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土着怪談 第二十三話「ブリキの金魚」

はじめに


皆さんはブリキの金魚をご存知だろうか。
最近ではめっきり見なくなったが、少し前までは昔ながらの駄菓子屋や縁日の露天に並んでいるのを見かけることも少なくなかった。

調べてみると、このブリキの金魚は明治末期に発祥し、今現在もネットで購入することができる。

たい焼きのような丸っこいフォルムと、色鮮やかな赤い魚体。大きい黒目とまるで顰めっ面のような「への口」が愛らしい。
ブリキ特有の艶も相まって水に入れると、まるで生きている魚ような光沢が浮かび上がる。

筆者が高校生の頃、夏休みの課題として出された自由研究のテーマになるようなものはないかと祖父母の家にある土蔵を漁っていると、桐箪笥の中から赤錆に塗れたブリキの金魚を見つけた。

平成生まれの私にはあまり見慣れぬものだったので、興味がてら蔵の外に持ち出した。
流水である程度赤錆を落とし、太陽に当ててみると金魚は6割ほど当時の輝きを取り戻した。
魚体を傾けると、中からはカラカラと金属が擦れる音が鳴る。

これは面白い。

早速私はこのブリキの金魚をテーマに自由研究を進めようと祖母の元へ向かった。
私の祖父母は江戸中期から続く味噌屋の11代目であった。
麹の仕込みを終えて縁側で一休みしている祖母に、声をかけてブリキの金魚を見せた。

「これのこと、高校の宿題で書くから話教えて。」

私が手元の金魚をそう言って見せると、祖母はギョッとした顔で金魚二度見したあと

これは…。どこさあったこんなの、蔵ん中かよ?

と怪訝そうな顔で私をじっと見つめた。
見たこともない顔で私を見つめるその迫力に思わず気圧された。

「いや、別に話したくねえなら話さねくていいよ。」

そう言って蔵の中にブリキの金魚を戻そうと踵を返すと、祖母はため息をついた後に

「そこさ、座りっせ(座りなさい)。あんましいい思い出じゃねくて忘っちたんだげんども、あとはぁ(あともう)話してもいいか。」

と縁側に座るよう促した。
祖母は頭に巻いていた手拭いを外すと、おもむろに口を開いた。
綺麗に色づいた庭の楓の葉がハラリと落ち、水を溜めた鹿威しが軽やかに鳴った。

ブリキの金魚


祖母が小学生ぐらいの時だと言っていたので、時代は戦後真っただ中。
夏の夕暮れ時、祖母は蔵で見つけたブリキの金魚を木桶に浮かべて遊んでいた。

少し経った頃、天気が雷雨激しく荒天に変わったため、急いで家の中に転がり込んだ。
夕食を終えても尚、嵐は続き床に就くころには激しさを増す一方であった。

いつもは妹と寝ているが、妹は怖いと言って母の部屋で寝る事になった。
見慣れた部屋も独りとなると、より一層広く感じる。

布団に入って目をつぶるが、横殴りの雨風が木枠のガラス戸に叩きつけ家中の窓や扉がガタガタと激しい音を立てて揺れている。

目を開ければ、うっすらと見える黒く染まった天井のシミが人影のように見えて不気味に思え、目をつぶれば雨嵐が鳴らす窓の音がより一層大きく聞こえるように感じ、怖くなって中々寝付けなかった。

ふと、部屋の窓の音に耳を澄ませると、ガタガタと窓の揺れる音に混ざる奇妙な音が聞こえてきたという。

ガタガタガタ…

カラカラ…

ガタガタガタ…

カラカラカラ….

金属の玉が転がるような音だった。
いてもたってもいられず、祖母は覗くように障子を開けた。

窓いっぱいの巨大なブリキの金魚がこちらを覗いていた。

漆黒の闇の中、雨に濡れた不気味な赤色の魚体が艶々と浮かび上がっている。
そしてヘノ字に折れ曲がっているはずの口元は、何かを訴えるように忙しくパクパクと動いている。

恐怖に慄き窓の前で呆然と立ち尽くす祖母を前に、金魚の無機質な黒目がギョロリと動き目が合った。

途端、目の前が暗転し、そこで祖母の記憶は途切れる。

強い日差しで意識が戻り、目をこすりながら窓の外を見やると昨日の嵐が嘘のようにカラリと晴天であった。
すぐに昨夜の不気味な出来事が脳裏によみがえり、一目散に部屋を後にした。

後から母と妹に話を聞くと、その夜は嵐などなかったという。
そもそも夕方から雨など降っておらず、祖母が一人で寝るからと執拗に言うので、致し方なく妹は母と寝る事になった。
そして翌日珍しく昼過ぎまで祖母は寝ていた、というのが母と妹が語った事の顛末であった。

おかしい、そんなはずはない。

何度も聞き返したが、そのうち二人にも気味悪がられてしまったので、聞くのはそこでやめにした。

最後に一つだけ、蔵にあったこのブリキの金魚はどこから手に入れたものだったか、祖母が母に尋ねると、父が戦後残留していた中国人労働者から買い取ったものであったという。

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土着怪談 掲載中作品(全二十二話)

第一話「池作りの禁忌」(上)に、全二十二話のリンクもございます。


都市怪談 掲載中作品(三話掲載中)

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