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怪異マニアの仲條先輩は今日もお気楽 一話④:傘と女の怪【連作短編】

一話①:傘と女の怪
あらすじ:先輩と後輩の日常と、サークル活動の始まりです。
https://note.com/light_clam8523/n/n1a79233d7142

一話③:傘と女の怪 (前話)
あらすじ:後輩が嫌々心霊スポットに来ました。
https://note.com/light_clam8523/n/n44bf7bdb4039


「―――」

 ビクリと身体が震えた。本能的に「来た」と感じる。
 気配は正面の階段ではなく右側、ため息のような呼吸音が聞こえた気がした。

 詰めた息を吐き、唾を飲む。抑えきれない早鐘への抵抗に、スマホを持つ手で胸を抑えた。

 自然と視線は下を向くが視点が定まらない。ゆっくりと上体を右に動かすと、街灯が明るく照らす範囲外にうっすら和服姿の足元が見えた。雨も降っていないのにポタリ、ポタリと何かの雫が垂れ、吸収した地面に丸い跡を残している。

 目線だけを徐々に上げていくと、長い黒髪の毛先が見え、黒髪の隙間に見える帯を伝って頭に到達する。女はうねる黒髪で顔を隠していたが、垣間見える青白い唇がゆっくりと開いた。

「傘に、入れてもらえませんか」

「……っ」

 噂通りの問いかけを聞き、峰城は呼吸が粗くなる。
 肯定的な返事をしないもなにも、悲鳴すら出ない。人は本当の恐怖に遭ったとき、声も出ないというのは本当らしい。

 こんな状況でも頭の片隅で「この女の被害に遭った人はよく返事したな」と能天気に考える自分がいて、峰城は怪異を嬉々として語る仲條のことを責められないな、とも思った。

「傘に、入れてもらえませんか」

 かすれた声で同じ質問を繰り返す女。ひび割れた口元だけが動き、それ以外は微動だにしない。

 峰城は肯定も否定もできず、浅い息をして体を動かさないようにするのが精一杯だった。それでも本能で逃げようとした足が鳴らす砂利がうるさい。

「傘に、入れてもらえませんか……傘に、入れて……もらえ……ませんか……かさ……に……」

 女は返事がないことに痺れを切らしたのか、足を引きずるようにしてゆらゆらと近づき始めた。砂利の音一つ立てず、滑るように距離を縮めてくる。

 対して峰城は傘を持つ手とスマホを持つ手重ねて胸に当て、体の震えが止まらないまま動けないでいた。こめかみから流れる冷や汗が拭えないまま、首筋を辿るのが分かる。

 心霊現象が起きたとき、人は何故目を瞑るのだろうと峰城は思っていた。目を瞑ってしまったら状況が見えない。見えないと逃げられるものも逃げられない。しかし、目を瞑ってしまうその気持ちを峰城は今になって理解する。

 これ以上、見ていたくない。
 体を動かしたくても恐怖で動かないのなら、視界から消してしまいたかった。

 じわりと滲む視界を閉じたとき、何者かによって手から傘が奪われた。すぐさま瞼の裏に光を感じる。

「良かったらこの傘、お姉さんに差し上げますよ」

 聞きなれた声に恐る恐る瞼を上げると、待ちわびていた背中があった。峰城から傘を取り上げたのはいつの間にか現れた仲條で、光を感じたのは傘で遮られていた街灯が当たっていたからだった。

「あなたが差して、私を入れてもらえませんか」

「いえいえ、僕達にはもう一本傘がありますから」

 女は差し出された和傘を受け取らないまま細い声で言うが、仲條は明るく断って携えていたらしい別の黒い傘を開いた。再び街灯が遮られ、視界が暗くなる。

「この傘は僕達で定員で入れませんから、お姉さんはこっちの傘を使ってください」

 普段の穏和な声色で頑なに和傘を差し出す仲條を見て、女は受け取らないまま後退していく。

「……の……傘……て……」

 風が吹けばかき消されそうな呟きを最後に、女はゆっくりと闇に消えていった。同時にピンと張りつめていた空気が無くなり、肩越しに見ていた峰城は緊張の糸が解けて腰が抜ける。

「消えた……」

「うまくいってよかったね」

 さきほどまで緊張していた空気は何処へやら、傘を差したままの仲條は女が去っていった先を見つめて弾んだ声を上げた。

「うまく……って、最初からあの女に傘を差し出すつもりだったんですか?」

「うん? うん」

 仲條は不思議そうな表情で頷く。
 峰城は最初から計画されていたことだと知るや、青くなっていた顔が今度は怒りで赤くなっていく。抜けたままの腰のせいで、見上げるしかない状態がまた腹立たしかった。

「それならそうと、最初から教えておいてくださいよ。物凄く怖かったんですから!」

「だって、最初に教えていたら先に傘を譲ろうとするだろう?」

「当たり前じゃないですか!」

 静かな広場に峰城の悲痛な声が響き、その声は半分泣きが入りかけていた。彼女の責める声に仲條は「仕方ないじゃないか」と身を竦ませると傘を持っている腕で壁を作る。

「それじゃだめなんだよ。噂を聞く限り、女は傘に入ってくるだけで自分で傘を持たないみたいだし、讓ったってどうせ受け取らない。しかも彼女は『傘は二人までは入れる』って認識してたみたいだからね」

「……どういうことですか?」

 仲條の解説はいつも以上に理解できず、峰城は疑念の表情を浮かべて鼻をすすりながら大人しくなった。その様子を見て壁を作っていた腕を下ろすと、彼女に手を差し出した。不服ながらもその手を取って峰城は立ち上がる。

「傘を差しているのに『僕達の傘は定員なので』って言ったあと、諦めて帰っていったでしょ? ということは『傘は二人まで』って認識があるということだ。入れない、入れてくれないと分かれば、他に入れてくれる人を探すしかない」

「それじゃあ、傘に入れた人が傘を閉じると殺されるというのは?」

「折角入れてくれたのに、傘を閉じて追い出そうとするからだよ。そうだな……彼女にとって傘は家の中と同じで、『家に招き入れてくれたのに、突然追い出すのか!』ってね。傘を差す夜は雨の日くらいだから、雨の中外に追い出されるのと同じ感覚なのかも」

「でも、それならどうして勝手に入ってこなかったんでしょう。あんなに『入れて、入れて』って言わなくても勝手に入ればいいのに」

 生きている人間なら、見知らぬ人の傘に入るのはかなりの勇気がいるだろうが、相手は幽霊か妖怪のような存在だ。勝手に現れて、無遠慮に脅かしていなくなるイメージがあった。

 峰城が噂話を聞いていたときから不思議に思っていたことを口にすると、仲條は一つ頷いてその疑問に答えた。

「それがさっき、僕が『傘は家の中と同じ』って言ったことに繋がるんだ」


一話⑤:傘と女の怪 (次話)
あらすじ:先輩が傘の役割と女の正体を教えてくれます。
https://note.com/light_clam8523/n/nb092bbe36d76

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