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ロング・キャトル・ドライヴ  第六部 連載 3/4「忍び寄る影」

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これまでのあらすじ

元保安官トーマスは
長年にわたる迷宮入りの事件を掘り起こす。
一方で南部の富豪ジェイコブに突然の来客
州保安局長ブラウンとの対峙が始まる。
火蓋は切って落とされる。


玄関ホールに赴くと
スキンヘッドをした恰幅の良い中年男性が
屋敷の主の登場を待ち侘びていた。

「ようこそ!ブラウン局長。
本日はどのような件でお出ましなんだい?」

ジェイコブは端正な顔を綻ばせて応対する。

快活な笑顔からは白い歯を覗かせるが
目は少したりとて笑っていない。

保安局長のブラウンも
友好的な素振りを見せるように
分厚い手のひらを差し出して握手を求めた。

しかし、内心では
(この威圧感がどうにも苦手だ。)と伝えなければならない重苦しい内容に
辟易としていた。

「急ぎ駆けつけたのは他でもない。
隣のディヴィッドソン郡の保安局から
連邦逮捕状が送られてきたので馳せ参上した次第です。」
とブラウン局長は言った。

「それも30年前のサザン・ベル溺死事故と
関連づけて閣下の身柄を拘束するようにと
電報が届いてますが如何いたしますか?」

ブラウン局長は司法を執り行う立場であるのに
あらかじめ容疑者に相談するのは
元来、あるまじき行為であろう。

それほどまで
この辺りの司法権は建前上の組織であり
ロバーツ家の息のかかった者で殆ど牛耳られ
実質的にはロバーツ家の私設警察と云っても
云い過ぎではなかった。

「何を今更そのような事をほざく者が居る?
だが我が友よ、忠告ありがとう。」

ジェイコブは
「こういったことに親友の君を煩わせることが
あってはならないからね。」
と余裕の微笑みを浮かべるのであった。




ジェイコブは州都ジャクソン生まれである。
ロバーツ家は曽祖父の代に
フランスからの入植者で
いわゆる"ヌーベル・フランス"の潮流を
受け継いできた家系であり
ミシシッピで最大の綿花プランテーションを
保有していた富豪である。

彼ら一族は
綿花プランテーションの商売を拡大するため
隣のテネシー州メンフィスに近い州境の郊外に
大きな邸宅を構えて
ミシシッピ川流域での水運事業に乗り出した。

これが大当たりで
莫大な財産を築く契機となる。
さらにはディープ・サウスにおける人身売買の元締めとして
富と権力をその手中に納め
ビジネスを巨大化させたのであった。

人々は彼らロバーツ家一族を
"コットン・キング"と呼び
畏れられる存在であった。

南北戦争では積極的に南軍を支援した。
結果的に北軍が勝利したものの
それまでに築いてきた
水運事業のアドバンテージの利を活かし
アメリカの近代化において蒸気船における
物資運送ビジネスの勢いは
留まることがなかった。








話は戻る__。

ブラウン局長が云ふには
その差出人はかつての敏腕保安官で鳴らした
トーマス・オーウェンと知らされた。

ジェイコブはその名前を聞いて
思い当たる節があった。

もう30年も前の話で
アレクサンドラが溺死体で見つかった時に
執拗にまとわりついてきた
あの時の保安官である。

(今頃になって逮捕状とは?
何があったというのか?)

しかし、内心は穏やかではいられなかった。

ジェイコブ自身には余罪がある。
現在のビジネスを拡大する過程で
邪魔になる者の命を奪うことが
幾度となくある。
その場合はお抱えの用心棒が手を下し
自らが手を下すことはしなかった。

ただ、ひとつの例外として
アレクサンドラの連れ合いの件は

(見境なく自ら手を下してしまった。)

若気の至りであり、痛恨の極みであった。

しかしながら
ジェイコブは強運であった。

アレクサンドラの連れ合いである
ヒューゴが重要参考人として
大方の見解は一致していたためである。

そのヒューゴが行方知れずのため
ジェイコブに容疑が及ぶことはなかった。

19世紀のアメリカには
まだまだ開拓史の気風が残っている。

この元保安官はその職務の名誉にかけて
立ち上がったのであろうか。

(面倒なことになりそうだ。)

ジェイコブは執事を呼び出して
臨戦態勢を申し付けるのであった。

「腕利きの弁護士を用意しろ。
陪審員の調略も抜かりなくな。
それと . . . 用心棒を雇とっておけ。」






ディヴィッドソン郡保安局にて


トーマスは裁判所からの任命を正式に受け
陪審員への召喚状を作成し
ジェイコブを追い詰める手筈を
着々と準備していた。

当時、ソフィアからの事情聴取を思い返す。

「姉の無念を晴らして下さいまし。」

淡々と語るソフィアの目に光は宿ることなく
人間が真に哀しみを背負うときはこのような
表情をするものなのであろうか。

彼女のような聡明な女性でさえも
心の中は片翼をもぎとられた鳥のように
もがき苦しんでいるソフィアの表情が
今でも脳裏に焼きついて離れられなかった。

トーマスは召喚状を送達を終えた頃には
すっかり陽が暮れており、帰り支度をしようと
ロッカールームを開けた時である。

なにやら着替えの服が赤く滲んでいる。
取り出してみると血でシャツが真っ赤に染まっていた。

戦慄がはしったその瞬間
何かがドサドサとロッカーから転げ落ちた。

「 ! ! 」

そこにはいくつもの鷹の生首が
転げ落ちていた。
このような手口は裏世界の輩が恫喝する手口の
常套手段であることを知っている。

(すでに局内にもジェイコブの息が掛かってる
手合いの者が居る。)

と、トーマスは悟った。

(こいつァ . . . すでに俺は狙われているな。)






           《つづく》
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