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Lifestyle|フィンランドのクリエーター図鑑 〈05.ヘンリーッカ・レッパネン〉

デザインや自然、食べ物など、様々な切り口から語られるフィンランドの魅力。そんな中、フィンランドに何度も訪れている宇佐美さんが惹かれたのは、そこに暮らす「人」でした。このコラムでは、現地に暮らし、クリエイティブな活動を行う人々のライフスタイルやこれまでの歩みをご紹介。さて、今回はどんな出会いが待っているのでしょう。

長い歴史の中で、幾度も引き直された国境線。数奇な運命によって耕された土壌では独自の文化が育まれ、東との国境に近いカレリアは、東西文化の合流地点として重要な役割を果たしてきました。

首都ヘルシンキから北東へ約440km。ピエリス川の河口に位置するヨエンスーの町は、「森と湖の国フィンランド」を象徴する北カレリア地方の中心地です。この町を拠点に陶芸家として活躍するのが、ヘンリーッカ・レッパネンさん。地元で採集した天然粘土などから自然素材にこだわった陶磁器を製作しています。

今回は、持続可能な方法でデザインの多様性を追いかけるクリエーターの暮らしの根っこを紹介します。

Henriikka Leppänen(ヘンリーッカ・レッパネン)
/ 陶芸家・アーティスト

ヘンリーッカさんの故郷は、北カレリア地方にあるトホマヤルヴィ。一家は、森で農場を営んでいました。自然に親しみ、時には泥だらけになりながら。自給自足に近い生活は自主自律性を育みました。着古した衣類や寝具を裂いてラグを織ったり、古い家具を修理したり。手を動かして暮らしをつくる楽しさに魅せられ、将来は陶芸家や木工職人になることを夢みていました。

高校を卒業後、自分らしい生き方を決断し行動に移すためには、改めて自分の気持ちに向き合う時間が必要でした。すぐに進学はせず、ギャップイヤーを選択。バッグパッキングをしながら、ライフスタイルの選択肢を模索しました。長いトンネルに一筋の光が差し込んだのは、プロダクトデザインを学ぶために進学したカンカーンパー大学でのことです。陶芸の授業で《粘土》に出会いました。

繊細でありながらも、持続可能な大地の素材。特に天然粘土には砂や石などが混じっているので、実際に陶芸に使えるようになるまでの下準備にかなりの手間と時間が掛かります。

「勉強を重ね、粘土の性質を理解するにつれ、その多様性と表現力に魅了されるようになりました。手で粘土を成形するのが気持ちが良く、指先に古代のエネルギーを感じます。」切ったり重ねたり、伸ばしたり。まずはやってみる。手を動かしながら、汗をかきながら。

さらに学びを深めるため、クオピオ・アカデミー・ オブ・デザインへと進学したヘンリーッカさん。陶芸とガラスデザインを専攻し、2012年にデザイナーの学士を取得しました。

タイのジャングルを訪れたのは、それからまもなくのこと。環境保護と自給自足がテーマのボランティア活動に参加し、小さな村の学校で子どもたちと一緒に陶芸をする時に、地元の天然粘土を使ってみることを思いつきました。創造性を刺激する地産地消の器のアイディアが起こったのです。


確かな手ごたえとともに帰国後、地場産の天然粘土を使用した製品開発に着手するまでには、いくつかの課題がありました。その一つが、天然粘土の採集場所です。製品としての安全性や有効性が確認できるまでには、不純物を取り除いたり、可塑性を持たせたり、耐火温度を調べたり。試験を重ね、膨大な調査データを必要とします。

ゼロから調査を始めるのは途方もない道のりですが、ヘンリーッカさんは故郷のトホマヤルヴィに古いレンガ工場があったことを思い出しました。レンガは粘土や頁岩(けつがん)、泥から作られる建築材料です。きっと工場の敷地内には粘土があるはず。さっそく所有者に連絡を取り、敷地内の粘土を採集しテストしたところ、求める基準に達していることを確認できました。

もう一つ、特に重要だったのが、粘土の特性を生かしながら一定の強度を保つことです。ほとんどの陶磁器には通常、素焼きのあとに釉薬(ゆうやく)が塗られます。本焼きをした時に釉薬が高温で溶け、陶磁器の表面がガラスでコーティングされることで、水や汚れが染み込むことを防ぎ、丈夫で扱いやすくなるからです。

ところが、ヘンリーッカさんは土の凹凸を活かした陶器にこだわりました。釉薬を使わずに製品が機能する必要がありましたが、トホマヤルヴィの天然粘土はその点も無事にクリアしました。

天然の粘土を馴染ませるように。課題をひとつひとつ、時間をかけて検証し、タイから帰国して3年後、天然粘土を使った発芽ポットの開発に成功しました。2015年、ヘンリーッカさんは、屋号「Kerafiikka」を立ち上げました。


多孔質な天然粘土は通気性と耐熱性に優れ、一般的に植木鉢やキャンドルホルダーなどに用いられます。ヘンリーッカさんの創造性はそうした規定概念を飛び越えるように、多機能に使えるプレートやランプシェードなどのデザインにもアプローチします。

「私が創造するものは、私自身の一部です。凸凹があったり、ひびが入っていたり、へこんでいたり。それらは、私の人生を物語っています。完璧なものに興味を持つことは滅多にありません。不完全であることに美しさを見出します。」

ヘンリーッカさんは、未完成の物事にも根気強く向き合っています。繊細で壊れやすい天然粘土に適した釉薬の開発は根気のいる作業ですが、自然由来の素材にこだわりながらトライ&エラーを重ねています。

釉薬の基本的な原材料は、長石や石英などの鉱物、カリウムやカルシウムなどの溶融物、金属酸化物のような染料です。一方で、彼女が釉薬の原料に用いるのは湖に自生する葦(あし)やルピナス、近隣のレストランで廃棄されたアスパラガスの茎など。

釉薬の原料に植物を使用するとき、結果は根を介して地面から摂取するミネラルに起因します。ミネラルの中には、釉薬の溶解剤として機能するものカリウムや、ガラスのようなコーティングとして機能するケイ素、釉薬に色を与える鉄などが含まれるので、材料次第で多様に作用するのだそう。それらを適宜確かめながら、データを集積しています。

「時々、好き勝手に振る舞う粘土を憎らしく思うこともあります。それでも、ほとんどの場合は時間があれば解決できる問題で、そうした気まぐれは最善の結果をもたらします。」時間をかけることを厭わない。ヘンリーッカさんの創造性には、余白があります。

「時間短縮」「安くて便利」「業務効率」が見出しになる日本の社会。物事の過程を大切にする暮らしがないがしろにされているような、誰かに後ろで足踏みされているような。

Hidasta elämää ! 直訳すると、スローライフ。
人生の速度をちょっとだけ落としてみませんか?

目的地に早く到着することに必死になるのではなく、その道中の景色に心を弾ませ、もっと緩やかに社会と繋がれたらいいなと思います。見晴らしがよくなった世界にこそ、暮らしを彩る創造のヒントが見つかるかもしれません。

\ヘンリーッカさんにもっと聞きたい! /

Q. Kerafiikkaが実現したいことは?
Kerafiikkaという社名は、陶器(keramiikka)とグラフィック(grafiikka)を組み合わせた言葉遊びから生まれました。起業当初は、グラフィック手法を使用して粘土の表面に写真を印刷したこともあります。

現在はろくろを回しながら、食器やインテリア製品を作っています。自分のルーツであるカレリアを大切にし、モダンと伝統が上品に溶け込むような製品をデザインしています。

Q. 粘土を採取して完成するまでの手順とは?
北カレリア周辺の畑や湖畔、建設現場などから、土地所有者の許可を得て粘土を採集します。吸水性を高めるために完全に乾燥させた後、最低でも一晩、粘土を水に浸します。

天然粘土の作陶で最も重要なのは、粘土を混ぜて練る工程です。希望の粗さになるまでふるいにかけて、手でこねながら生地を滑らかにします。よく混ぜ、よくこねることで、品質が均一になり、成形しやすくなります。成形する前には、粘土を石膏ボードの上に広げて、余分な水分を取り除きます。

通常、フィンランドの土壌から発掘される赤土には鉄化合物が多く含まれています。不純物が多いため高温に耐えることができず、1050度前後で焼成します。赤土はそのままでは灰色ですが、焼きあげるとテラコッタ色になります。焼成温度が高いほど、焼き上がったときの色が濃くなります。

Q. カレリアでお勧めしたい場所はどこ?
地元の自然が殊更好きです。私はハイキングが大好きですが、カレリア地方には訪れる価値のある素晴らしい自然がたくさんあります。その中でも、コリ国立公園は必見です。フィンランドの原風景ともいわれ、高い崖や深い森、大きな湖などが揃っています。他には、コイタヨキのパトヴィンスオやコイヴスオなどの広大な湿地帯もお勧めです。


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