見出し画像

時間の感覚は何からくる?【相対性理論】

なんか変なタイトルをつけてしまいました。ふと感じてしまいまして、、、つらつらと書きたいなと思っています。

なぜこれを書こうと思ったのか。。。コロナの影響で在宅ワークです。すべて自宅です。業務量が倍増などしていません。打合せは多い時期です。移動がないので、動けない時間は減りました。なのに、なのに、、、忙しい感じがするのです!!

仕事を終わる時間がなぜか早くない。。短くなっていいはずなのに。。。なにをしているのでしょう?そもそもなにが仕事なのでしょう?どう過ごせば生産性は上がるのでしょうか。そもそも生産性は、なんのためにあげるべきものなのでしょうか??なにか見えないものに時間を費やしているのでしょうか??

不思議だなあと思うのです。時間ってどんな形で過ぎてくのだろう。。。と。

時間は相対的なものと捉えてみるのはいかがでしょうか。よくいう楽しい時間はすぎるのが早い。辛い時間はすぎるのが遅い。これは感覚的な相対性の元に、感覚を表現した言葉です。合っているか、間違っているか、なんて証明できるものではないかもしれないですが、ここまで広く広まっている、当ことは、統計的に正しいと思う比率が高い、ということなのでしょう。

定量的に正しいものと、定性的に正しいものと、どちらを信じるべきなのでしょうか。時間はすべての人にとって平等だ。これも定量的な事実です。

次に、時間の操り方を考えてみます。最近僕が思うのは、天才アスリートは時間軸が短い。です。メッシやロナウジーニョは、わたし凡人と比較すると明らかに、1秒の中でのボールタッチが多いです。あれ?動体視力や、身体能力とも捉えれますが、、、圧倒的に1秒の感じ方、使い方、が違う気がするのです。あれ?この人1秒を10個に分けてるの?ってくらい、細かな動きをするダンサーなどもみていて思います。

私たちの時間は、物理量としては同じです。心理的な要素や身体的な要素によって相対的に変化しています。自分の時間を理解する、っていうことをできたらいいなと最近は思っています。私たちが主観的に感じる時間は、脳がどのように働いているかで伸び縮みする。ぎこちなく感じる時間は長い。楽しい時間は短い。苦痛に耐えている時間は長い。このように、数多くの「相対性理論」が存在しますね。



画像1

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?