『こども六法』の作り方
note初投稿です。小川凜一と申します。1993年生まれの27歳です。
肩書きはプランナーと教育企画者。デザイナーの妻と一緒に、子ども向けの書籍やパンフレットなどを作っています。
私は、『こども六法』という書籍の企画を行いました。
『こども六法』は子ども向けの法律書です。著者の山崎聡一郎さんと一緒に2019年8月に出版してから、発行部数は2021年7月現在、69万部を超えています。
今日は自己紹介も兼ねて、この『こども六法』をどうやって作ったのか。そして、『こども六法』の設計コンセプトをお話しできればと思っています。
【ずっと眠っていたこども六法】
はじめに、こども六法は山崎聡一郎さんのアイディアが元になっています。
小学校時代、壮絶ないじめを経験した彼は、中学校時代、図書館で六法全書に出会います。そして、自分が受けたいじめだと思っていたものは、犯罪であり、社会に正当に助けを求めていいんだということに気づきます。
その気付きを温め続け、彼は大学で、子ども向けに法律を伝える手段を作れば、そうした犯罪と呼んでいい暴力や破壊を伴ういじめのストッパーとなるのではと考えます。こうして彼の大学のゼミ活動の一環として生まれたのが、このプロトタイプこども六法です。
法律を子ども向けに言い直したこの冊子を、ゼミの費用で数十冊印刷したそうです。
(campfire:https://camp-fire.jp/projects/view/95629より)
そう。実は発売から5年も前に、こども六法の前身は出来上がっていたんです。
しかし、ここから4年もの間、このこども六法は社会に注目されることもないまま、プロジェクトは頓挫することとなります。彼は様々な出版社にこのプロトタイプを出版したいと持ちかけましたが、軒並みお断り。現在これだけたくさんの人に支持される本は、誰にも注目されないまま、ずっと眠っていたのです。
【あの時の僕が欲しい本だった】
ここで、やっと僕が登場してきます。僕も中学時代、いじめの被害に合っていました。
円陣ってわかりますか?試合の前などにやる、みんなで肩をくんで円になり、オーッ!とやるやつです。あれの真ん中に転がされ、四方八方から蹴られるのです。教室は明るいはずなのに、円陣の中は暗くて、天頂部分から見える蛍光灯の眩しさと、それを囲むようなクラスメイトのギラギラした笑顔を、今でも夢に見ます。トイレの便器に捨てられた靴を、毎日拾い上げて帰っていました。
山崎さんと僕は同い年。大学3年の就活の中、インターンで偶然出会い、そして彼からこども六法のアイディアを聞くことになります。
震えました。「この冊子すごいよ!」と彼に興奮して話し、一冊プロトタイプをもらって、それは僕の本棚に大切にしまってありました。彼はその時に「これを出版したい」と話していたので、これはきっと僕みたいな思いをしたたくさんの人たちに受け入れられるだろう、と思っていました。
しかし、4年間、芽が出ることはなかったのです。僕は僕で、色々な会社で色々なことを学んでいました。
【再スタートを切るこども六法】
そして、4年ぶりに、山崎さんと『こども六法』のことが気になりました。そろそろ出版したのかな、と。そして彼に連絡をとったところ、プロジェクトは頓挫し、凍結してしまったということを聞きました。
「それはもったいない!」と話し、クラウドファンディングを利用したこども六法プロジェクトの再開を提案。彼を説得し、こども六法プロジェクトは再スタートを切ることになります。
まず、彼の理念を伝えるためにこの動画を作りました。動画制作は、4年間の中で僕が学んだことの一つです。
この動画をメッセージの起点にして、クラウドファンディングを行い、
1,796,000円ものご支援をいただきました。
そして、集まった金額を見て、これだけの社会からのニーズがあるならと、弘文堂という出版社が出版を決定してくださり、無事に出版が決定しました。
今日の本題はここからです。
出版社が軒並みNGを出した『こども六法』。
それを、どうやって子どもが受け入れられる本にするか。今日はそれを記事にしようと思います。
【プロトタイプの問題点】
彼からもらったこのプロトタイプ。僕の宝物です。
プロトタイプこども六法の作りは非常にシンプルです。
法律を子ども向けに言い直した文章が、一条ずつ載っています。
法律の原文の言葉遣いは、大人でも難しいほどなので、子ども向けに言い直したこの本は画期的です。子どもが読んでくれれば、この本は十分機能すると言っていいでしょう。
しかし、読ませること自体が、少し難しい本でした。
【法律が面白くなる瞬間】
僕は、法律に人生中でほとんど触れてきませんでした。だから、法律の面白さがよくわかりませんでした。しかし、この本を作る中で内容や関係がわかれば面白いということに気がつきました。
「この法律があるということは、日常のこの部分はこの法律に当てはまるんだ」とわかると、途端にとても面白いのです。
例えるなら、ずっと説明書を見ずにプレイしてきたゲームの説明書を、初めて見て、ゲームの知らなかった部分に気づくような感じです。ずっと触れてきた日常と、法律が繋がると、面白い。
でも、条文だけだと日常と繋がらない。法律の文章の内容自体は単調で、面白みを感じにくい上に難しいので、そのままだと読むにはハードルが高い。
こうして、『こども六法』が本来の機能を発揮する前に、子どもが離れてしまうという問題がありました。もちろん、全員ではないと思います。なんなら山崎さんは、中学生にして六法全書をそのまま読んでいました。一部の子どもはそのままでも理解し、読んでくれるかもしれません。
しかし、山崎くんと定めたターゲット設定は“幅広い子どもたち”でした。僕も山崎さんも、いじめを経験した二人です。一部の子どもしか読めない本を作っても意味がない。それは二人の共通認識でした。
【ターゲットを整理しよう】
ここからが、僕と妻の仕事です。出版が決定した段階で、僕はデザイナーの妻(砂田智香さん)を呼び、こども六法の設計を練りました。
まず、“幅広い子どもたち”、といってしまうと、非常にざっくりしてしまうので、ターゲットを大まかに二つに設定してみました。
・法律に興味がない。長くて難しい文章は少し苦しい子ども。
・法律の面白さがわかり、もっと知りたいという意識を持った子ども。
僕はどっちかというと前者ですね。そして山崎くんは後者。
シンプルなようで、この二つを同時にターゲットとするのは非常に難しいことでした。
法律に興味がない子どもに合わせて簡単に作りすぎてしまうと、せっかく興味を持ってくれても、平易な内容だけが続いて、それ以上の学びを子どもに提供することができません。また、伝えられる内容も限定され、情報が非常に少なくなってしまいます。
かといって、子どもが法律に興味があることを前提にしてしまうと、プロトタイプの問題が解決されず、そもそもこの本の内容を理解する前に子どもは興味を失ってしまいます。
この二つの相反するターゲットのニーズを同時に満たす構成を、僕と妻は時間をかけて探し続けました。
【見つけた2層構造のスタイル】
こうして、試行錯誤の末、出来上がったのが現在のこども六法の構成です。
(こども六法HP:https://www.kodomoroppo.com/ より)
ぱっと見ると、児童書では良くある構成に見えます。
でも実は、この本は児童書ではあまりない、2層構造で作られているのです。
この構成の他の児童書の多くは、左側のページに大きなタイトルやイラスト、右側のページにその細かな解説が入っています。
つまり、見開きで一つのことを説明するようにできているのです。
一方、こども六法は全く異なる設計でデザインされています。
左側のページと、右側のページは、ほぼ独立した内容です。
左側で条文を一つ紹介。右側のページでは違う条文を紹介しています。左と右は、近い条文を扱ってはいますが、関連しているわけではありません。
全編を通して左右をこのルールで統一しています。
こうすることで、子どもの学習進度に応じて、使い分けられるようになっているのです。
【フェーズ1“左だけ読む”】
実は、左側には、子どもにとって特に重要だと考えられる条文が集中しています。
(こども六法HP:https://www.kodomoroppo.com/ より)
子どもが知らず知らずのうちに法律違反をしてしまう危険があったり、子どもの命に関わると考えられる条文が集中しています。
そして、左側のページには、日常との関連を直感的に理解できるよう、「気軽に死ねっていってない?」「ケガをさせなくても暴行になるよ」など僕が法律の前段階となるキャッチコピーを書き、妻が原画を描いたイラストを大きく載せました。
ここは法律と日常をリンクさせることに重点をおいたページとしています。
法律を扱う以上、イラストは殺伐とする可能性があるので、イラストレーターには動物の暖かなイラストの得意な伊藤ハムスターさんを起用しました。
こうして、左側のページは、法律に興味がなくても読みやすいページとなっています。
そして、この左側のページだけ見て、右側を見ずに最初から最後まで読み終えてしまっても、左側に重要な法律が集中しているので、要点はある程度押さえられるようにできています。
【フェーズ2“右の意味がわかる”】
そしてもし、子どもの好奇心がそこで収まらなかった時は、もう一つの使い方ができます。
左のページを経て、日常と法律がつながれば、法律だけを見てもだんだんと面白くなってくるのです。
その時に初めて、右側のページに目が向きます。
右側のページは、山﨑くんが子ども向けに訳した法律が羅列されています。最初に見たときは、面白さが少しわかりにくいです。しかし、左側のページを読み進め、法律と日常のつながりが理解できた途端に、右側のページの意味が変わってきます。
法律の持つ、自分に直接関わる意味合いが見えてくる。
そして、日常とのつながりさえ理解できた子どもには、文章の難しさや単調さはさして問題にならないと考えました。
【つながりが見えた子どもには、難しさなど関係ない】
トレーディングカードゲームってありますよね。遊戯王とか。僕はデュエルマスターズ派でしたが。
カードにはそれぞれ効果が書かれていますが、よく見ると書いている事は、めちゃめちゃ複雑です。下手をすると法律より難しいかもしれない。
–––このカードが場に出されたとき、手札に〇〇が何枚以上あれば、〇〇でき、さらにデッキに〇〇がなければ、〇〇できる。ただし〇〇の場合は–––
ルールを知らなければ、大人でも頭が痛くなるような内容です。でも、ルールを知っている子どもには、これを見るだけで「これ強い魔法だな」と価値がわかったりする。
自分(自分のプレイング)と、どう関係するかがわかれば、文章の単調さや複雑さなど気にならず、その内容の持つ価値が見えてくるのです。
右側のページは、一見単調ですが、左側のページを経て、自身との関係が理解できた子どもにとっては、自分の発想次第で日常にどう影響するのかの想像をどんどん広げることができる、ノイズが少ない気持ちのいいページに化けるのです。
【自分で見つけるから楽しい】
こうして、こども六法は子どもの学習進度に応じて、自然と2通りの使い分けができる本となっています。
イラストとキャッチコピーだけ見て、法律の要点だけ楽しく学ぶ使い方。そして、法律を網羅的に学び、日常とのつながりを発見する使い方。
興味や学習段階が異なる子どもたちが、それぞれの楽しみ方や学びができる作りとなっています。
ここからは持論ですが、この学習段階を書籍に明記したり、子どもに指示してしまうと、途端につまらない本となってしまうと思うのです。
例えば、児童書では結構やりがちですが、
最初にここを読もう!
理解できたら、こっちも読んでみてね!
と子どもに具体的な読み方を指示したりしてしまうと、発見の喜びや自分の成長を感じる瞬間を奪ってしまったり、子どもによって異なる学習の進行度を無視してしまうことになると考えます。
理解できたから次に進もうと書いても、自分が理解できたかどうかなんて、大人にも判断が難しいと思います。
だから、理解が進むと新しい使い方を自分で発見できる本。
これが児童書として、一番気持ちのいい本じゃないかと思っています。僕は子どもの時買った本は、二度三度読み返していました。読み返す度に、自分がレベルアップして新しい発見があったら、どんなに難しい内容でも、とてもワクワクする体験になると思うのです。
【発売を経て】
山崎くんの発想、そして僕と妻の構成がかけ合わさり、こども六法は児童書としては異例の発行部数69万部の大ヒットとなり、書籍として『おとめ六法』(著:上谷 さくら先生、岸本 学先生 発行:KADOKAWA)『おっさんず六法』(著:松沢直樹先生 発行:飛鳥新社)など、他社からも法律関係の書籍が増え、法律書籍ブームと言っていいほどの流れができました。
僕自身が法律を遠く考えていたからこそ、社会全体が法律をもっと身近に考えよう、という流れができたことを、とても嬉しく思っています。
一方で、こども六法以降、イラストのトーンや構成・デザインなど、明らかにこども六法を意識した児童書が増えたように感じます。
それ自体は全く問題ないのですが、“理由は不明だがこのデザインが売れた”として、構成や二層構造の仕掛けや仕組みが活かされないまま、ぱっと見が似ている表層だけなぞったデザインが増え、逆に子どもに読みずらい本が増えてしまったと感じています。
もちろん全ての本にこの手法が使えるわけではないと思うのですが、もし書籍に関わる方で、こども六法を参考にしようとしている方がいたら、表層だけではなく、なぜこの形になったのか。自分が作ろうとしている本なら、どんな仕掛けが適しているのか。そういったことを考えてくださればもっと子どもに伝えたいことが伝わる本が増えるのではと思い、このnoteを書きました。
ぜひ、自分の書籍なら、どんな仕掛けを考えようかと、このnoteを見た人にもワクワクしてもらいたいと思っています。
また、僕と妻もまた新しく本を出すこととなりました。
『キラリモンスターちょっと変わった偉人伝』公式サイト
https://www.luck-inc.com/kirari-monster
『キラリモンスター ちょっと変わった偉人伝』という本です。
僕がいじめられていた理由は変わったヤツだったからでした。学校というコミュニティだと、それは迫害の対象になってしまっていました。でも、大人になってその自分らしさは役にたつ力だったと気づくことになりました。
いじめの心が生まれる前に、「ちょっと待てよ。あいつのこの部分ってすごいことなんじゃないか」というアンチテーゼに。
いじめをもし受けてしまって自信をなくしてしまいそうな人には「大丈夫、その力は誇っていい力だ」というエールを。
そんなメッセージを届けるために、HIKAKINさんや渡辺直美さん、河瀬直美さんなど、子どもの時、ちょっと変わっていた多種多様な方々にZoomや対面でお話を聞きにいき、どんな子どもだったのか、そしてその自分らしさをどうやって今につなげたのかを聞き、その自分らしさにモンスターの姿を与え、まとめた本です。
やっぱりこの本も、当時の自分が僕が欲しかった本です。
こども六法以上に仕掛けが満載なのですが、それはまた別のnoteでお話できればと思っています。もし興味を持っていただけたら、この本もぜひお手に取っていただければ幸いです。
書籍はまだ二作目。勉強しながらですが、気づいたことはこれからもnoteにまとめていこうと思うので、ご興味があればまた覗いていただければ嬉しいです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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