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リースリングな女

リースリングほど、「あなたはそのままでいて」と周りに思われる品種はない。
リースリングもシャルドネと同じく白ワインの品種。だが、その特徴は面白いぐらい対照的だ。シャルドネのように、樽を使うことは決してない。造り手にワインの命運を授けることはせず、ただただひたすら、「リースリング」として尊重してもらうことを切に願う品種。丁寧に清澄して、ステンレスタンクで余計なものが入らない状態で発酵してもらえれば、それで満足だ。

そして、他の品種とブレンドされることもほとんどない。
なんだったら、ちょっと離れた場所のリースリングと一緒にされることなく、この区画のリースリングのみでワインを造らないと、バランスを崩すこともあるほどだ。いわゆる、「テロワール」(特定の土地)の概念を体現した、白ワイン。その点では、赤ワインのピノ・ノワールと似ている。生産地も、ドイツやフランスのアルザス、オーストラリアの一部など冷涼な土地でしかうまくいかないと言われる。大事な酸味が失われるからだ。

ワインのタイプも違う。シャルドネは樽の力も借りて、ふくよかなワインを作り出すのに対し、リースリングというのは、生涯を通じて、一人で「果実味」を追求している。ライムやアプリコット、パイナップル、ライチ、グレープフルーツーーー。誰よりも様々な果物の、様々な要素を抱える品種、それがリースリングだ。
「たくさんの果実味を融合させる」という宿命を背負った彼女は、それはつまり「酸味」と「甘さ」のバランスを追求することが人生の命題になっていると言える。果物の爽やかな酸味を追求しすぎては、柑橘系に偏ってしまうし、トロピカルフルーツのような甘さだけになってしまえば、リースリングではなくなる。

さらにいうと、アルコールが高くなりすぎては、自身が持つ多彩な果実感がなくなってしまうので、比較的アルコール度数が低いワインが多い。ワインでありながら、どこかワインでもない、そんな頼りなさが彼女の美しさでもあり、エロスなのだけれど、本人としては、真剣に悩んでいるのだ。
誰よりも、酸味と甘み、そしてアルコールのバランスを取らないといけないと思ってるので、いつも細い道を綱渡しているような印象を出す。
でも、だからだろうか。どのリースリングも、背筋がスーッと伸びているかのような酸味と、贅肉のない控えめな甘みがあり、誰に対しても優しいのよね。

「そのままでいいんだよ。考えなくていいんだよ」という、周囲の心からの言葉さえも、「そのままってなんだろう?」と逆に考え込んでしまう。そして「私もシャルドネみたいに、樽で熟成されたり、スパークリングワインにされてみたい」と時々想像してみるけれど、「やっぱり違う気がする」と思い直し、結局、果実への追求に戻るのだ。

彼女が醸造家に求めているのは、ただ一つ。自分が心地よいと感じる空間で、静かに生育させて欲しい、それだけ。だけど、そこは女の性(さが)だろうか、放って置かれるのではなく、自由でありながらも、実は温かく見守られている状態に愛を感じる。自分の心のテリトリーへの侵入はもってのほか。ここでも、「干渉」と「自由」の「バランス」を彼女は醸造家に求めるのだ。それが彼女の美学なのかもしれない。

リースリングには貴腐ワインへの道がある。
貴腐ワインとは、ブドウにポトリティス菌が付着することで、貴腐ブドウとなり、そのブドウでワインを作ったもの。甘くてデザートワインにもなる。
だが、この貴腐ブドウというのは天候や環境による影響が多く、雨や菌にやられて、区域全体が全滅することもあり、造り手泣かせの菌。どっちに転ぶかは、神さえも知らないのでは。

でも生真面目すぎるリースリングは、「自分が悪いのかもしれない」って思っちゃうの。「いやいや、それは菌がダメな男だっただけだし、雨が降ったのも、あなたのせいじゃないよ」と言っても、静かに首を横に振る。そんな菌を寄せ付けて、愛おしく思った自分に非があると思ってるかのように。
そうね、貴腐ワインになれる品種は、ちょっとそういう悩みがちな傾向にあるわね。シュナン・ブランも同じだ。そういえば、「貴」と「腐」でもバランスを取らないといけないのだから、才能というのは人、いや品種さえも悩ませるのね。
でも私は知ってる。ドイツのリースリングの最高峰、トロッケンベーレンアウスレーゼを飲んだ時、圧倒的存在感にひれ伏したことを。酸味も甘みもアルコールも神が作ったと思うほど完璧な姿には、もはや、か弱さはなく、言葉さえも出ないほど神々しいことを。
なるほど、そうか。あんなに色々なことを悩めるから、こんなに美しいのね。皆が同じようにしても違うし、能天気さの中の美しさもあるから、あなたにあった美しくなる術なのね。どっちがいいとかじゃない。
単なる「果実のバランス」じゃなく、ほのかに現れる「ろうそく」のような香りも、その性格からきてるのかもね。

だからもう一度言おう。

「あなたはそのままでいて」




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