【第一話】怪異マニアの仲條先輩は今日もお気楽 第一章:傘と女の怪【連作短編】
【あらすじ】
大学構内の一角。林に囲まれた掘っ立て小屋で、二人の学生が「オカルト研究会」のサークル活動をしていた。
怪異を追い求める、変わり者の三年生・仲條に、怖がりでお人好しの一年生・峰城が振り回されながら、噂や不可解な出来事を調査する凸凹コンビのホラーミステリ連作短編作品。
一話は「心霊スポットで傘を差すと現れる女」の噂を聞きつけた仲條。彼の画策により峰城は噂の女に会いに行き、傘の役割と女の正体を知る。
二話は「電車で見知らぬ男が近寄ってくる」怪異を調査し、峰城は仲條から怪異を追い求める事情を聞く。
そして、調査の最後に二人は「怪異コンサルタント」の存在を知ることになる。
【第一章:傘と女の怪】
広い大学構内の端っこに木々が乱立した林がある。正門からは真反対に位置するからか人通りはない。しかも林の中にあるのは何のために建てられたのか最早誰も知らない掘立小屋だけで、ここに来る人間はさらに限られる。重い足取りで小屋に向かう峰城は、その限られた一人だった。
夕方になってもまだ明るい空を覆っている薄暗い林を進んで小屋の扉まで来ると、首筋の汗で張り付く後ろ髪を束ねた根元からすくう。扉の横にある「オカルト研究会」の文字が錆に侵食された看板を見て気が重くなる。周囲の薄暗さも気分が上がらない原因の一つかもしれない。
ここまで来て今更帰るのも億劫になり、諦めてドアノブに手をかけたとき、中からドサドサと物が崩れる音が聞こえた。
「大丈夫ですか!?」
何事かと慌てて中に飛び込むと、埃特有の匂いが鼻につく。いつも使っている古い会議室の机は適当に寄せられ、ただでさえ手狭な小屋が段ボールの山に埋め尽くされていた。
「あ、峰城クーン」
いつもと様子が違う室内に啞然としていると、奥側から情けない声が聞こえる。声を辿ると両足と片方の手の平が地面――いや、段ボールから生えているのが見えた。峰城は肩にかけていたトートバッグを扉の横に置き、段ボールの山に近づく。
「仲條先輩……何やってるんですか?」
根菜を収穫するように腰を低くして腕を引っ張ると、峰城が尻餅をつく前に段ボールの山から抜けた。無造作な髪に埃を被った仲條はへらりと笑う。
「いやぁ、先輩方が集めていた蒐集品の整理をしていたら、段ボール崩しちゃって」
バランスを崩してひっくり返っちゃった、と和やかに言うその背後は足の踏み場もないので、さきほどのように仰向けでくの字にひっくり返ったら抜け出すのは困難だろうと一目でわかる。
「気をつけてくださいよ、この辺は私達以外ほとんど人が来ないんですから」
「そうだねぇ、峰城クンが来てくれて助かったよ」
いつものように語気を強めた注意も暖簾に腕押し。こんな感じで、のらりくらりと上手いこと仲條の口車に乗せられてこのサークルに入ったのが約二ヶ月前のこと。
オカルト研究会は、いつ来ても一年の峰城と三年の仲條しかいない。よくもまあ活動が続いているものだと峰城は思うが、他にも幽霊部員が数名在籍しており書類上の人数は問題ないと聞く。幽霊部員の名の通り、峰城もまだ他のメンバーを見たことがなく、学内では「オカルト研究会は本物の幽霊を会員にしている」という噂すら立っていた。
「でも、面白いものを見つけたよ」
仲條が浮かれた様子で崩れた段ボールに引き返すと、中から赤色の和傘を取り出した。軸を持って腕を振るうと傘が開かれる。
「傘、ですか?」
「うん、古い和傘だね。よかった、壊れてないみたいだ」
峰城が物珍しさからまじまじと観察すると、これで雨を防げるのかと疑うほど古そうだった。仲條が傘を見回していると、雨を受ける屋根の内側に目が行く。
「なんか、シミみたいなのありません?」
「本当だ。泥でも被ったのかね」
傘の下から水滴を掛けたか、泥が飛び跳ねたような薄くて茶色いシミがついていた。元の赤色が経年変化によりくすんでいたので目立たなかったが、よく見ると持ち手の上部にもシミがついていた。
「まぁ、古いものだし。もしかしたら、夜中に動き出すかもよ?」
「止めてくださいよ……」
嬉しそうにさりげなく怖いことを言う仲條とは対照的に、峰城は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
オカルト研究会に所属はしているが、実のところ峰城はオカルトマニアではない。怖いもの見たさで夏の特番や、小中学校で流行った都市伝説レベルの話を知っているだけだ。むしろ怖がりで、仲條のようにアレコレ解説するような知識もない。そんな峰城が何故オカルト研究会に所属しているのか、それは彼女自身が一番知りたい謎だった。
きっかけは四月の某日。教室棟の近くで、今日のように仲條が荷物に埋もれているところを目撃し、助けたのが悪夢の始まりだった。この小屋へ荷物を運ぶのを手伝い、お礼にと出されたお菓子とお茶を飲んでいたら、いつの間にかサークルに入会することになっていたのだ。
仲條が提示した入会時の特典に目がくらんだのもあるが、あのとき手を差し伸べなければ、この気味の悪い林に通うことも毎回予備知識と称して怖い話を聞かされることもなかった。
かといって「人の少ないサークルに新入生が入った」と喜ぶ先輩の姿を見ると持ち前のお人好しが邪魔してしまい、幽霊部員達のように雲隠れをする度胸もなく、気が付けばバイトがない日はこの小屋に訪れるようになっていた。
「そうそう。傘といえば、こんな噂があってね」
峰城が苦労の始まりを振り返っていると、元凶の仲條が弾んだ声を上げたので「また始まった」と思わず身構える。
仲條はどこかから仕入れた噂話を、明るい世間話と同様に突然話し始める。こうなっては話題を逸らしても無駄なことは、この二か月で十分学んだ。諦めて話を聞く代わりに、できるだけ自分が過ごしやすい環境を作ってストレスを少しでも減らすことにしている。
「先輩、噂は分かりましたから。少し片づけて、お茶にしませんか」
「……それもそうだね」
いきなり出鼻を挫かれた仲條だが、一瞬フリーズするも怒ることなく頷いて段ボールを寄せ始める。彼が机の一つを部屋の中心まで移動させている間に峰城は埃っぽさが鼻につく小屋の窓を開け、簡易な給湯スペースにある電気ポットのスイッチを押した。
紅茶を淹れるため戸棚からティーバッグの箱を出すと、見慣れないお洒落なデザインの箱が出てくる。いつもなら安い大容量パックの箱なのに、と首を傾げつつ中を見ると、ちょうど最後の二つだったので箱を潰してゴミ箱に放る。
慣れた手つきで紅茶を準備し、お菓子と一緒にそれぞれの席に置くと未だ段ボールに気を取られている背中を振り返る。その髪の毛には、まだ綿埃がついていた。
「……先輩、外で埃を落としてきてください」
窓を開けたことで室内の空気はかなりマシになったが、さすがに綿埃を付けたままの人とお茶をしたくない。峰城に言われた仲條は「はぁい」と素直に小屋を出ていくと、窓から遠くでバタバタと音がする。扉の前で叩いているのだろう。
「それじゃ、話を続けようか」
仲條は話始めるのが待ちきれないらしく、小屋の扉から顔を出した瞬間から語り始める。峰城はため息をつきながら小屋の窓を閉めてエアコンをつけると、パイプ椅子に腰かけた。
「隣町に、そう大きくない山があるのは知ってる?」
【第一章 話リンク】
第二話:https://note.com/light_clam8523/n/n03a563852f2f
第三話:https://note.com/light_clam8523/n/n44bf7bdb4039
第四話:https://note.com/light_clam8523/n/n3b9c7dfae34f
第五話:https://note.com/light_clam8523/n/nb092bbe36d76
【第二章 話リンク】
第一話 :https://note.com/light_clam8523/n/n60efe97f427d
第二話 :https://note.com/light_clam8523/n/nb22d0fedec19
第三話 :https://note.com/light_clam8523/n/n21dcdf6960a8
第四話 :https://note.com/light_clam8523/n/ne43070138508
第五話 :https://note.com/light_clam8523/n/n8f483ea54ec9
第六話 :https://note.com/light_clam8523/n/nfd83d53902f6
第七話 :https://note.com/light_clam8523/n/n4961da425060
第八話 :https://note.com/light_clam8523/n/n0de2b391bb9c
第九話 :https://note.com/light_clam8523/n/n56a203056b71
第十話 :https://note.com/light_clam8523/n/n6b38a86f50d1
第十一話:https://note.com/light_clam8523/n/n6b38a86f50d1
第十二話:https://note.com/light_clam8523/n/naea22c2fc30d
第十三話:https://note.com/light_clam8523/n/n48d83def9fd0
第十四話:https://note.com/light_clam8523/n/n257000fec001
第十五話:https://note.com/light_clam8523/n/na2313b8f67bf