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#3 高IQの一体何がそんなにショックだったのか。

悲しくてとか、苦しくて…というわかりやすい理由ではなかった。なんだかもうよくわからないけど溢れ出てくるものが涙になって流れ続けていた。


この日は、母が運転する車で心療内科での発達障害のテストを受けに来ていた。


私は、20代後半に結婚をし、その後長らく海外生活をしていた。この1年ほど前に、ある治療のため日本に帰国し、実家にお世話になっていたのだ。


テストの後、とにかく気持ちを落ち着けようとクリニックから車で5分ほどの喫茶店に向かった。ここでようやく、母に発達障害ではなかったことを伝えた。そして、臨床心理士から説明されたそれ以外の情報も伝えた。




もしかしたら、これを読んでいる人はどうして私がそこまで動揺し号泣するのかが理解できないかもしれない。

テストの結果が出た後、何度か精神科医や別の診療心理士とのカウンセリングがあったが、その二人でさえ私がこれほどまでにショックを受けていることに驚いているようだった。




ショックの大きさの理由は、主に二つあったように思う。


一つ目は、能力を否定され続けてきたこと。

実は、私は子供の頃から自分の言語能力や理解力、人の心理を理解する力が高いのではという思いはいつもどこかにあった。しかし、残念ながらこれらの能力を理解してくれる大人は私の周りにはおらず、親からは頭が悪いと言われて育ち、人格否定が当たり前の環境だった。確実にそこにあるはずなのに在ることを証明できなかった能力は「人との違い=人と同じことができない」と否定される要因となっていた。その現実に、5歳の私はすでに混乱していた。また、楽しそうな同級生たちと同じことをしても全く楽しめない自分はやっぱりおかしいのだと思っていた。そのため、人との違いを「私がおかしい」という解釈に置き換えるには当時の状況・環境下では十分すぎる理由があった(むしろその理由しかなかった)。しかし、その解釈はいつも何かがしっくりこず、常にその納得のできない不完全さはいったい何なのだろうと疑問を抱いていた。それでも、子供だった私にはその疑問を解明する手段はなかったし、疑問にフォーカスするということは「自分が他のことは違う」という孤独感がより強調されることでもあり、それを避けるためにも「ただ人生はそういうものだ」と相当な努力と用いて自分に言い聞かせながら時を過ごしてきた。また、それを誰よりも否定し続けてきたのは、一番味方でいて欲しかった両親だったことにあらためてショックを受けた。


二つ目は、自分の興味の方向性と自分が持っていた能力は合致していたこと。

どんなに脳のスペックが高かったとしても、自分の興味の対象が必ずしも知能を必要としないものであったのなら、たぶんそこまでショックは受けなかったのではないかと思う。例えば、運動能力は人並みで、体力はあまりない私が、プロ野球選手になりたいと本気で思っていたとしたら。どんなに厳しいトレーニングを積んでも努力をしても、それはやっぱり無理な話だ。もしくは、必ずしも高い知能を必要としない職種に興味を持っていたのなら、ここまでのショックは受けなかったように思う。しかし、私が興味を抱いていたのはまさに知能が必要とされるアカデミックの分野だった。つまり、興味の方向性と必要とされるスペックが合致していたということ。しかし、両親を含む身近な人々から一番否定されてきたのはその部分で、そして私は自身の能力やポテンシャルを知らぬ間に無駄にしてきたということ。



それらは号泣に十分な理由だった。
そして、私にとっては一日二日じゃ泣き尽くせないほどの膨大なショックだった。




しかし、ショックで泣きながらも、頭ではわかっているのだ。

今更過去を嘆いてもどうにもならない。私にできるのは、この現実を受け止めて、ここからできることをするだけ。


しかし、どんなに頭でわかっていたとしても、心や感情、思考は同じスピードで同じ方向に進んで納得や受け入れや消化が進んでいくわけではない。どうしたって時間がかかる作業だ。それは、その苦しみや辛さにいつまでもしがみつくと言うことではない。むしろ、いつまでもしがみつかずに区切りをつけて前を向いて歩き出すためにも、そこに存在している感情や思いを丁寧に受け止め、存分に悲嘆に暮れ、泣く時間が必要だった。それらは、生きていくには感じることすらも拒否せざるを得なかったそれら諸々であるわけで、数日・数週間で処理し切れる量ではなかった。幼少期から抱えてきた違和感や疑問や45年分の我慢や苦痛に、今になって急にGoサインが出て一気に押し寄せてきたのだから、簡単であるはずがない。また押し殺していた感情だけでなく、無駄にしてきた取り戻せない時間やたくさんの喪失があったという現実を受け入れるためには、ちゃんと嘆き悲しむことが何より大事だったように思う。



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