Design&Art|フィンランドのアートと人を巡る旅 〈06.カレワラの美術と精神性〉
アアルト大学院でアート教育やアート思考を学ぶまりこさんが、フィンランドのおすすめスポットやイベント、現地に暮らす人々の声をお届けします。
民族叙事詩「カレワラ」はフィンランド人にとって、精神のよりどころであると聞きます。どんな精神性が描かれているのだろう?と思った私は先日、カレワラの物語に影響を受けたというシベリウスの音楽を聴きながら、タイムトリップした気持ちでカレワラの本を読んでみました。そんなカレワラの世界を今回はお届けしたいと思います。
カレワラとは
カレワラ(Kalevala)は、古から伝わるフィンランドの民間説話をまとめたもので、舞台はフィンランドの東部とロシアの北西部。「カレワラ」とは「カレワという部族の勇士たちの国」という意味で、人間味がありながら超人的な力を備えた複数のキャラクターが登場し、冒険をしていく物語です。
民間説話というと近寄りがたいという方も多いかもしれませんが、登場キャラクターが特異能力で北斗七星を自分のものにしたり、美人に夢中になったりと、現代の私たちにも通じる心理描写がとても面白く、身近にも感じました。
カレワラはフィンランドの学者、エリアス・ロンリョート(Elias Lönnrot)が1835年に初版を出版しました。フィンランドは独立するまで、スウェーデンの統治下に約700年おかれ、当時の公式な文章はスウェーデン語で書かれていました。そのため、1917年の独立に際してフィンランド語で出版されたカレワラは、フィンランド人としての民族意識の高まりに大きく貢献したと言われ、20世紀の画家や音楽家にも大きな影響を与えました。原文のカレワラは独特の形式で書かれているので、フィンランド人でも読むのが難しいとのこと。書店では、上の写真のような子供向けに描かれた絵本や解説書も多く置かれています。
ガレン=カレラが描くカレワラを巡る
フィンランドの国民的画家であるアクセリ・ガレン=カレラ(Akseli Gallen Kallela)は、フィンランド独立への気運が高まる1880年代末頃からカレワラを題材として着目し、数々の作品を発表しました。1900年のパリ万国博覧会で描いたフレスコ画は代表作になっています。カレワラについてもっと知りたいと思った私は、彼の作品を見ることができる美術館を巡りました。
●ガレン=カレラ美術館(Gallen-Kallelan Museo)
ガレン=カレラの住まいが現在は美術館になっています。将来美術館になることを想定して建てられた自宅で、階段のカーブ、お手洗いの配置、窓からの景色など、細部へのこだわりが見て取れました。
美術館の隣には、湖を眺めながらお茶ができるカフェがあります。ガレン=カレラが見ていた風景と同じなんだ、と思いを馳せながら過ごすカフェタイムは忙しい日々を忘れさせてくれます。
美術館では彼の浴室やスモークサウナも見ることができて、彼の生活が垣間見えました。
●アテネウム美術館(Ateneumin taidemuseo)
ヘルシンキ中央駅の目の前にあるこちらの美術館では、ガレン=カレラが描くカレワラの3つのシーンを見ることができます。額縁も自らデザインする程に、彼にとって特に思い入れのある作品なのだとか。
左から順に物語が進むこの作品は、水の主でもある主人公のひとりの老人・ワイナミョインネンの人間的な一面が描かれています。左の絵は、ワイナミョインネンが乙女アイノと出会い、求婚するシーン。中央の絵は、結婚を拒むアイノが結婚するくらいなら湖で溺れ死んだ方が良いと身を投げ出すシーン。そして最後に右の絵は、水の精になったアイノを表しています。アイノはガレン=カレラの妻がモデルとも言われています。
エントランスにガレン=カレラの描いた天井画があります。1900年にパリ万国博覧会のフィンランド館で描いたフレスコ画が基になっているそう。天井に力強く描かれた絵画を見ると、ガレン=カレラがカレワラにかけていた思いが伝わってきます。
右側の絵は、カレワラの物語の中で「持つ者に幸福をもたらす」と言われる神秘的な人工物・サンポを鍛冶のイルマリネンが作っているシーン。左側の絵は、鷲に返信した邪悪な老婆からサンポを守ろうとしているシーンです。この戦いの末、サンポは砕け散って海に沈み、その破片は水の富となっていきます。
フィンランド人にとってのカレワラ
フィンランド人の友人のユッシ(Jussi)のコテージには、カレワラのワンシーンの絵がかけられていました。その絵は彼のコテージの近くにある湖が舞台になっています。フィンランドの暮らしに、カレワラはごく自然に取り入れられていると感じます。
カレワラはフィンランドの人々にとってどんな存在なのでしょう。別の友人、ユーディット(Judit)とノーラ(Noora)にも聞いてみました。
ユーディットは、「小学校の頃にカレワラのお話をパペットにして演じたことがあるよ」と楽しそうに教えてくれました。アート教育に携わる彼女にとって、カレワラは「英雄物語でありながら、自分たちの先祖がどのように世界を見ていたのか、何を信じていたのかを知るきっかけ」なのだそう。
ノーラは、大人になってからもカレワラを読み返していると言います。「キリスト教が布教される前の自然信仰が進んでいたフィンランドの姿を知ることができて、異なる視点で物事を見るきっかけになるの。昔のフィンランドでは木々や石に精霊が宿っているって信じられていたんだよ。」万物に魂が宿っているという考えは、日本の八百万の神の信仰に近いものがあるのかもしれません。
約250年前に書かれたカレワラは、現代に生きるフィンランド人にも新しい視点を与えていることがわかりました。厳しい自然とともに生きるフィンランド人の精神性や、自然を大切にする日本人との共通する姿勢がカレワラを通して見えてきました。
日照時間が短くなり、曇りの日が続くフィンランドの11月は、読書や美術鑑賞にぴったりな時です。本や美術は普段は触れることができない世界に連れて行ってくれます。皆さんもカレワラ物語を通して、古のフィンランドへの旅をしてみてはいかがでしょうか。
Instagram: ma10ri12co
https://note.com/finlandryugakuki/