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「バリュー策定をみんなでやること」はソースプリンシプルではどのように捉える?読書記録5『A little red book about source: Liberating management and living life with source principles』


はじめに

世界で初めて出版されたソースプリンシプルの書籍が、2020年9月に出版された『A little red book about source: Liberating management and living life with source principles』(ステファン・メルケルバッハ著)です。

私は、『実務でつかむ! ティール組織 "成果も人も大切にする"次世代型組織へのアプローチ』著者、『[新訳]HOLACRACY(ホラクラシー)――人と組織の創造性がめぐりだすチームデザイン』監修者の吉原史郎さんが発起人のJUNKANだいこんというイニシアチブの中で、数名のJUNKANだいこんメンバーと共に、読み始めることにしました。

JUNKANだいこん(社団法人考案中)とは
発起人・ソース:吉原史郎

日々の暮らしでの 「じゅんかん(循環/いのちの流れ)」を土壌として、 「オーガナイジング(Organizing)・経営」、「マネー&テクノロジー」について実践探究をしている団体です。主な探究テーマとしては、ピーター・カーニックの「ソースプリンシプル(ソース原理)とマネーワーク」、また、JUNKANと親和性のある哲学(西田幾多郎、ヘラクレイトス等)があります。

『NEWS】
トムの本の和訳をされた青野英明さんがステファンの本を翻訳中とのこと!(史郎さんも翻訳原稿の最終確認をされるそうです)とても楽しみです♪

これまでの内容は文末にリンクを貼りますね。

今回の内容はこの書籍の中で「バリュー策定」について、ソースプリンシプルというレンズ(物の観方)においては、どう捉えるのかを紹介します。

そもそもソースプリンシプルとは何か?という方は、こちらの記事が分かりやすいです。

みんなで定義したバリューは、みんなのものではない!?

書籍では以下のような内容が書かれています。(一部、私が意訳)

ピーターカーニック(ソースプリンシプル提唱者)は、<中略>いわゆる価値観(バリュー)の共有について警告を発している。

「プロジェクトのバリュー策定において、ソースパーソンと集団のメンバーが一緒に決定したことを自画自賛することは危険だ」

なぜならば、プロジェクトの価値観が共有されているとしたら、それは皆が同じように感じているからではないからである。

それまでに明文化されていようがされていまいが、そのプロジェクトの価値観はソースのバリュー(価値観)であり、メンバー1人1人は自身のそれと、一致するものを感じたから参画したのである。

一緒に価値観を定義したからではなく、集団のメンバーが価値観を打ち出す前から、すでにプロジェクトの価値観に共鳴しているからである。

一緒に考えることで、そのことに気づくことができるのであれば、それに越したことはない。

英語版にdeepl翻訳をかけたもの

ステファンの書籍の中で紹介されているソースパーソンの役割は大きく3つあるのですが、そのうちの1つとして「ガーディアン」というものがあります。

この役割は、「プロジェクトというフィールドの中でビジョンやバリュー(価値観)が尊重されているかをチェックする」というもの。

ビジョンはソースパーソンが継承されることで変わっていきうるものですが、バリュー(価値観)は変わることがない要素だそうです。そして、そもそもバリュー(価値観)はそのプロジェクトが何であるかを最も強く表す、恒久的なアイデンティティと言えるものとされています。

また、書籍の中でバリュー(価値観)は、

組織文化を表現するものであり、明示的に表現されているか、暗黙的に認識されているかにかかわらず、接着剤のように付着し、企業やプロジェクトに不可欠なもの』

とも言われています。

そして、

重要なことはこれらのバリュー(価値観)は、ソースパーソンのバリューであるということ。このバリューをプロジェクトのDNAに刻み込み、全期間を通じて協力者の行動を刺激し続けることがソースパーソンの仕事』

ということ。

つまり、ガーディアンの役割とはそのプロジェクトをプロジェクトたらしめている要素を守り続けることと言えますし、言い換えれば、ソースパーソンは自身が立ち上げた(あるいは承継した)プロジェクト(イニシアチブ)のバリュー(価値観)の源でもあるということです。

この、言ってみれば「ソースパーソンが自然に持つ権威のようなもの(別のソースプリンシプルにまつわる書籍では「クリエイティブオーソリティー」と呼ばれていたりします)」がなかったことにされる場合、プロジェクトというフィールドは濁っていき、活気が落ちていくこととなります。

※別な書籍の内容になりますが、クリエイティブオーソリティーについて書いている記事はこちら。

そのため、ソースパーソンは自覚できていようといまいと、バリュー(価値観)が損なわれる体感があった際には、(ここは私の加筆:深掘りし、言語化し、伝えられるようにするという事前準備があった上で)該当する人に積極的にコミュニケーションを取りに行き、場合によっては別離も辞さない覚悟が必要となります。

「お互いがソースであること」と、「このプロジェクトのソースであること」に対する深い尊敬の意識が重要。

ここで、ピーターカーニック(ソースプリンシプル提唱者)が言っている警告の話に戻ります。

これは私の推測ですが、ソースパーソン自身が、過度に「みんなでつくった」と捉えてしまうことは、自然に存在しているクリエイティブオーソリティーをないことにしてしまうことを意味しており、ティール組織でいうグリーンの罠(※)に陥り、結果として全員が不幸になってしまう、そのことを避けるために重要だというメッセージだと思えます。

※グリーンの罠

・行動の後押しを求める(意思決定が遅くなる)

「グリーン組織では、関係性が良好なゆえに、多様な意見を尊重しすぎたり、合意形成を最優先したりして物事がなかなか決まらない傾向があります。同時に、担当者が何かを決めたい場合でも、多様な意見を気にしすぎて行動に移しづらく、上司や会議の決定という後押しを求めてしまうのです」

・問題解決が難航する
「グリーン組織では、組織の課題を現場から抽出して解決しようとする傾向がよく見られます。その際、合宿や全社会議で課題を解決しようとします。ところが、ひとつの課題ごとに多様な価値観が出てきて収拾がつかなくなります。結局、何も決まらないか、さまざまなメンバーのニーズがつぎはぎされた洗練されてない解決策におわってしまうことも多々あります」

・熱量の低い様々なプロジェクトにあふれる
「つぎはぎだらけの解決策でも、全員の総意であることは間違いありません。とはいえ、その解決策を積極的に推進しようという熱意を持った人が現れるのでしょうか。まず、出てこないでしょう。その結果、タスクの押し付けや、永遠にとりかかることのない変革アイデアがリストアップされたまま放置されている場面が多々あります」

「自主経営組織のはじめ方 ― 現場で決めるチームをつくる」p 225より抜粋

また、メンバー側からすると「一緒につくれた」という実感自体は共同体としての意識を育むことにも繋がりますが、何かを創造するにしても「みんな」という主語が大きくないと、みんなからの賛同がないとダメだと思い込んでしまうこと(上記に載せているグリーンの罠のこと)。

逆に、ソースパーソンへの尊敬・尊重なしに自由に自己主張しすぎてしまい、ソースパーソン側にとってソーシング(次の方向性を見出す)をしたり・物事を進めていく推進力が落ちる(その前提には自身がソースパーソンであるという認識がうすい、持てていない、対立することへのネガティブな思い込みがある場合という注釈が入ります)ということも起こり得ます。

だからこそ、ソースパーソンが持つクリエイティブオーソリティーを自覚することや、担っている役割への尊敬・尊重が重要なのです。

さいごに

今回の内容と合わせて重要なことについて書いて終わります。

ここではプロジェクトのソースパーソンという役割の意味でのソースパーソンの話を中心に進めてきましたが、そもそも誰もが自身の人生のソースパーソンなのです

ソースパーソンには「役割として」と「素質(持って生まれた性質」としての2つの意味があるため混同してしまいがちです。

また、ついついプロジェクトを始めた人だけがソースパーソンだと思ってしまうと、会社組織などに当てはめた場合は経営者だけがソースパーソンというバイアスを生んでしまいかねません。

だからこそ、ソースプリンシプルにまつわる記事を読んだ際には「誰もが自分の人生のソースパーソンである」ということを忘れずにいていただけたらと思います。

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