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黄金をめぐる冒険㉚|小説に挑む#30

黄金を巡る冒険①↓(読んでいない人はこちらから)

「八合目」につくと、そこは街になっていた。
すっかりと”闇”は明け、万物は完全に色を取り戻した。地面、草木、案山子かかし、それぞれの色が生命力に溢れている。その活気は道となり、街となり、平和となり、一つの壁となっていた。

「八合目」は無機質な灰色の壁に囲まれている。人が自力で登れるような高さではなく、鳥なら何とか超えられる程度の大きな壁で、その中には多くの家が点在としていた。その中心部には大きな城のような図書館があり、それを囲むように街と壁はできていた。
遠くからこの街が見えた時、”座標”で得た知識とは全く違う印象で、実に堅固な城下町のように閉塞的な感じがした。まるで外界からその城を守っているような強固さ。
人は住んでいるのだろうか? 壁は”闇”から人々を守っているのだろうか? その異質さは、僕の想像では全くもって計り知れなかった。

街の中は閑散としていた。そもそもここの生活は食文化から乖離しているため、街として店や商売人が圧倒的に少ない。大きな一本の道が入り口から図書館まで伸びており、それは反対側の出口まで続き、街を縦断している。道の側面には家や店らしきものが連なっているが、それらの交流は全く見受けられなかった。
取って付けただけの街。本物の街というものを真似て作られた、中身の伴わない装飾が仰々しくされているだけのようだ。通りを歩く人もちゃんといて(数は極端に少ないけど)、全くの閑散という訳ではないが、その人たちの足取りはただ目的も無く歩く放浪者のそれであった。誰もがみんな他人に興味なんか無い。あるのは見てくれだけだ。

「ここはそういう街なのさ」
案山子くんは釈然としない僕の顔を見て言った。
「なんのためにここは存在するんだ……?」
「中央にでかい建物があるだろう? あれは図書館であり、それを取り囲むためだけにこの街は存在しているのさ。この街に意味なんてまるで無い。あるのは図書館を取り囲んむという役割だけさ」
「それは、とても悲しいことだね」
「そうさ、この世界はハリボテなのさ」

あの図書館には一体何があるというのだろう。外観だけの街を造らなければいけないほどの重要な何かがあるのだろうか。ひとまず図書館に行ってみよう。そこに行けば分かることだ。

僕と案山子くんは図書館に向かうため、中央に架かる一本道を歩き始めた。道はレンガ敷で綺麗に舗装されていて、出来立てほやほやみたいにピカピカだった。手入れが行き届いている。もしくは、誰も歩く人がいないのだろうか。
道幅は十メートル以上もあり、側面に連なる建物の高さの比率が建物:道=1:3を超えて嫌に間延びしている印象を受けた。いかにもわざとらしい街並みだった。

何人かとすれ違ったが、それぞれが異なる角度で俯きながらとぼとぼと歩いていた。中腰で俯いている者もいれば、首を下げて地面を見ている程度の者もいる。酷い者は干された布団みたいに体を曲げ、地面に顔が付きそうなくらいだった。

前を向いているのは僕と案山子だけだった。僕たちはよそ者であり、侵入者になり得るかもしれない。住民に挨拶をしようと思い、程よい角度の俯きに話しかけた。

「こんにちは。僕たちは用があってこの街に訪れた者です」
返事はない。
「あの、この街に住んでおられるのでしょうか?」
返事はない。
「すみません、聞こえていますか?」
相変わらず返事はない。もしかしたら言語体系が異なるのだろうか。

「僕たちはそこの図書館に伺うために……」
”図書館”という言葉に反応したのか、急に住民はこちらを向いた。僕は続く言葉を失う。住民には顔が無かった。

顔が無い……?
他の住民を見渡してみたが、よく見ると全員、顔が無かった。”のっぺら”だ。
「案山子くん、ここの住民には顔が無い」
「なんだ、今頃気付いたのか?」
案山子くんは『へ・の・へ・の』を真ん中に寄せて、困った顔をした。
「この街に来て違和感はあったさ。だけど、そんな、顔が無いなんて想像すら……」
「ここに来る途中に誰とも会わなかったのか?」
「会ったけど、みんな顔があった。新六合目のご婦人に、七合目の彼女、それと鼠色の奇妙な目玉の老人」
案山子くんは、なるほどという表情(『へ』の眉毛がぴくぴくと上下する)を浮かべ、
「そうか、確かにそいつらには顔があるな。あと、七合目で泊まっていた者がいなかったか?」
「男が四人寝ていたけど、顔は見えなかったな」
「そいつらはみんなのっぺらさ」

”のっぺら”。顔の無いもの。それは何を意味するのだろう? なぜこの世界の住人はみんなのっぺらなのだろう? 案山子くんに聞いてはいけないような気がした。案山子くんも、広く捉えてしまうと顔が無いと言えるのだから。

そんな心配とは裏腹に、案山子くんはのっぺらについて話し出した。
「ここに連れてこられる者は、種類は違うが一つの共通事項を持つのさ。それは”記憶が消滅”していくということだ。はじめのうちは人として顔を持ってここに来る。だが、次第に記憶が消えていき、それに伴って顔も消えていく。そして完全に記憶が消滅したとき、そいつは”のっぺら”となる」

「完全に記憶が消滅するとは、どういう意味だろう?」
僕はうまくその言葉が呑み込めなかった。
「文字通りの意味さ。全てが消え去るのさ。名前も言葉も、全ての過去を失う。きれいさっぱりね。それは人生の消失とも言えないか? 人生を持たない人に、生きている意味なんかあると思うかい?」
「つまり、生の無価値の比喩として、ここの住人は顔を失っている」
「そうさ、皮肉なメタファーさ」

やはりこの世界は残酷だ。こんな世界で生きていく価値など、どこにあるというのだろうか。
「案山子くん、僕も忘れてしまうのだろうか?」
「君は全くもって大丈夫さ。君はここに自分の足でやってきた。連れてこられたわけじゃない」
「案山子くんも連れてこられたのかい?」

案山子くんは頭をくるくると横に振った。
「いや、俺は迷い込んでしまったのさ。逃げるのに必死で、知らずにここに来てしまった。俺にも無くなった記憶は少なくはない。だが、君との記憶が俺を繋ぎ止めてくれた。まるで黄金のようにな」
「案山子くん……」

案山子くんはかつんかつんと二回跳ね、道の先にある城のような図書館を見た。

「まずはあそこに行くことが先決さ」
僕も同じく方向を整え、案山子くんと一緒に図書館へと向かった。


第三十部(完)

二〇二四年六月
Mr.羊
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