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ゆかたまつりとりんごあめ

梅雨らしく湿った空気が首筋に触れ、蒸し暑さが肌にまとわりつく。
昼過ぎにバイトから帰ると、1件の通知があった。

「ねぇ、ゆかたまつり行かない?」
高校の同級生、友人Kからだった。


ゆかたまつり。

そのつつましく、柔らく、品のあることばに、わたしはひどく懐かしいきもちになった。

ゆかたまつりは、わたしの地元のお祭りだ。
今から250年以上前に、お城の主が初めて開催したらしい。
わたしが小学生の頃は大通りいっぱいに出店が並んでいたのだけれど、年々規模が縮小気味だ。

なぜか「浴衣」がひらがなだから、わたしはころころしてかわいいな、と「ゆかたまつり」の表記を見るたびに思う。


Kとは夕方の5時半に、川沿いのマクドナルドで待ち合わせた。
バスか電車で行こうかと思ったのだけれど、「高校生気分になって若返りたい」というKのいささか意味不明な論理のもと、わたしとKは自転車で会場へと向かった。
自転車で行くというもんだから、わたしは浴衣を着損ねた。
まぁ、全然いいんだけどね。

Kとは高校3年間、毎日一緒に帰っていたから(彼女とわたしは同じクラスで部活も同じだった)、ほんとうに高校時代に戻ったかのような気分だった。心をセピア色に染めながら、わたしたちは橙色の西日を背にして自転車をちゃりちゃりと漕いだ。

会場につくと、出店のある通りには人、ひと、ヒト、hito。
普段は広くて落ち着いた、どっしりと構えた大通りなのに、今日はまるで台風の日の川のように、ごうごうと流れる人の濁流があった。いや嘘ごめん、人が多すぎて全然流れていなかった。

わたしたちは、少々もみくちゃにされながら、人混み大名行列の一員に加わった。
たこやき、チョコバナナ、牛串、10円パン、金のとりから。
「わたしたちが小学生だった頃とは、ラインナップがちょっとちがうね。」
「浴衣のちっちゃい子かわいいね。」
「おや、いい感じの浴衣カップルがおりますなぁ。微笑ましいですなぁ。」
なんて言いながら、お目当ての屋台を探した。

「あ、あったよ!」
そう言ってKが指をさしたのは、赤くきらめくりんごあめの屋台だ。

「どんだけ人が多くても、りんごあめだけは並ぼうね!あの赤いつやつやをばりばりしようね!」
さっき、自転車で、Kは目を星野アイくらいキラキラさせて、そう言っていた。

「あっちのりんごあめの方が大きいかも!」「そこを曲がった通りの方が人少ないかな?」「さっきのお店が一番よかったね...」なんてくるくると表情を変えるKを眺めながら、20分程ならんで、”赤いつやつや”が手に入った。

それだけでわたしたちは満足だったから、つやつやを歯でばりばりしながら駐輪場まで戻った。


帰り道の本屋さんで、お互いにおすすめの本を1冊購入し合った。

わたしがKに選んだのは江國香織さんの「すいかの匂い」(もうすぐ来る夏にぴったりだから)で、Kが私に選んだのは辻村深月さんの「盲目的な恋と友情」(お祭りで浴衣の恋人たちをみたから、なんとなく、らしい)だ。

本屋の閉店のチャイムが鳴ると同時に店を出て、いや、半ば追い出され、わたしたちは帰路についた。
2人で何回も通った川沿いのマクドナルドでお別れし、1人帰り道。

信号待ちでふと目線を下げると、白のTシャツに赤色のしみがついていた。
りんごあめのばりばりが溶け落ちたものであろうそのしみは、ハートのかたちだ。

これならまぁ、最悪落ちなくてもいっか。
なんて思いながらペダルを強く踏み込む。

暗闇の中、新緑の桜並木を走り抜けると、夏の匂いがした。

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