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怪異マニアの仲條先輩は今日もお気楽 一話②:傘と女の怪【連作短編】


一話①:傘と女の怪(前回)
あらすじ:先輩と後輩の日常と、サークル活動の始まりです。
https://note.com/light_clam8523/n/n1a79233d7142


 話を切り出した仲條は、紅茶を口にすると小さく舌先を出した。猫舌らしい彼はまだ湯気の立つカップを置いて、用意されたお菓子を食べずに手でもてあそぶ。熱いものでも平気で飲み下す峰城は、頷きながら紅茶を一口飲んだ。

「確か、この辺りでも有名な心霊スポットでしたよね。ついこの間、友達から聞きました」

「そっか、もう新入生の間でも有名なんだね」

 峰城は地元に住んでいるという友人から、数日前に聞いた話を思い出す。 
 場所は大学から一時間もかからない住宅地の奥にあり、周辺の土地よりも少し高台にある小山で、雑草まみれの階段を上った先の小さく開けた広場は小学生の遊び場になっているらしい。

 だが小山の奥まった場所には昔の無縁仏の墓地があり、今は誰も手入れすることなく荒れ放題になっていて、いつしか心霊スポットとしてこの辺りでは有名になってしまったそうだ。

「その心霊スポットで、妙な女が現れるという話は聞いた?」

「いえ、幽霊が出るとだけ」

 オカルト研究会の小屋に来れば嫌というほど仲條から怖い話を聞かされるので、友人といる間はできるだけ聞かないようにしていた。小山の心霊スポットの話を知っていたのは、近づく夏に釣られた友人が話題にしたからだ。

 以前までであれば刺激を求めて聞き入っていただろうが、今は十分すぎる刺激を毎日受けているので、話題に出た途端右から左へ聞き流していた。

「また怖い話だからと聞き流したんだね。君の悪い癖だよ」

 諭すような仲條の目と声に「誰のせいで」と反論しそうになった口をお菓子塞いだ。眼光だけは鋭く訴えてみたが、それに気づいて気遣いができる相手なら普段から困っていない。案の定「お菓子が歯に詰まったの?」などととぼけているので、恨み言を紅茶で流し込む。

「幽霊が出るといっても条件があってね。ただ待っていても何も起きないけど、傘を差してしばらく待つと必ず女の幽霊が現れるんだって。その女は着物姿にびしょ濡れの長い髪で顔を隠すように下ろしていて、傘を差している人にこう尋ねるらしい」

 仲條は一息に話して最後を強調すると、峰城の様子を伺うように前のめりになった。彼が作り出す雰囲気に、彼女は表情を強張らせて手元にあるお菓子の小袋を畳みながら次の言葉を待った。

「『傘に、入れてもらえませんか』ってね」

 声質を少し変えて仲條が女の言葉を語ると、小屋の気温が少し下がった気がした。峰城は「窓は開けたままでもよかったかもしれない」と別のことを考えることで恐怖を逃がそうとしたが、語り手はそれを許さない。

「女の問いに『どうぞ』とか『いいですよ』とか肯定的な返事をすると、その女は傘に入ってきて家までついてくるらしい。それだけでもゾッとするのに、途中で傘を閉じようとすると女は『濡れてしまいますよ』と言ったり、腕をつかんだりして閉じさせないようにしてくる。それでも無理矢理閉じると、殺されるんだってさ」

 峰城は殺される、と聞いた瞬間に血の気が引き、仲條は追い打ちをかけるように「しかも、さっきまで差していた傘で」と古びた和傘にわざとらしく視線を向けた。

「……ど、どうやって殺されるんですか」

「傘の骨組みがバキバキに折られて、体中刺されて死ぬらしいよ」

 止せばいいのに思わず口をついて出た質問に対して仲條が嬉しそうに答え、峰城はますます青ざめた。カップに添えていた手をはずして、膝の上に震える両手を置く。

「ちなみに、傘を差したまま家まで一緒に帰ってくると次の日も、また次の日も現れて外にいる間はずっと傘を差す羽目になるらしい。そして、途中で嫌気が差して傘を閉じると……とまぁ、そういう話だよ」

 仲條が普段の温厚な雰囲気に戻して話を終えると、さっさと席を立って給湯スペースに移動し、いつの間にか飲み終えたカップを片付けに入った。

 対する峰城は話が終わったことに安堵してカップの紅茶を口に含む。さわやかな香りが鼻を抜け、段々気分が落ち着いてくる。背後でカップを洗う仲條の次の言葉を聞くまでは。

「さっきの話、興味深いよね。今夜あたり行こうと思ってるんだけど、君も来るだろ?」

「行くわけないじゃないですか!」

「えっ!?」

殺されるかもしれないなんて話を聞いて意気揚々としている方がおかしいはずなのに、峰城が振り返って拒絶を示すと仲條は「信じられない」という表情で泡だらけのスポンジを持ったまま立ち尽くす。

「まぁまぁ、噂だから。活動の一環として、見聞を広めると思って」

「誤魔化そうったって、そうはいきませんよ」

 仲條の上面のフォローすら睨み返して拒否すると、しばらく見合ったまま壁掛け時計の針だけが耳に響く。無言のまま秒針の音を聞いていると、仲條が動いた。途端に空気が緩む気配がする。

「ところで、話は変わるんだけど。今日使った紅茶、どうだった?」

「どうって、普通に美味しかったですけど」

 身構えていたところへ突然紅茶の話が降ってきたので、峰城は拍子抜けした顔で感想を述べた。怖い話にならないのであれば身構える必要はない。睨んでいた目元を緩めて瞬きした。

「あれ実は、期間限定品で少しずつ飲もうと思ってたんだよね」

「えっ、そうだったんですか?」

「先に言わなかった僕も悪かったんだけど、気が付いたら使われて無くなっちゃったなぁ」

 最後にわざとらしく目線を外して、仲條は口をゆがませる。
 峰城が紅茶を準備したとき手に取ったのは、確かにいつも使っている大容量のティーバッグの箱ではなかった。やけにお洒落なデザインだとは思ったが、まさか限定品だとは知らず確認もしないで使ってしまったことを後悔する。

 泡が消えかかった手で目元を隠して噓泣きをする仲條の表情は見えないが、今回ばかりは自分が悪かったと、申し訳なさから峰城は席を立った。

「すみません、今度代わりの紅茶を買ってきますから……」

 慌てて弁償を提案した次の瞬間、手で隠れていた彼の口を見た峰城は「やられた」と思った。その口元はしたり顔で弧を描いている。しかも、気づけば紅茶を口実に借りを作ったことになっている。

 不敵な笑みを浮かべた仲條は、素早くカップと手の泡を洗い落とす。そして手を拭きながら振り返ると、上機嫌で段ボールの山へと歩を進めた。

「それなら紅茶はいいから、代わりにさっき話した小山の心霊スポットに来て欲しいな。詳細は後で送るけど、この傘持ってきてね」

「えっ、ちょっ、私まだ行くって言ってな……」

「じゃ、よろしくね」

 それだけ言うと峰城の静止の声も聞かず、仲條は和傘を渡して小屋から出て行ってしまった。

 半ば押し付けられる形で渡された古い傘を見下ろすと、さきほどのシミを思い出す。もしかして血の跡ではないかと思いついてしまい、机の上に傘を置いて嫌な想像を追い出した。

「やだなぁ……」

 椅子の背もたれに寄りかかりながらしゃがむと、思わず本音か漏れる。
 そんな峰城の思考を読み取ったようにタイミングよく机の上のスマホが震え、画面を見ると出ていったばかりの仲條からだった。

 チャットを開くと、心霊スポットまでの地図が描かれた添付ファイルと待ち合わせの時間。最後に次の一言が入っていた。


一話③:傘と女の怪(次回)
あらすじ:後輩が嫌々心霊スポットに行きます。
https://note.com/light_clam8523/n/n44bf7bdb4039

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