Design&Art|フィンランドのアートと人を巡る旅 〈02.トゥルクからの便り〉
アアルト大学院でアート教育やアート思考を学ぶまりこさんが、フィンランドのおすすめスポットやイベント、現地に暮らす人々の声をお届けします。
フィンランドの南西部の街、トゥルクにぶらり一人旅に行ってきました。ヘルシンキからは電車で2時間半ほど。ヘルシンキがフィンランドの首都になる1812年まで、トゥルクが首都だったこともあり、歴史的な建物が立ち並んでいました。
坂が多く、街の真ん中に川が走っていてヘルシンキとは異なる街並みです。川のほとりには、ゆっくりとビールを飲んでいる人がいたり、カフェのテラスでおしゃべりを楽しんでいる人がいました。牧歌的な風景に、フィンランドを代表する女性画家エリン・ダニエルソン=ガンボージ(Elin Danielson-Gambogi)の絵の中にいるような気持ちになりました。
そんなトゥルクの街を歩いていて出会った、ルオスタリンマキ手工芸博物館(Luostarinmäki Handicrafts Museum)と活版印刷屋さんのLetterpress Houseを今回は紹介したいと思います。
ルオスタリンマキ手工芸博物館
ルオスタリンマキ手工芸博物館は、1827年にトゥルクを襲った大火災で被害を唯一逃れたエリアを保存した野外博物館です。そのため建物は、18世紀の木造建築のまま。かつてのルオスタリンマキは、大工から金細工職人まで、職人の集まる場所だったと言います。
ここには様々な分野の30以上の作業場があり、市の手工芸と職人の住居の歴史を展示しています。かつての職人さん達の生活が垣間見え、博物館のスタッフも当時の衣装を着ているせいか、タイムトリップしたような気分になります。
毎年8月にはHandicrafts Daysというイベントが開催されます。多種多様な技術を誇る職人たちが集まり、間近で彼らの手仕事が見られるそう。
博物館内を歩いていると「POSTI」という文字が見えました。postiはフィンランド語で「郵便」の意味で、郵便局の名称です。ちなみに、ヘルシンキのスーパーの中にあるpostiは、夜9時まで開いているところが多くとても便利です。ムーミンや季節に合わせた切手も売っていて、買い物ついでによく記念に切手を買っています。
当時の郵便局を再現しているだけかなと思ったら、親子がそこから出てきて、外で手紙を書いているのが見えました。旅行先では私はいつも、その国の切手を買い、家族に手紙を出していたので、ここから手紙が出せるんだ!とワクワクしました。帰国してから届くことも多かったのですが、それぞれの国の消印がついた手紙は特別です。
こちらの郵便局ではオリジナルの切手や当時の手法で活版印刷された葉書が売っていたので、それらを購入しました。さらにそこでの消印を押してくれるとのことだったので、日本にいる両親と、もうすぐ誕生日を迎える義理の姉に葉書を送ることにしました。自分へのお土産はオリジナルの切手。
消印を押してくれている様子の写真を撮っていいか郵便局の方に聞くと、「あなたが初めてじゃないわ」とにっこり。写真を撮りやすいようにゆっくりと作業をしてくれました。無事に日本に届きますように。
Letterpress House
ルオスタリンマキ手工芸博物館を後にして、街を歩いていると、「Letterpress House」と書かれた素敵なお店が目に入りました。少し入り口が狭く、お客さんも不在で入りづらかったのですが、店主のSakari(サカリ)が優しい笑顔で迎えてくれました。
こちらでは名刺や招待状、ポスターなどを一枚ずつ仕上げる活版印刷を中心に、本や厳選されたステーショナリーやペーパーグッズが販売されています。あえてゆっくりと時間をかけ、良質な紙に丁寧に印刷していくことを大切にしているのがSakariの仕事ぶりから伝わってきます。今はオンラインでのメッセージのやりとりが主流ですが、ここにいると無性に手紙が書きたくなってくるから不思議です。
取材のアポイントは事前に取っていませんでしたが、扉や棚を開けて自由に写真撮っていいからねと、快く受け入れてくれました。活版の道具、活版印刷機、様々な種類の紙が所狭しと並べられた工房で、写真を撮っている間も真剣に作業を続けるSakariはまさに職人。ルオスタリンマキ手工芸博物館で見た18世紀のクラフツマンシップが現代に蘇ったような光景でした。
日本語のカレンダーやポスターがあり、なんだか親近感が湧きました。お友達からお誕生日にプレゼントされたものみたいです。
「以前、結婚式のプレートの依頼があったんだけど、納品当日に名刺が切れていることに気づいて、慌てて刷って会場に向かったことがあったんだ。到着したらもちろんみんな正装しててさ。担当の人に渡すと、彼が綺麗な白いシャツのポケットに刷りたての僕の名刺を入れたの…。インクが乾いていることを、もう心から祈ったよね」。二人で大笑いしながら、私もこっそり自分の服を確認しました(笑)。
最後に彼の写真を撮ったので、確認しようとすると、「写真写りを気にするには歳を取りすぎたよ〜(笑)」。チャーミングでシニカルな彼とのおしゃべりは楽しかったです。
最後に葉書を購入しようとしたら「レジのipadを家に忘れたから」と封筒と合わせてプレゼントしてくれました。ちょっぴり皮肉がこもったメッセージ(写真上)が、とても彼らしい。ノーベル賞を受賞したコロンビア人の作家、Gabriel Garcia Marquez(ガブリエル・ガルシア=マルケス)の小説のタイトル"Love in the time of Cholera(コレラの時代の愛)"をもじっているそうです。
一人で旅をするとさまざまな人に出会うことができ、それぞれのストーリーを聞くことができます。今回は、トゥルクの街並みの美しさはもとより、そこに住む人々の優しさに心が満たされました。歴史の長いトゥルクの町で受け継がれている工芸の魅力を発見した今回の一人旅。次の旅先ではどんな人に出会えるのかなと今からわくわくします。
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