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黄金をめぐる冒険①|小説に挑む#1

晴れた日の午後だった。『炒飯』から連絡が来た。
「お久しぶりでございます。急なご連絡となり申し訳ありません。
この度は『炒飯』を代表いたしましてあなた様にご連絡した次第です。決して怪しい勧誘や申し入れではございません。
ただ、あなた様に至急お願いがございますゆえ、お電話差し上げた所存です」

『炒飯』を代表いたしましてだって?
どうして僕に『炒飯』なんかから連絡が来るんだ?
それに『炒飯』とは何のことだ? 

僕は受話器を片手に困惑した心持で呆気に取られていた。
これはおそらく『混乱』というものだ。

僕は考えることを一旦放棄し、もう片方の手に疑問符を握り締めて話の続きに身を任せた。
話の続きは次のような内容だった。

「近年、人々による『炒飯』認識率は低下の一途を辿っております。
このまま低下が進むと、近い将来に消滅してしまうでしょう。
我々はこの状況を大変危惧しております。世界には『炒飯』が必要です。  
人が生きてくうえで必要不可欠な要素は好奇心でございます。
そして『炒飯』には好奇心を生み出す力があります。

人は好奇心によって向上することができます。そして好奇心は進化を促すものでもあります。ですが、残念なことに世界は『炒飯』を失いつつあります。その理由は明らかではありませんが、我々は事象の干渉による副作用の可能性が高いと推測していおります。
『炒飯』を失えば好奇心が消滅し、人々は破滅する恐れがございます。
つきましては、どうか私たちと一緒に世界を救ってくださいませんか」

彼女のその熱のこもった言葉は僕の耳にはしっかりと届いたのだが、肝心の内容が全く理解できなかった。僕が世界を救うという、この状況がとても現実のものとは思えなかったからだ。

「待ってくれ、『炒飯』が好奇心を生み出すだって?」
「はい、その通りでございます」
「そして好奇心を失えば人々が破滅してしまう?」
「はい、その通りでございます」
「つまり、僕が『炒飯』を救わなければ世界は崩壊すると」
「はい、その通りでございます。ご理解いただけたようですね。
つきましては、一緒に世界を守っていただけないでしょうか」

僕は間抜けみたいに彼女が言ったことをオウム返ししただけで、自分の口から出た言葉を理解していたわけではなかった。ため息をオウム返しで代用したまでだ。

ただ、彼女の口調には一種の心地よさがあった。
声の調子は少し明るめであり、声質自体は高くも低くもなく丁度良い。落ち着いた口調で言葉一つ一つを正確に発音している丁寧さがあり、洗練された文体は空気を固めて大気で言葉としてのかたちを成していた。

なによりとてもポライトだ。

その話しぶりは、僕に若い報道アナウンサーを想像させたが、なぜだかその表現はしっくりこない感覚があった。

そんなことを考えている場合ではない。この状況に置いて、今の僕に必要なのはまず思考を整理することだ。彼女の魔力に負けて結論を急いではいけないし、もっと情報を集めないと判断のしようがない。
整理、情報収集、検討、判断、どれも無駄なことだと分かっていた。だが、唐突な固定概念の地震を鎮めるためには時間が欲しかった。

「すみませんが、少し考えていいでしょうか」
と僕は言った。きっと僕の人生で一番無駄な提案だっただろう。

彼女は分かりました、また時間を改めましてお電話いたします、と言って電話を切った。僕は通話が切れた後も、しばらく電話機を耳に当てたまま無音の中で茫然と立ち尽くしていた。部屋はとても静かだった。

耳の奥には彼女の声の余韻が微かに残っており、エコーのようなものとは違う何か、声の温かみ自体がそこに残留しているような、そんな感覚があった。

-ー「残念なことに世界は『炒飯』を失いつつあります。それを失えば好奇心が消滅し、人々は破滅する恐れがあります」

そう彼女は言っていた。
彼女は炒飯を代表として僕に電話を掛けてきた。
なぜ僕なのだろうか?『炒飯』とは一体何なのだろうか?
彼女は冒頭に、お久しぶりですと言った。
つまり僕と彼女はどこかで一度会っているのだろうか?

思考が追い付かない。情報の透明度があまりにも低過ぎる。
考えようにもどこから手を付ければいいのか全く分からなかった。

頭が空っぽになったような気分だ。
まるで知らない小人がアイスクリームみたいに僕の脳をスプーンでしっかりと掬って食べてしまったかのような気分だ。

諦めてはいけない、物事には必ず答えがあると自身を鼓舞し、もう一度思考のエンジンを温め直した。

まず分からないことは調べなければならない。
僕はノートパソコンを開き、『炒飯』という言葉を検索してみた。一件だけその言葉にヒットした記事があった。(これは後から気づいたことなのだが、この記事を書いたのは彼女が所属している組織であった)

検索結果:
"『炒飯』とは黄金のような輝きを放つ高貴な存在です。それは時には物質となり、時には概念となり、時には信念となり、時代や場所によって様々な形を成します。
 一説によると、『炒飯』は人の好奇心を生み出す源流とされています。
 かつては形而上の学問として研究対象の一つとされていたとも言われていますが、現在ではその存在を知るのは限られた僅か人のみで、そのため、ロスト・ジェネレーションの一つである「ロスト・センス(失われた感覚)」に分類されています。"

ロスト・ジェネレーション?
失われた感覚?
謎は深まるばかりだったが、彼女が言っていたことは本当だったのだ。
それだけでも分かれば僕の中の判断材料として十分だったし、これ以上考えても無駄だということも十分確認することができた。

***

彼は決断できたことに安心し、リビングの窓から部屋の中へ入ってくる橙色の光の粒子を眺めながら、時間の流れを認識するかのよう外の夕暮れを確認するために歩き始めた。

部屋には静謐が広がっていた。
彼の存在しうる限りの音しか生産されず、その部屋で彼は慎ましく穏やかに暮らしていた。

彼は窓から見える夕暮れがとても好きだった。
そして橙色に包まれた世界が紺色に一転されてしまう儚さが、特段好きだった。

そして世界が黒に染まると、彼は夕食の準備に取り掛かった。
フライパン一面に油を引き、それを火をかけ、冷蔵庫から卵と昨日の残りのご飯を取り出した。
きっと彼には、今何を作るべきかが分かっているのだろう。

僕に迷いはなかった。
そして僕は夕食を作りながら、彼女からの電話をただ待った。


第一部(完)

二〇二三年十二月
Mr.羊


第二部



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