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#小説

君の嘘と、やさしい死神

君の嘘と、やさしい死神

「末裔の中で一番落ちぶれたやつを助けてやろう。」

突然現れた死神に術をかけられた主人公。先祖の功徳の恩恵を受け、死神の姿を見ることができるようになる。勧められるままに医者の看板を出して一儲けするお調子者を描いた古典落語『死神』に登場する一節だ。元々はサゲ(オチ)で主人公が命を落とす。ただ、元旦などのめでたい席での演目に向かないことを理由に、ハッピーエンドで終わるものなど数パターンの派生した物語が

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一瞬の雲の切れ間に

一瞬の雲の切れ間に

「My heart was broken」

映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のクライマックスで名優ミシェル・ウイリアムズが元夫役を演じるケイシー・アフレックへ投げかける、強烈に印象的な台詞だ。自らの罪の重さに耐えていた心の内側が漏れ出てる姿には、ここまで涙腺が緩んでいたのかと驚かされるほど心が揺さぶられる。

『万引き家族』でカンヌ映画祭の話題をさらった是枝裕和監督のもとで撮られた映画『エ

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17歳

17歳

勉強よりも素敵で大切なことがいっぱいある。

直木賞作家・山田詠美が25年前に描いた17歳の少年が、あまり良くない自分の成績を見てこぼした言葉だ。ちょっと論点がずれている気もするが、これはこれで正論である。この少年・秀美くんは、同級生に比べてちょっと大人びた一面を持つ。斜に構えていながら言いたいことをはっきりと言ってしまえる姿は、同世代でこの本を初めて読んだときになんだかカッコよく見えたものだ。

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相いれないことを読む。

相いれないことを読む。

先日、ちょっとした飲み会の席での出来事。目の前でささやかな諍いを目にする。どちらかが正解でもなく、どちらかが間違いでもない。ただ、互いに各々の立場への理解がほんの少し足りないだけの口論。交わることなく、平行線をたどる言葉だけがふたりの間を行き来する。ちょっとだけ、相手に歩み寄れば2人の領域は重なるはずなのに、いつまでもその距離は詰まらない。その間隔が側から見てもどかしいのだが、しばらく静観している

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過去と出会う。

過去と出会う。

「ただ、何かが消えてしまったという感覚だけが、目覚めてからも、長く、残る」

大ヒット映画『君の名は』の冒頭は、主人公である「瀧くん」と「三葉」のモノローグから始まる。記憶は消え去ってしまっても、その粉塵が互いの体に影響を与えていることを物語る重要なシーンだ。東京を舞台にした瀧くんと、飛騨の湖のほとりにある町を舞台にした三葉の世界が巧みに交差する。ふたつが交わる場面で互いの世界の運命が変わる、爽快

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視線の数

視線の数

AさんとBさん。ここに2人の人間がいたとしよう。お互いは向き合っている。さて、問題です。この時、AさんとBさんの間に行き交う視線の数はいくつになるでしょうか?

大学時代に受講した講義で、ひげ面の社会学者が得意げに問いかけた問題だ。AさんとBさん、2人しかいない。ふつうに考えると視線は行き交う2つだけだ。しかし、社会学で考えるとその数は倍の4つになる。AさんとBさん、各々が2つの視線を有してい

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袖ふりあうのも他生の縁。

袖ふりあうのも他生の縁。

人間関係の難しさに日々戸惑う中で、ややかび臭さの香るこの言葉に、年を重ねるにつれ不思議な力を感じるようになった。人はひとりでは生きていけない。そんなことはわかっている。でも、誰かと関わり続ける辛さや煩わしさをずっと感じながら生きていく窮屈な気持ちは、いったいどこへ収めればいいのだろうか。冷静に振る舞うと角が立ち、感情的になると意固地になり、無駄なプライドをぶつけあう。それでも人は、誰かに救われて生

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