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新潟産大付甲子園出場おめでとう! ~柏崎に残る「宮島さん」、そして『ラストイニング』にみる甲子園の意義

柏崎初の快挙!夏の甲子園出場!


甲子園球場

8/7(水)から第106回全国高等学校野球選手権大会が開催される。
今回は甲子園球場100周年という節目で、高校野球に先立ちNPBでは8/1(木)の阪神-巨人戦で盛大な記念イベントが開催された。
他にも甲子園を舞台としたさまざまな野球漫画とのコラボや企画展など、現地では様々な催し物が見られる。



六月に訪れた甲子園の記念オブジェ


今回の夏の甲子園で最も楽しみなのは、なんといっても新潟産業大学付属高校柏崎市初の夏の甲子園出場を果たしたことだ。
甲子園100年という歴史的大舞台、しかも県大会では明訓や六日町、甲子園決勝の舞台に立った日本文理といった強豪校をノーシードから次々破った上での快挙である。


柏崎は私が子供時代を過ごした街だ。
母方の故郷でもあったため、ルーツとしての感覚は非常に強い。
私が柏崎にいた2002年の春のセンバツでは、柏崎高校が21世紀枠で北信越代表に選ばれている。あの頃は時の小泉純一郎首相が実現させた拉致被害者帰還のニュースもあって、新潟・そして柏崎は何かと話題になっていたが……。

時は流れ令和6年。
産大付の大金星といった出来事とともに、佐渡金山の世界文化遺産登録という嬉しいニュースが入り、新潟は再び注目を集めている。

「宮島さん」と新潟の運動会、そして甲子園



昨年、プロ野球を広島東洋カープ側で初めて現地観戦した。
そこでふと不思議に思ったのが得点時テーマ「宮島さん」だ。



「宮島さん」はご存知の通り、元々広島県の高校野球の応援歌からカープに輸入された伝統ある応援歌だ。元のメロディーは童謡「花咲か爺さん」。


そして……実は「♪米山さんの神主がおみくじ引いて申すには今日の勝負は〇〇の勝ち勝ち勝ち勝ち」という応援歌が遠く離れた新潟県柏崎市にも実在する。
それが小学校の運動会の応援歌だ。

節回しも広商版オリジン「宮島さん」とほぼ同じ。
広商版はカープ版と若干差異があるので是非聞き比べていただきたい。


試合後柏崎出身の母に「米山さんの~」という応援歌について聞いたところ、なんと母の世代にも全く同じ歌を市内の別の小学校で歌っていたとのこと。

いったいいつから広島の応援歌が遥か遠くの新潟に定着したのだろう? と不思議に思っていると、こんな記事が。

上越と中越(柏崎含む)では広くこの応援歌が使われているようだ。

そして、どうやら同じ「花咲か爺さん」のメロディーから「宮島さんアレンジ応援歌」「三階節の歌詞流用応援歌」の2パターンが分裂し、そこから山や神社の名前がそれぞれの地元用に置き換えられて広まっている。
柏崎市内だけでも「米山」「黒姫山」「八石山」などがあるようだ。


米山

新潟の歴史から掘るのは行き詰まったので「宮島さん」そのものについて調べてみると、広商の「宮島さん」はもともと廿日市地御前(宮島の対岸)で歌われていたもののようだ。

明治30年頃の地御前村にはハワイ帰り移民が多く、青少年が盛んに野球に熱中していた。そして応援にも異常な熱(祭礼用の天狗の衣装や杓子などを持ってくる気合の入れよう)がこもった結果「宮島さん」が自然発生的に生まれ、これが学校の運動会応援歌としても歌われるようになった。

そして地御前で育った子供はいろいろな高校に散らばって「宮島さん」を歌うようになり、その応援歌を聴いて師範学校を出て教師となった広島の人間がさらに県内に「宮島さん」を広めていった。


広商をはじめとする広島県の強豪校は、代表として甲子園でも「宮島さん」を歌い続けることに。そして対戦校の応援団が「これは良い応援歌だ」ということで地元に持ち帰り、全国に広まった。
これにより、遅くとも半世紀前には新潟県内にも「宮島さん」が定着していた……。というのが、どうやら真相らしい。

参考:花と太陽と風 小千谷市立千田小学校 学校だより(平成30年5月7日)


驚いたことに、地元柏崎で歌われる「宮島さん」にはちょうど100年前の甲子園から始まる一大ブームが深く関係していた。


「たった8勝」のダークホースが甲子園に辿り着く喜び



産大付属の甲子園出場の報を聞いて私が思い起こしたのは傑作野球漫画『ラストイニング』だ。
しかもこの記事を書いている途中、産大付属の最初の対戦相手がこの作品の舞台である埼玉県の代表・強豪花咲徳栄高校に決定した。ごく個人的な因縁さえ感じてしまう。

あらすじ:
廃部寸前の私立彩珠(サイタマ)学院高校野球部を立て直すために理事長が引っ張ってきたのは、怪しい水を売って警察に捕まったセールスマンの鳩ヶ谷
学生時代審判を殴って高校野球界から放逐された鳩ヶ谷が弱小野球部を立て直す秘策とは……。

この漫画の面白いところは選手ではなく監督が主人公なところ。しかも主人公は高校時代誤審で敗退という挫折を味わっているだけに、「青春」という甘い幻想を一切捨ててひたすらに勝ちにこだわるのが特徴だ。高校野球界のダークヒーローとでも呼ぶべき造形だ。

「ひとつ! さわやか!! ふたつ! ひたむき!! みっつ! 正々堂々!! 以上、三つの言葉。今日から禁句な!!
99勝1敗のチームと8勝92敗のチームはどちらが甲子園に行けると思いますか!?

中原裕『ラストイニング』1巻

甲子園の面白いところは弱小校にも大逆転の希望があるところ。
厳しいトーナメント戦だが「8連勝すれば」「99勝1敗の超強豪ではなく8勝92敗のチームが甲子園に行ける」というのが鳩ヶ谷の弁で、実際産大付属はこれを達成している。


また、ここ数年現地で高校野球を見てきて思ったのは、高校球児は大人が思っているほど「青春」というストーリーに回収されるわけではない。鳩ヶ谷同様あくまでも目の前の「勝ち」にこだわっている、ということだった。

何故なら甲子園は高校球児にとっての受験・就活の場であり、あの場所のプレーひとつで全人生が左右される凄まじい重みを背負っているからだ。
そうした「全人生が左右されうる場」としての野球大会は大学野球や都市対抗野球にも同様に言えるが、甲子園は少しだけ特殊だ。

甲子園に出た高校・出なかった高校。
勝ち上がった高校と敗退した高校。
スタメンとして活躍した選手・ベンチで夏を終えた選手。


それぞれに人生があり、夏が終わった後、彼らは甲子園の結果を踏まえて進路を選ぶ。
勉強を始めて受験に備えるか、就職するか、プロ志望届を出すか……。
夏の甲子園が酷暑にも関わらず夏休みに開催される最大の理由は、大学入試の時期そのものは高校野球の都合だけではズラせないことも関係している。


その「本気」の勝負をカッコつきの「青春」として勝手に消費しているのは、確かに大人の都合かもしれない。
しかし「夏休みに高校野球がある」ということは、都市から帰省した人も含めて地域単位の共同体の団結や愛郷心を促す効果も存在することは忘れてはならない。これはたとえば映画「サマーウォーズ」などで非常に効果的に描かれている。


明治30年代の廿日市地御前の応援の熱狂が証明しているように、野球は日本に定着したその時から応援する地域の人々あってのスポーツだった
毎年の酷暑で大幅な見直しが迫られる夏の甲子園であるが、選手の未来と地域社会の伝統は双方ともに決して軽視されるべきではない。