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「愛以外はくだらねぇ」んじゃないの的な話し。



閲覧ありがとうございます。
今日は、最近、身近で、進行形だった、とある話しについて書いておこうと思います。


「RIAさんちで、預かり猫をしていただけたらなと思うんだけど、ダメかな?💦」

こういう、連絡が来たのは2月の終わりでした。
(え!ねこ?!)

ちょっとだけ傘を預かってくれというのなら、
「はい、はい」と、預かりますが、
生き物は、考えものです。welcomeとはいきません。小学生のお年玉を預かるくらい慎重にならねばなりません。


うちにはヌシがいるし、ヌシは高齢です。違う猫を家に入れたら、ストレスがかかってしまいます。

「ダメダメ!あばよ!」と、電話を切れたら、そこで終わりなんですが、優しい日本人気質が足を引っ張り、事情だけでも聞いてしまう私がいます。


事情を聞くと、知り合いの保護猫ボランティアさんが、山登りをしていたグループからの知らせで山の中に、成猫が捨てられている情報をキャッチしました。

保護猫ボランティアとは、地域内の野良猫を保護したり、餌をやったり、避妊手術などをして、地域内にかわいそうな猫を出さないこと、また、住人との共存に気を付けることなどを目標に活動されている
方々です。

発見された猫は二匹で、太っており、見るからに人間慣れしている様子。山の中は、冷えるから、すぐにでも保護してあげたいが、預かりボランティアさんの当てが無く、その方のうちも、保護猫を100匹ほど飼っており、これ以上は、ご主人とケンカがひどくなる事情があると言ってました。

「100匹!!」


里親は探すが、需要が中々厳しくて、そのまま、いることになる場合が多いそうでした。
(しかし、100匹…。101匹ワンちゃんには、一歩及ばずだけど、、、)

事情はわかったから、なんとかしてあげたいが、うちは、ムリだ。。でも、心あたりを当たるくらいは、してあげたい。


山の中は、寒いし!

必死に考えて、ヌシが若いころに、シャンプーをお願いしていたトリマーさんに聞いてみようと思いました。その方は、お店は、もう止めてますが、店舗はあるので、どうかなぁと思いました。
ダメで元々。なにもしないより、いーや。と、思い、事情を話し、お願いしてみました。

「そうなの。それは、急ぐよね。里親さん探しを前提ならば、二匹、預かるよ!」

「ありがとうございます!!勿論、お掃除なんかは、わたしが、行きます!」

喜んで、知り合いに、預かれるから、すぐ保護するように連絡しました。

「わかった!ありがとう!すぐ、○○さん(保護猫ボランティアの人)に連絡するね。」

という感じだったので、次の日の夜には、わたしが車を出して、迎えに行こうと思っていると、

「ごめん、保護できなかったらしい。」

「逃げたの?」

「ううん。一匹は保護できたけど、もう一匹が逃げた。一匹がいないと、もう一匹が不安がるから、その日は止めたって」

(わからないことはないな。二匹で行動してるなら)

次の日は、

「ごめん!今日も止めたって!見ると、全部で四匹いるって!全体的に確認したいから、まだ保護しないって!」

「四匹!!」
(まあ、保護猫ボランティアさんにも、やり方があるのだなと思い、静観することにしました。)

次の日は雨でした。

「あのね、四匹は親子みたい。だから、四匹預かってもらえないか?って!」

「は?二匹の約束だよ。ムリだよ。二匹なら、預かれる。そう言ってよ」

トリマーさんとの約束がありますから、それは譲れません。

「じゃあ、今日は止めるって!四匹いっしょがいいから、いっしょに預かれる人探すらしい」

は???

雨だよ?山は寒いよ。保護しないの?

「猫が好きな人はだいたい飼ってるよ。四匹いっぺんに!とか、多分ムリだよ。バラけても、保護して、安心な環境を与えてあげた方がいいよ」

「私もそう思うんだけど、、」

知り合いが、語尾を濁しましたが、あまり強くは言えない、言わない関係性なんだろなと思いました。

なんとなくボランティアの方の「こだわり」みたいな置き石が邪魔してるのではないかなと、思いましたが、トリマーさんには、事情を話し、謝罪とお礼を言っておきました。


後日、四匹のその後を知り合いが連絡してきました。四匹いっぺんに預かってもいいという、方が現れたのですが、その方が違うボランティアさんの知り合いだと、わかり、

「あのボランティアさんと関わりのある方には、ちょっと、うちの猫は、、」

と、断ってきたそうです。
「うちの猫は、、」という言い方は、ブリーダーみたいだなと思いました。

結局、保護したボランティアさんがそのまま、自分んちで、世話しているそうですが、

この一連の流れを見て、どうですか?
なぜ、この人のうちは猫が増えるのか、
すぐに、わかったと思います。


長年、ボランティアをやっていると、自分なりの教科書が出来上がり、それ以外は不正解になってしまうんでしょうね。猫への「愛情」からとは、思いますが、「意固地」な部分も、にじんでいます。


保護猫活動も、被災地での活動も、無償でやるボランティアでの、自分の流儀を押し通すことは、くだらねぇ。

助けたいという強い「愛」以外は、くだらねぇなぁと、思った一件でした。



スネ夫んちは放し飼い

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