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ラム酒な女

シングルモルトウイスキーが神の寵愛を受けた酒だとしたら、
ラム酒は女神、厳密に言うと歌と踊りの女神、テルプシコラーに愛でられた酒だ。
私はこれに確たる根拠がある。

ラム酒。Rum, Rhum, Ronー。サトウキビを原料として作られた無色透明(多くが)の蒸留酒(スピリッツ)。キューバを初めとするカリブ海諸島で発展したが、植民地支配の影響がその酒造りに色濃く残る。スペイン領だったキューバはバーテンダーが愛してやまない「バカルディ」ホワイトラム発祥の地(国営化を恐れて移転したらしい)、ジャマイカのダークラムは「マイヤーズ」が有名でこちらはパティシエに溺愛されている。フランス領だったマルティニーク諸島では、一般的な廃糖蜜を原材料に使わずに、サトウキビの搾り汁から作る濃厚な「アグリコールラム」というタイプを生み出す。酒質が風土よりその地の歴史と密接なのが特徴だ。
今まで、シャルドネ、ピノ・ノワール、ヴィオニエ、メルロなどワインのブドウ品種によって、様々な女性を表現してきた。ワインという酒は製法というより、品種の特徴と、その年の出来不出来で味わいが変わるため、味わいが安定しない。それを醸造家が相互補完関係にある品種や樽、異なる土壌のブドウなどをブレンドし、1つのスタイルを作り上げる。品種の不安定さが、どこかホルモンの影響を受けやすい女性の感情と似ているように思え、それこそが、逆に女性の煌めきなんじゃないか、と思ったからだ。

だが、ラム酒な女は違う。
蒸留酒というのは基本的に原料の出来不出来に影響されず、酒質が安定している。「ワインな女」同様に、「ラム酒な女」もきっとたくさんの恋をしているのだろうが、自己を見失うようなことは決してないはずだ。むしろ相手の男の羅針盤が勝手に狂っていく。その点でラム酒な女はどこか男性的と言えるが、ジンやウォッカ、焼酎などの蒸留酒とは違い、サトウキビ由来の甘さで、誰もが笑顔になるチャーミングさをちゃんと兼ね備えている。カクテルにしようが、ロックで楽しもうが、主体は全て自分にあり、ジンやウォッカなど他のスピリッツのように、「素材を生かす」影の立役者ではない。ぶれないオーラを持つ。それがラム酒の女の最大の特徴だ。

実際、様々な人が吸い寄せられるようにラム酒な女の周りに集まってくる。古くからはカリブ海の海賊達、文豪ヘミングウェイが愛した「フローズン・ダイキリ」はあまりに有名だし、トロピカルの代名詞とも言える「ピニャ・コラーダー」はお酒の苦手な女性にも人気だ。そんな気軽さの一方で、葉巻が似合うダンディなおじ様にもしっとりと愛でられる。それがラム酒。甘さの奥に隠れている僅かな苦味を、一部の男性は彼女の中から見つけ出すのだろう。

そういった奥深さはウイスキーなどシングルモルトと共通するが、孤高の存在であるシングルモルトは、せいぜい炭酸と混ぜてハイボールにして敷居を下げるのが彼の限界で、その点でラム酒は対極にある。

ラム酒は音楽と深い繋がりを持つ。
無論、お酒と音楽というのは切っても切り離せない関係なので、ワインとピアノは親和性が高いし、ジャズやバグパイプの音を聞きながら、ウイスキーを楽しむ時間は贅沢だ。
だけど、ラム酒と音楽の関係はどこか素朴で人間らしい。
聞くところによると、イギリス海軍にはラム酒が支給され、日々のストレスを和らげる役割を果たしていたのだとか。日常の苦しさ、辛さを忘れて、今この時は原始的に音楽と酒を楽しもうじゃないかー。バーで大男達がラム酒を飲んでいる姿を想像すると、気取らない彼女、もといラム酒に男達は癒されているのだと思う。
ねっ、ほら。テルプシコラーの美酒って気がするでしょ? 

「苦く苦しいことがあるからこそ、人生って甘くて楽しいものなのよ」


そんなメッセージがラム酒には秘められてる気がする。こんなに生命力の溢れた女性はいるのだろうか?

ちなみにラム酒といえば、私には「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」。
キューバ音楽に魅せられたカッコいいおじさん達の音楽ドキュメンタリーで、ただただ色っぽく、初めて映画を見た時は、体が熱るほど興奮した。ほんのちょっとだけれど、登場したラム酒がなんとも官能的で、やっぱり哀歓漂う素敵なおじさまと葉巻とラムは、一枚の絵画のようにピタリとはまる。ああ、なるほど、ラム酒な女が「おじさんしか愛せない」というのも合点がいく。

狂うほど愛しく想う人と別れる時。
そんな時は、なんとしてでもラム酒の女神に会いにいくべきだ。
彼女の美声を聴きながら、アグリコールラム、そうね、私なら「バルバンクール」の樽熟成15年のものを朝まで飲み続けたい。酔い潰れた私に、きっと彼女は私の頭を撫でながら、優しくこう言ってくれるはずだ。

「sakiさん、一楽章が終わっただけだよ。でも今日は飲もっか」

「うぇーい!」


ってね。


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