねて行われた神龍柏しんりゅうかしわ道場での稽古会。その日に悲劇は起きたという。

「俺はちょうど相馬そうまと、四日市よつかいち宏樹ひろきと地稽古をしていたんだ。そしたら……」

滝本たきもとが息を飲む。

「……そしたら」

話している滝本も辛いのか、次の言葉が出ない。前田まえだが引き継いで言う。

「四日市の竹刀が、宏樹の突き垂れを外れて。……剣先が宏樹の喉に直撃・・・・したらしい……」

静まる道場。

「呼吸が出来なくなった宏樹は急いで病院へ搬送。一命を何とか取りとめたが……」

甲状軟骨(のど仏)を骨折したため、今も後遺症が残ってまともに声が出なくなってしまったらしい。

「…………」

全員が金縛りにあったように動けない。剣道には、いや、スポーツ全般に言えることだが、怪我はつきものだ。しかし。

(こんなことって……)

四日市に懇願されたあの日、滝本と前田が妙に距離を取り、気まずそうにしていたのはそういうことだったのか。今も付き合いのある宏樹に相談して、総武学園までついてきてもらったらしい。

「……あり…すお……ねぇ…ちゃ…ん。み…せい……おねぇ……ちゃ…ん」

宏樹も辛そうに相馬と四日市を眺める。優しそうな性格で、まだまだ幼さが残る中学生の弟。

(……そういうことだったのか)

3人の関係性。相馬と宏樹の姉弟愛。四日市と宏樹の恋愛。そしておそらく、相馬と四日市の友情。この三角関係が宏樹の怪我で一気に壊れてしまった。宏樹は思い悩み苦悩して、相馬は悪い連中とつるみ、四日市も喧嘩に明け暮れた。そして、3人は落ちるところまで落ちてしまった。

「……あぁ、そうさ。……四日市こいつがあの時、ムキになって小学生の宏樹相手に、やったこともない『突き』技なんか打ちやがって!!!」

相馬が再び叫びだす。

「違う!! 私は宏樹に『突き』技なんかしてない!! たまたま外れて竹刀が刺さっただけだ!!」

四日市も泣きながら叫ぶ。

「黙れ!!! まだ言うか!!! 立て!!! ぶっ飛ばしてやる四日市!!!」

どうしようもない現実。収集のつかない関係性。互いに憎み、傷つけ合い、それでいて救われない。男だからとか女だからだとかは関係ない。大事な人が大事な人を傷つける。終わらないワルツのように。私はふと、気づいたら自分の面をつけていた。パンパンと面紐を締める音は周りの人間には聞こえていたのだろうか。きっとこれしかない。その思いだけが私を動かす。

(私は、ひかりの優しさに触れて救われた。琴音ことね先生に出会って前へと歩き出した)

その光も事の顛末を知り、泣いてしまって動けない。滝本、前田、宗介そうすけも目を伏せてしまい、宏樹も泣き出した。女子も藤咲ふじさき八神やがみ日野ひのも剣道以外のことでは反応できず、ただ黙って見ているだけ。馬乗りになり相馬が四日市の面を強引に剝ぐ。

「許さねぇ!! 許さねぇぞ!! 四日市!!!」

抵抗できなくなった四日市の首を相馬が締める。

「あぁーー! あ……あぁ……かぁ……はぁ」

まるで「お前も思い知れ。弟、宏樹の苦しみを」と言わんばかりに。相馬の胴着の襟元を掴み、私は思い切り引き離す。「ダンッ」と激しく後ろに倒れた相馬に私は言い放つ。

「相馬。四日市こいつと交代だ。私がお前の相手をしてやる!」

私の行動に誰もが驚いているが、声を出す者はいない。私の声だけが道場を支配する。

「……雪代響子ゆきしろきょうこ。てめぇ!」

迷いはない。私は、こいつらを許せない。

「立て、相馬! 私に1本でも入れて見ろ。お前の言うこと、なんでも聞いてやる」

挑発に乗ったのか、相馬がよろよろと立ち上がる。こんな奴にどうあっても負ける気はしない。

「お前たちのことは許せない! 関係ない者まで巻き込み、目の前で人を傷つけ、そして、私の大事な友達も泣かせた」

少しだけ光を見やる。手で顔を覆ったままだ。

「そして、私が勝ったら私の言うことを何でも聞け! 2人共だ!! いいな!!!」

四日市を見やり、相馬を見やる。気分が高揚してくる。普段の自分とは別の、剣道に集中しているときの自分に。

「おもしれぇ……。私が勝ったら二度と私と四日市の関係に踏み込むな。私は死ぬまで四日市こいつを追い回す」

くだらない。それでは何も解決しないことがわからない愚か者。聞く耳など持たない。私は竹刀を抜刀して構える。相馬も落としていた竹刀を拾い、正眼に構える。場所はだいたい中央。

「藤咲! 号令だ!! この試合を裁け!!!」

相馬を見据えたまま私が叫ぶ。

「あ、あぁ……。始め!!!」

藤咲の号令で試合開始。とは言ってもこれは試合ではなく、私怨による決闘だ。そんなことを考えている間もなく相馬が仕掛けてくる。めちゃくちゃな動きで。その動きを一つづつ見切って対処する。すでに満身創痍な相馬は呼吸も乱れ、動きにもキレがなく、もはや立っているだけな状態だ。私は容赦なく攻めて打ち込み、ぶつかり、転倒させ、ひたすら立ち上がる相馬を打倒した。


                 続く





この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?