8月、落雷のストーリー
毎年夏の終わりにアスファルトが一瞬にして真っ黒になるくらいの大雨が降ると、昔半年間だけ同棲していた彼女のことを思い出す。
同棲を初めて4か月くらい経ったある日、彼女と大喧嘩をした。
理由ははっきりとは思い出せないけれど、たしか彼女の親の話がきっかけだった気がする。
当時彼女の母親が同棲に反対していて、そのことに心を痛めていた彼女と親のことで言い合いになった。
お互いにヒートアップして彼女の居場所を失くすような台詞を僕が吐いた瞬間、彼女はすっと立ち上がって大きな音を立てて部屋を出て行った。
時間は夜の9時を過ぎていた。
最初こそ冷静になれないまま、そして彼女に分からせてやりたいという幼児性を発揮して「勝手にしろ」と部屋に残っていたが、しばらく経って部屋の中に閃光が走ったと同時に雷の重低音が鳴り響くと途端に心配になった。
彼女は傘を持っていない。
きっとずぶ濡れになっているだろう。
そう思うとそわそわして居ても立っても居られなくなって傘を2本持って部屋を飛び出した。
外は視界が霞むほどの大雨で、駅前の商店街のネオンが前髪をつたってきた雨粒がたまった目ににじんでいる。
どこを探していいかも分からないまま傘を持ってうろうろする。
駅の反対側や住宅街のなかを探し回ったけれど30分経っても彼女は見つからない。もちろん電話にも出ない。
部屋に戻ったのかもと思いマンションまで戻ってみても部屋の明かりは付いていない。
すれ違いになるのが怖くてマンションの入口でずっと待っていた。
彼女が出て行ってから1時間くらいたって遠くの道端にうつむき加減で歩く彼女が見えた。
早足で近づいてきた彼女はもちろん傘を持っていない。
目の前まできた全身ずぶ濡れの彼女がショートカットの前髪から滴り落ちる雫をぬぐおうともせずに怒っているのか泣いているのか分からない顔をして僕を見てきた。
血の気の引いた白い肌に少し充血した大きな瞳。
それは自分の気持ちを分かろうとしてくれなかった僕への怒りなのか、
喧嘩することでしか話ができなかった自分へのくやしさなのか、
その時の僕には分からなかった。
結局そのあと同棲は解消して、その子はもう結婚してしまったみたいだけれど、毎年8月の大雨の日にはなぜかその時のことを思い出す。
あの時すぐに追いかけたら、もしかしたら今でも一緒に暮らしていたような、そんな気がしてしまう。
その時の2人はまだあの場所の大雨と雷のなかに存在しているような、変な話だけどそんな感じがするのです。
https://www.youtube.com/watch?v=8BzoZkhnfNs
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