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怪異マニアの仲條先輩は今日もお気楽 一話⑤:傘と女の怪【連作短編】

一話①:傘と女の怪
あらすじ:先輩と後輩の日常と、サークル活動の始まりです。
https://note.com/light_clam8523/n/n1a79233d7142

一話④:傘と女の怪 (前話)
あらすじ:後輩、ついに噂の女に遭いました。
https://note.com/light_clam8523/n/n3b9c7dfae34f


 諸説あるけど、という前置きをしてから仲條は差したままの傘を見上げる。黒い傘は寿命が残り少なそうな街灯の光をほとんど遮っていた。

「簡潔に言うと、傘は昔から『結界』の役割をしていたんだ。元々は強い日差しから身を守る日傘が由来だけど、転じて人々を煩悩や邪気から身を守ってきた。特に、和傘の中でも『じゃのめ』と呼ばれる傘は、『魔除け』の意味が込められているんだ」

 聞きなれない言葉にスマホで「じゃのめ」を検索すると、和傘の頭頂部を囲うように真ん中が白く染められた見覚えのある傘が出てくる。この白い部分が蛇の目に似ているから「じゃのめ」というらしい。

「それから、家主の許しがなければ勝手に家の中へ入れない怪異は少なくない。それは家にも『結界』の役割があるから。だから彼女も同様に、持ち主が招き入れなければ『結界』の中である傘の中に入れなかったんだと思うよ」

「なるほど……とりあえず、傘のおかげで助かったということは分かりました」

 長々と語られた仲條の解説は最初よりも優しく説明されたはずだが、聞きなれない用語に頭が吸収を阻害しているようだ。要点だけを聞き取って峰城が頷くと、彼女が理解したと勘違いした仲條は満足そうに笑みを深くする。

 最終的に助けられたのは仲條の傘で、峰城が携えていた和傘はじゃのめ傘でもなかったが、血のシミがあるかもしれないと怖がっていた古い和傘が今は少し心強い。女が出たのは傘を差したせいだが、その傘を差したままでいたおかげで何事もなかったのだ。

 それにしても、仲條はこの手の知識に関しては底が知れない。傘の由来など日常生活で触れることなどない。一体どこで学んだことなのか興味を持ちつつ、「ところで」と峰城が頭上の傘を見上げた。

「いつまで傘を差しているつもりですか?」

 雨が降ってるわけでも、照りつける太陽があるわけでもないのに、夜中二人で傘に入っている姿は端から見れば不審者だろうと峰城は訴えた。

 性別問わず、雨でもないのに同じ傘に入るなど変な噂が立ちかねない。ないことを祈りたいが、同期に見られたらと思うと特に気まずかった。しかし、仲條はいたずらっ子の表情を浮かべて傘を閉じようとしない。

「出てもいいけど、また彼女が出てくるかもよ?」

「えっ、なんでですか!?」

「だって、彼女は『傘に入りたい』んだよ。まだ願いが叶っていないのに、また出ないとは限らない。傘は『結界』。傘の中にいる限りは安全なんだ。現に彼女は去っていったじゃないか」

「でも、私一人のときは近づいてきたじゃないですか」

「二人入ることで『定員』になって、結界が完全に完成したのかもね」

 続けて「その辺は良くわからないけど」と付け加えて仲條はカラカラ笑う。こんな風に、詳しいかと思えば適当なことを言うこともある。知識のない峰城には嘘か真かを見極める判断材料がなく、こういうときだけは普段のオカルト講座を真面目に受けておけば良かったと都合よく後悔する。

「だからといって、このままの状態で帰るというわけにも……」

 わかってるよ、と言いたげに仲條は頷くと、閉じた和傘を再び峰城差し出した。もう怖いことはないと知っているので、大人しく受け取る。

「もう少しだけ、付き合ってくれるかな」

 そう言われて広場を抜け、小山の奥へと歩くこと十数分。途中から街灯が途絶えた道からは仲條が差す傘とスマホのライトを心の頼りに、二人は小山の脇道を進んでいた。ほぼ道なき道を歩いているので、歩く度に足に当たった草がカサカサと音を立てる。

 草の音だけでも心臓が縮むのに、素肌に当たっていたら尚のことビビっていたかもしれない、と考えると日常的にジーンズを愛用していて良かったと思う。

「さっきまで探してたんだ。それで遅くなっちゃって。悪いね」

 暗がりのせいで物理的にも反省の色が見えない謝罪を受けつつ、奥まった場所に生えている枯れかけの木まで進む。遠くからだと見えなかったが、木の根元は周囲と比べて草が少ない気がした。

「さ、その傘を」

 差し出されるままに仲條のスマホと和傘を交換し、彼が指差す先にライトを当てる。その瞬間、峰城は再び息が詰まり、スマホが手から落ちるのを握りしめて阻止した。

「こ、これ……」

「うん、ずっと前だと思うけど」

 ライトに照らされた木の下には、着物を着た白骨死体があった。思わず後ずさりながら目にした着物は、さきほどの女が着ていた物に間違いない。暗がりと恐怖で気づかなかったが、着物と和傘は同じ色をしていた。

 傘の持ち主はこの女性で、誰かに殺されて幽霊となったあともこの傘を探していたとしたら。

 もしかして、消える前に呟いていたのは「私の傘を返して」と言っていたのではないか。――なんてところまで想像して、峰城は考えるのをやめた。傘と白骨死体に繋がりを意識してしまったのは、きっと傘のシミのせいだ。

「確かに、こんな所にいたら寒いよね」

 空想に耽っていた峰城を気にすることなく仲條は和傘を開いて、そっと白骨死体にかけてやっていた。そして、両手を合わせて拝み始めるのを見て、峰城も後に続く。

 しばらく拝んだあと、仲條は一息ついて差していた黒い傘をようやく閉じた。密室空間でもなかったのに、狭い部屋から出たような開放感を感じる。

「もう傘から出て大丈夫ですか?」

「うん。多分、もう出てこないと思うな。傘に入れて欲しいという彼女の願いは叶ったはずだから。一人、雨風に当たるのはさぞつらかっただろうね」

「でも、一歩間違えれば殺されるところでしたよ」

「彼女も寂しかったんだろうね」

 同情とも取れる言葉を聞いて、再び責めるような声になった峰城に仲條は少し寂しげな表情を浮かべる。人の気持ちを慮ることができるとは思わず、峰城は軽く目を見張った。

「先輩も、誰かを気の毒に思うことがあるんですね」

「君ってたまに失礼だよね」

 来た道を振り返る仲條の背中を追いかけながら峰城が嫌味たらしく言うと、仲條は不満気な声を漏らす。彼は「他人は自分の行動を映す鏡」という言葉を知らないのだろうか。

「先輩の普段の行いがそうさせるんです」

「普段の行いが良いなら、むしろ褒められると思うんだけどな」

 拗ねた口振りで仲條がぼやく。何故か反対の意味に取られてしまったらしい。峰城は疲れてツッコむ気力もなく、諦めて道を譲ると再び二人で歩き出す。暗がりの向こうに街灯が見えてきた頃、峰城は何となく感じている違和感を口にした。

「そういえば、なんでいきなり蒐集品なんて整理してたんですか?」

 思えばあの傘を見つけてから事が始まったのだ。女の噂からではない。
 それに、小屋に置かれていた段ボールを一人で運ぶのには苦労しただろう。峰城が来てから運べばよかったものを、仲條は一人で整理していた。考えすぎかもしれないが、それが暗に峰城には知られたくなかった何かがあった気がしてならなかった。

 峰城に問われなければ答えるつもりはなかったのか、仲條は口ごもりながらスマホのライトを消す。広場はもう少し先だが、街灯が途絶えていた道からは抜けられた。

「……OBの先輩に連絡して、何か知ってる噂や怪異がないか聞いたんだ。そしたら『夜中にサークルの備品を保管している倉庫で、夜な夜な持ち主を探して傘が動いているらしい』って聞いたから」

「……ちょっと待ってください」

 聞き捨てならない話が発せられた気がして、峰城は思わず仲條の前に立ち塞がる。近くにある街灯のおかげで、笑みを浮かべつつ気まずそうにしている仲條の表情がよく見える。

「あの傘も、曰く付きだったってことですか!?」

「うん。でも動かなかったね」

「動く動かないの前に、一言言っておいてくださいよ!」

「言ったよ、『動くかもね』って。でも本当のことを教えたら、ここまで傘を持って来てくれないかもと思って」

 つまらなそうに呟く仲條に、峰城は切実な希望を述べる。
 記憶を遡ると確かに冗談交じりに言っていた気がするが、あんな言い方をされたら誰も本気だとは思わない。これ以上、文句を言っても通じないと判断し、過去を遡った中で浮上した疑問へと移行した。

「それと、もう一つ。噂を話すとき女の幽霊が現れることしか言ってなかったのに、なんで小山に女の白骨死体があるって知ってたんですか」

 心霊スポットに白骨死体が、なんて話があれば幽霊が出る噂より話題になりそうなものだ。それなのに、仲條は女の幽霊が出るとしか話していなかったということは、意図的に情報を隠していたことになる。

「……峰城クンは面白いこと言うなぁ」

「誤魔化さないでください! 白骨死体があるって話も知ってたんでしょう! それなら死体を見つけてから、幽霊に会えば良かったじゃないですか!」

 口角を上げた仲條を見て峰城はヒステリックに叫ぶ。鋭いところまで突っ込んだ割に「そもそも白骨死体を探すなら、幽霊に会う必要もない」という考えに至らないほど腹を立てており、そのことに一人気付いたらしい仲條は喉の奥で笑う。

「……思い立ったが吉日。それもこれも怪異に遭うためだよ、峰城クン」

「それって、『自分の思いつきと趣味で後輩を振り回しました』っていう自白ですか?」

 行きとは違い、騒がしい帰り道――主に峰城のクレーム――に仲條は頬を緩め、その表情を見て更に峰城のクレームはヒートアップした。

「もうサークルなんて、二度と行かない……!」

 何とか一人暮らしのアパート帰ると、仲條のマイペースに懲りた峰城は控えめに叫びながらデスクチェアにトートバッグを放った。だがそのバッグの中に、戸締りした小屋の鍵が入っていることに気づいていない。

 翌日、「今日こそ小屋に寄らずに直帰する」と意気込んでいた昼頃、仲條から「小屋の鍵、返してね」と連絡が届き、峰城が肩を落としたのは言うまでもなかった。

 数日後、例の小山で見つかった白骨死体は警察に匿名で通報されたが、最近の遺体ではないと結論付けられ、最終的に無縁仏として供養されたという。以降、「あの小山で傘を差しても、女が現れなくなった」という話を、峰城は友人伝手に聞いたのだった。


二話①:のろわれた定期の怪 (次話)※準備中


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