徒歩40km通学
これは私が約10年程前に経験した一生忘れないであろう大冒険の話。
私が大学に入学し初めての夏休み、私の元に届いたのは"大冒険への招待状"ではなく"奨学金説明会の案内"だった。
これは奨学金を借りている生徒が継続して借りるには参加必須の説明会で、時間はお昼前から約1時間程と短く、家から電車を乗り継いで片道1時間半かけ通っていた私は面倒に思いつつも夏休みの1日ぐらい、という軽い気持ちでいた。
そして説明会2日前、夏休みに入って間もなかったが私はある重大な事に気付いた。
当時、私は土日に飲食業のアルバイトをし大学までの通学費を賄っていたのだが、大学まで電車を何本も乗り継ぐため、格安の"通学定期券"を買い、手元には月2000円程しか残らない事が大半だった。そしてこの"通学定期券"通学のための券なので夏休み前日までしか使えない。
さらに財布の中の所持金は200円。これはマズい。
今の私なら何としてでも両親、友人に頼み込み交通費を借りただろうが、当時の私は謎のプライドが発動し、徒歩での通学を決めた。(1度親に相談し断られた気がするのだが、記憶が曖昧で覚えていない。)
そして説明会前日、腹をくくった私はリュックに説明会に持参する書類、家にある最も大きな水筒にお茶を入れ、所持金200円が入った財布、ノートパソコンを入れ、出発へ向け準備した。
ここで何故いかにも重そうな"ノートパソコン"なのか。
それは当時スマホはまだ普及しておらず、大半がガラケーを所持している時代だった。今の時代ほとんどのスマホでは行きたい場所を入れるだけで道順が出る"マップ機能"があるが、ガラケー時代はその機能がないものばかりで、旅行に行く際は家のパソコンで調べるか目的地付近の紙の地図を買い、それを見るかが普通だった。
そこで私は自分のノートパソコンに家から学校までの道順を表示した状態でリュックに入れた。
道のりは家のある滋賀県から学校のある大阪府四條畷市まで距離40km、速めに歩いても8時間30分はかかる距離だった。
説明会開始時間は11時頃、その時間までには間に合う様、念のため10時間前の夜中1時にひっそりと家を出発した。
初めは京都まで国道を歩いて行くのだが夜中1時、道は長距離トラックしか走っておらず、私は心の中で「まさか誰もここを歩いている少年が説明会のためにこれから40kmも離れた場所へ行こうとしてるなんて思わないだろう」と思いながら笑う余裕はまだあった。
そして観月橋を通り、宇治、八幡市を抜けようかという所で日が出て、辺りは明るくなってきた。既に4時間以上は歩いている。なんなら時間に余裕を作りたいと小走りで進んでいた。
5時間程経ち、少し早いペースで枚方市内を進んでいたのだが枚方市内に入った辺りから急に歩道が少なくなり、道順が合っているのか不安になってきた。
ここで初めて道順を確認しようとノートパソコンを開いたのだが、誤ってボタンを触ってしまいネット接続されていないため画面が消えてしまった。そう、この瞬間から私のノートパソコンは"冒険の地図"から"ただの鉄塊"へと姿を変えた。
出発から6時間程歩き、今さら引き返せない私は鉄塊となった地図をしまい、車道の上にある標識を頼りに歩き始めた。
そして出発から9時間後、学校の最寄り駅付近の見慣れた景色が近付き、それから30分後、学校に着いた時は「間に合った!!!」の安心感しかなかった。他にも通学してくる生徒はたくさんいたが、誰も普通のリュックを背負った私がそんな徒歩9時間かけて来ているとは思わないだろう。
無事に時間に間に合い1時間程の説明会、手続きを終えた私はまだ気が抜けなかった。"行き"があるという事は"帰り"もあるのだ。
説明会が終わり、記憶していた元来た道を2時間程進んだ頃、完全に道を見失った。本来なら行きと同様、道路標識を見ながら行けば良いのだが帰りはそうもいかない。
何故かというと、行きは目的地の四條畷市にさえ入れば道は分かるので標識に従えば良いが、帰りは枚方、京都の八幡、宇治等いくつも市を通るため、少しでも方向を間違えてしまえば大きな時間のロスどころか帰れない、遭難の危険まである。
私は所持金200円を使い電車を数駅乗り分かる所まで行こうかと考えたが大阪寄りなため、数駅乗った所で分からない場所ばかりだったので諦めた。
時期は8月に入ろうかという真夏、気温は30℃を超え、水分も飲み尽くし、途方に暮れながら歩いた。
正直あの時程110番、警察を呼ぼうかと思った事はない。
警察を呼ぶか、周りの家に助けを求めに行くかせめぎ合いながら1時間程歩いた時、目の前に大きな川が見えた。
川?と思いつつ川の名前を見た所、その川の名前は"淀川"だった。
そこで私に衝撃が走った。「もしや淀川を上流へ上って行けば琵琶湖にたどり着けるんじゃないか⁈」
そう思った私はとにかく川沿いを上流へ歩いて行った。
この時ほど滋賀に住んでいて良かったと思った事はない。
ひたすら歩き、何時間経ったか分からない頃、京都の標識が見え、勝った!!!と思った。
その安心感から近くのスーパーで所持金200円でアイスとドリンクを買いうたた寝してしまい、起きた時には夕暮れに差し掛かっていた。
その後記憶していた道に合流でき、数時間かけて帰宅する事が出来た。
学校を出発して10時間程、時間は夜中12時をまわっていた。
地元の街が見えた時の何とも言い表せない感情は絶対に一生忘れない。
私だけの宝物であり今の私を動かす原動力で経験値となっている。
実はこの数ヶ月後にもう1度行く事になるのだがその話はまた次回に、、、。
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