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怪異マニアの仲條先輩は今日もお気楽 一話③:傘と女の怪【連作短編】

一話①:傘と女の怪
あらすじ:先輩と後輩の日常と、サークル活動の始まりです。
https://note.com/light_clam8523/n/n1a79233d7142

一話②:傘と女の怪(前話)
あらすじ:後輩、先輩の画策に引っかかって心霊スポットに行くことに。
https://note.com/light_clam8523/n/n03a563852f2f


「帰らず、ちゃんと来てね」

 念押しの一言で逃げ場がないことを悟ると、峰城は紅茶を飲み干して片付け始める。外は気が付くと日が暮れていて、街灯がほとんどない周囲は薄闇に覆われていた。仲條が去ってすぐに連絡してきた待ち合わせの時間まで、あと二時間あまり。課題を済ませてもおつりがくる。

 カップの茶渋を洗っていると、紅茶の借りは最初から張られた罠だったのかもしれない、と薄々感づき始めた。怖い話をした後に峰城が心霊スポットに行かない、と言いだしたときに奥の手として用意していたに違いない。人の罪悪感を利用した、なんとも悪質な罠である。

「そりゃ、簡単に引っかかる私もアホだけどさ……」

 外の蝉が大人しくなった静かな室内に、拗ねた峰城の声だけが響く。
 演技めいた仲條の言い方を思い出すと段々腹が立ってきて、食べずにいじり倒して袋がしわくちゃになった彼の分のお菓子も腹に収めてやった。
 それでも腹の虫が収まらないので、もう二袋分ヤケ食いすると、ファミリーパックの袋はそれで空になってしまう。

「後から『食べたかったのに』と言われても知らんぷりしよ」

 小さな仕返しを決意してようやく怒りが収まってくると、待ち合わせも適当な理由をつけて帰ってしまおうかと悪い考えが頭をよぎった。だが紅茶の件に加え、万が一翌日のニュースで仲條の惨殺遺体が報道されたら、と思うと罪悪感どころではない。

 結局、仲條の戻りを半ば期待して小屋で過ごしたものの、一度も来ることはなく、待ち合わせの一時間前になってしまった。重い腰を上げて小屋の戸締りを済ませ、大学前からバスに乗ると噂の心霊スポットへと向かう。

 最寄りのバス停から徒歩で数分、辿り着いた小山を見上げると階段の先が少し明るくなっているのが見える。階段にはほとんど街灯がないが、上の広場にはあるようだ。

 何かあったとき、すぐ連絡が取れるようにトートバッグからスマホを出し、渋々ながら持ってきた傘は胸の前で抱えて階段を上る。

「先輩……せんぱーい?」

 階段を上り、這々の体で指定の広場へ向かうも時間が遅いこともあってか人気はなかった。話に聞いていた通り、小学生の遊び場としては十分な広さだ。明るい時間なら子どもたちがはしゃぐ声に満ちていたことだろう。

 だが今は木々の壁に沿って、点々と街灯が広場を照らしているだけである。念のため広場を一周してみるが、仲條の姿は見えない。

 とりあえず彼が来たらすぐに気づくであろう場所を探し、階段からまっすぐ進んだ街灯の下に立つとスマホの時計を見る。時刻は待ち合わせの二十三時を過ぎており、自然の多い広場に虫の姿すら見えなかったのが不気味だった。

 落ち着かない様子で周囲を見渡しながら五分、十分と待つが、一向に現れる気配がない。先輩とは言え連絡もなく遅刻とは、こんな場所で待たされる身にもなって欲しい、と峰城は段々イライラしてくる。

「……っ!」

 突然スマホが震えて、心臓が一つ大きく跳ねる。
 通知を見ると噂をすればなんとやら、今一番文句を言いたい相手からの連絡だった。苛立ちもあってスマホを放り出したいのをぐっと我慢し通知を開く。

「待たせてごめんね。傘を差して待っていて」

 画面のチャット欄に表示された簡単な謝罪と指示に、峰城は息を飲む。先ほど聞いた例の噂話では、傘を差していたら例の女が出てくるのではなかったか。

 胃の腑が今度は別の緊張で縮こまり、顔も血の気が引いているのが自分でも分かる。峰城の動揺を他所に再度スマホが揺れ、暗くなりかけたバックライトが明るくなった。

「絶対に肯定的な返事をしちゃダメだよ」

 震える手で画面を見ると、この一言だけ書かれていた。実践するのは確定と言わんばかりだ。これってパワハラで訴えることはできないだろうか。

 峰城は「入学して三ヶ月の大学生 心霊スポットで謎の死を遂げる」なんてニュースの見出しを想像してしまい、すぐさま思考を頭から追い出す。怖い話につられて悪い想像をするのはよくない。

 サークルに入って約三ヶ月間。別に何もしていなかったわけじゃない。仲條から散々怖い話を聞かされているのだから、ほんの少しは免疫がついているはず、と信じてスマホを持ったまま傘を開いた。

「……『怪異には大抵、対処法がある』」

 指示通り傘を差しながら待つ間、時折仲條が口癖のように言っていた言葉を呟く。

 ぬるい風の中に、雨が近いのか少しヒンヤリとした冷気を感じる。峰城は街灯の明かりが及ばない闇を見つめながら、サークルに入ったばかりの頃を思い出していた。

 たしかあの日は顔を出しただけで帰ろうとする峰城を「お茶にしようか」といって留まらせ、予備知識と称して都市伝説やら学校の怪談やら色々話していた。仲條の口ぶりからして、どうも新入生の通過儀礼のようなものらしかった。

 その中で「噂で出てくるような怪異というのは大抵対処法がある。もしくは、何もしなければ問題ない」という話を聞いたのだ。

 都市伝説で有名な「口裂け女」や「紫ババア」は分かりやすい例だと仲條は説明していた。出会ったら何か唱えるとか、相手が苦手なものを持っていればいいとか、それぞれ細かく説明していた気がするが、もう覚えていない。

 今回の噂の女も「何もしなければ何もない」タイプかもしれない、と仲條は踏んでいて、傘を差した峰城に「肯定的な返事をするな」とだけ指示して待たせているのだろう。

 そもそも傘を差さなければ良い話なのは峰城だって気づいている。だが、そうしないのは恨みつらみはあれど、一応は先輩からの指示だからだった。

「これで何かあったら、日頃の鬱憤の発散含めて文句言ってやる」

 恐怖を振り払うようにそう意気込むと、未だに現れない先輩の姿を求めて暗闇に覆われた階段を見つめる。強気で意気込んでみたものの、暗闇を見つめていると吸われたように気分が萎んでいく。

 萎み切った気分をどうにか上げようと階段から目をそらしたときだった。


一話④:傘と女の怪 (次話)
あらすじ:後輩、ついに噂の女に遭います。
https://note.com/light_clam8523/n/n3b9c7dfae34f


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