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黄金をめぐる冒険㉔|小説に挑む#24

黄金を巡る冒険①↓(読んでいない人はこちらから)

夢を見た。とても奇妙な夢だった。

その世界では、月の光は日差しのような熱を帯びていて、風が吹くと木々は風向きに逆らってなびいた。追い風は僕を押し返して、木々を引っ張っていく。
明るい場所はほとんど何も見えないが、返って暗い場所が良く見えた。体をぐっと前に運ぼうとすると、何故かふっと後ろに下がってしまう。右を向こうとすると、自然と左を向いてしまう。まるで全ての物理法則が逆転し、僕の無意識までもがその法則の影響範囲に含まれているようだった。
僕はここで歯痒い存在として無力に突立っている。

前に進むにも歩き方が分からないし、声を出そうにも喉を震わせる方法すら分からない。それどころか息を吸うことすらままならなくて呼吸が苦しかった。僕はとてもちっぽけな有機物であり、ただ黙ってここで終わりを待つしかないのかもしれない。

しばらくすると終わりがやって来て、これで夢から解放されたかと思い目を開くと、またその世界に突立っている。始まりと終わりと、また始まりが連綿と永遠に続いていく。

始まりと終わりと始まりの経過は毎回異なるものの、始まり方と終わり方だけは全て同じだった。どうしよもなく救のないような夢だった。

 ・・・・・・「またこの世界だ。どうにかここを抜け出さなければならない。抜け出すには、まずは息を吸って、そして前に進めばいいのだ。足を前に出せば歩けるはずだ。ただすべてが逆なだけだ。
右手を握りたいなら、左手を握ればいい。
右足を前に出したいなら、左足を後ろに下げればいい。
前を向きたいなら、後ろを振り返ればいい。
息を吸いたいなら、息を吐きだせばいい。
何かを考えたいなら、何も考えなければいい。
単純な理論と法則だ」

そして僕は考えることをやめた。それ故に思考を巡らせた。
僕は遂に大きな一歩を踏み出す・・・・・・

***

目が覚めた。とても奇妙な目覚めだった。

目が覚めたとき、僕は今いるこの場所が夢か現実か判断がつかなかったが、少なくとも僕の知っている物理法則が適用された(そう思い込んでいるだけかもしれないが)世界へと戻っていた。とても長い夢は、心に焦燥感を、体に疲労感を現実の世界に残し、僕の存在はぐったりだった。
周りの四人の男たちは、やはりぐっすりと眠っており、部屋は未だに静寂と暗闇とが支配していて、世界が止まっているかのように思えた。

そういえば新六合目のご婦人は、「日が昇る前に八合目を抜けなさい」と言っていた。体力は十分回復したことだろう。すぐにでも小屋を出ようと思い、僕は寝袋を剥ぎ取って体を起こした。

向こう側のテーブルの上には、彼女が飲みかけた(だろう)水がコップに半分ほど残ったままになっていて、その隣で彼女は眠っていた。彼女は椅子に座りながら机にべったりと両肘を寝かせ、その中に顔を埋めて寝ていた(その態勢で全く動かなかったので寝ていると判断した)。僕は彼女を起こさないようにゆっくりと向こう側へと行き、ゆっくりとグラスに入っている水を飲んだ。
静かな小屋で、僕の水を飲みこむごくっという音がしっかりと響き渡り反射する。大きい音が出たような気がしたが、彼女が起こる様子はまるで無かった。案外体の内部から漏れ出る音は自分以外に聞こえないもので、存外周りには聞こえないものだ。

彼女の髪はこの暗闇の中でもより一層の黒を帯びていた。このとき僕は黒にも様々な暗さがあることを知った。彼女の髪の下半分ほどが机に垂れて、それは毛先にいくに連れて部屋の暗さからどんどん逸脱していった。この髪の黒はどこまで伸びていくのだろうかと思い触ってみる。とても柔らかく、さらさらで手触りのいい長い髪だった。
垂れている髪を軽く持ち上げ、昔みたいに鼻に付けて匂いを嗅いだ。僕は昔、よくこうして眠っている『彼女』の髪を見るのが好きだった。僕は嬉しく、愛らしく想いながら、その髪の匂いに触れて、小さな声でごめんねと言う。そして『彼女』は目を覚ますのだったーー。

僕は彼女の左手を握り、そして見えない傷をさすってみた。そこに凹凸の感触は無かったが、はっきりと『彼女』の意思を感じることができた。僕はその手を、そして髪をもう一度触りながら、行ってきますと心で言った。

髪の感触や匂い、手のキメと質感、それらの記憶がこの世界と混濁し、僕はとても悲しい気持ちになった。だが、僕は前に進まなければならない。僕は『彼女』を取り戻しに行かなければならない。今はせめて、机の上で寝ている彼女を起こさないようにと思い、音を立てずに静かに外へと出た。

***

あの夢は一体何だったのだろうか。
とてつもなく長い時間と、この世の理と真逆に働く法則。無限と虚無に似た循環の永遠。その中で独り取り残され、いつ終わるか分からない絶望の中で僕は立っていた。それは一体何を暗示しているのだろう。

僕は夢から抜け出した時のことを思い出してみた。あの時の僕は、考えることを止めることによって思考していた。考えないことが思考を促し、そして思考がその世界を抜け出す鍵となる。僕はいつの間にか”考えないこと”をないがしろにしていたのかもしれない。そしてそれがこの世界の暗示として、夢に現れたのかもしれない。

”孤独”が僕に語り掛けてきた。
「諸君は今孤独として私と共存関係を結んでいる。だからこそ思考することが極めて重要だ。考える事と考えない事の境界は極めて曖昧であり、そのバランスが諸君の思考を促進させることを努々忘れるな。
諸君は岐路にいる。だからこそ物事と自分自身の本質を理解する必要がある。観察と考察がその手助けをするだろう。思考を巡らせ続ければいずれ何かが君を導くだろう。」

僕はまた一人になった。

第二十四部(完)

二〇二四年六月

Mr.羊
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