マガジンのカバー画像

RIPPLE〔詩〕

132
運営しているクリエイター

#散文

柄杓のなかの時間【詩的散文】

柄杓のなかの時間【詩的散文】

 霞がかった月の光を、ゆらりゆらりと柄杓ですくう。おもむろに晴れていく夜空。

 ふいに星に付箋を貼りたくなった。ぼくはいったん書斎に戻り、雑貨屋のビニール袋をあける。数年前に流行ったキャラクターのまだ新品の付箋。この日をまちわびていたかのような。

「指紋だけでいいよね?」
 付箋の角がかすかに頷く。十年前の星の輝きに、十年先に生きているかも分からないぼくの標など、付けていったい何になるだろうか

もっとみる

恵まれなかった手ばかり見つめ、踏みしめる踵の感触を忘れる。果たして「恵み」とは「なければならない」ものだったか。手の先にぼやけていた大地を見遣る。焦点はうまく合わないが、いつもそこにあったらしい。踵の微かな痛みに気づく。傷ついたのは顔でも心でもなかった。私は…何を怠ってきたのか。

とある塔の頂で

とある塔の頂で

 遠く隔たっているようで、すぐ辿り着ける国の、離れているようで、傍にある塔の話。

 聞こえるか、摩擦で上げる雄々しい叫びが。見えるか、対比が示す猛々しい建造が。そうだ。上へ、上へ、上へと積み上げてきた塔だ。烈しさゆえに、物々しくも濃霧に隠された、輪郭と鋭角の象徴だ。

 こんな伝説がある。塔の最も高いところに剣を突き立てた瞬間のこと。稲妻が龍の如く天へと昇り、分厚い暗雲をつんざく、と。霧が晴

もっとみる
とある泉のほとりで

とある泉のほとりで

 遠く隔たっているようで、すぐ辿り着ける国の、離れているようで、傍にある泉の話。

 立ち込める霧は視界の全ては遮らない。霧は、泉のまわりにある原生林や山々や、その輪郭と色合いをうまく柔和させている。目の前の光景をむしろ美しく、ただ美しく見せ、旅人らを妖しげに誘っていた。
 霧と凪は仲良くしていた。ここでは晴れやかな陽気よりも、閑寂とした空気の方が似合うみたいだ。快活な太陽が照らせば、すぐさま光が

もっとみる