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ロング・キャトル・ドライヴ  第六部 連載 2/4「甦ったフライング・ハイ」

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これまでのあらすじ

ガットリンバーグへ向かう道中
アパラチア山脈の麓の街
ノックスビルに到着するなり
街中で発砲騒ぎが起こる。
標的はフェルディナンドとユーレク
だった。

フェルディナンドとユーレクの少年二人が
ナッシュビルの街から出発した時に話は遡る。



ナッシュビル
デイヴィッドソン郡保安局にて__


トーマス・オーウェンは
長年に渡り腑に落ちなかったことがあった。

30年前のサザン・ベル溺死事故である。

当時、ソフィアの供述や病院内の目撃者も居り
その真相については
ヒューゴなる人物が何らか関与していると
当時から捜査していた。

アレクサンドラを取り巻く
もう一人の男ジェイコブ・ロバーツについて
当時からトーマスは不審に感じていたし
巷でのジェイコブの素行も評判は芳しくなく
事情聴取をしようとした矢先のところで
上層部からの指示によって
「事故として扱うように。」
沙汰止みとされた。

詳しく調査出来ず仕舞いであることが
長年の心残りであった。


そして
今回、二人の少年達が引き上げた
ヒューゴは亡骸となって発見されたのだ。

ヒューゴの遺体は
メディカル・エグサミナー《検死官》の
司法解剖にかけられて
トーマスはその結果報告を興味深く見ている。

長年にわたる遺棄されていた亡骸のため
見た目かなりの腐敗が進んでいたものの
不思議なことに肺には溺死を示す胸水が見られない。

(この保存状態は奇跡と云っていい。)
とトーマスは報告を読みながら驚いていた。

さらにつづけて

頭部、左大腿骨に
打撲と見られる骨の損傷が多く見られ
特に頭部は陥没するほど強打されたのか
頭蓋骨の一部が黒ずんでいた。

つまり溺れる前に既に死亡しており
死因は激しい外傷によるもの

と報告された。


また遺留品から軍隊手帳が見つかり
南軍テネシー軍所属のユーゴー・サン=シモン
と身元が判明した。

死亡する直前まで足を負傷しており、
野戦病院で療養中の記述が記録されていた。
手帳の日付は奇しくもアレクサンドラが
溺死体で発見された前日まで記載されていた。

そして指輪の刻印を示す
アレクサンドラとヒューゴの関係
ソフィアの供述から恋仲であることを
聴かされている。

おおかたの予想では二人は心中を図ったかと
思われていたのだが

(死因が違う?
二人が心中でなかったとすれば . . . )

ヒューゴは何者かに殺められたのであろうか?

この元保安官である老人は考えを巡らせる時
普段は温厚で飄々とした人物なのだが
いざ集中すると眼光に鋭く凄みのある
目つきに変わる。

これは事件を追う時に見せるトーマスの癖で
わずかな糸口から一気に真相に迫る
鮮やかな事件解決の手腕から
獲物を狙って空から襲いかかる鷹に例えられ
フライング・ハイFrying highと言う二つ名で呼ばれた。

(アレクサンドラについては事故ではなく
やはり事件に巻き込まれてしまったのか?)

トーマスの頭の中で点と点がつながった。

その捜査線上には以前から目を付けていた
南部の富豪ジェイコブ・ロバーツ氏の容疑が
浮かぶのであった。

彼らのような上流階級の人間は
政治権力ともつながっており
触れてはならぬ聖域にメスを入れるようで
一介の保安官の力では及ばざる
境界の向こう側にはただならない報復が
付きまとうであろう。




トーマスは
何故かソフィアの知り合いだと名乗り出る
突然現れた少年二人の申し出により
荼毘に付されたヒューゴの遺骨と
遺留品の指輪を手渡した。

その純粋無垢な心根の優しさに触れて
古参の元保安官はかつての"たぎる情熱"を
思い出した。

そしてトーマス自身は
事件を結びつける遺留品は必ず上層部によって
揉み消されることを悟っていた。

トーマスの前に現れたこの少年二人は
まるで神が差し向けた運命の出会いのように
不思議な運命に導かれているように思える。

かつてのもう一人のサザン・ベル__
ソフィアやエイプリルレイン家の
無念を晴らせるのは
彼ら二人以外には考えられなかったのだ。

未来とは__
目に見えなくとも何かを信じられる力

元保安官としてのキャリアの晩節にあって

(人が正しく生きる道に他ならぬ。)

トーマス・オーウェンは少年二人を見送った後
ヒューゴ・サン=シモンの件を殺人事件とし
真実を白日の下に晒すため捜査を開始した。

過去のサザン・ベル溺死事故から調査続けて
この度のヒューゴの死因と遺留品
それらから結びつける事象に関与している
数々の証言から
ジェイコブ・ロバーツ氏の逮捕に
踏み切るのだった。

(権力に屈することはあってはならない。)

トーマスの眼光は鋭く光っている。まさに獲物を狙う鷹のようであった。





ミシシッピ州 メンフィス郊外
ロバーツ邸にて

「ご主人様ァ!大変です!」
執事は息を荒げて
主人の居る部屋の扉をノックする。

「何の用だ。」
部屋の奥から主人の声がした。

「ご主人様に州公安局より来客です。」と
執事は回答する。

「何だァ?俺は取り込み中なんだ。
小役人どもは追い返してしまえ。」
と部屋の中で主人が怒号を発する。

(やれやれ . . . いつものヒステリックだ。)
執事はいつものことながら、なだめるように
「州保安局長のブラウン様が緊急とのことで
お越しになっております。」

しばらく無言の時間があり
ほどなく、女性が身だしなみを整えるのも
そこそこで大急ぎで部屋を追い出された。

「‼︎」

女性と一瞬鉢合わせしたが
彼女は気まずそうに気を取り直して
「ごめんあそばせ。」
と云ってそそくさと退散した。

「入れ。」と主人の声がする。

部屋の中では
書斎とベッドルームが隣接しており
ベッドルームの片隅には、何やら怪しげな
拷問器具のようなものが散乱していた。

この猟奇的嗜好のある主人__
ジェイコブ・ロバーツは身だしなみを整え

「州保安局長が直々とあらば
仕方がなかろう。」

冷たく低いくぐもったヽ ヽ ヽ ヽ ヽ声で

「なにごとであるか。」

不機嫌そうに
玄関ホールに向かうのであった。






          《つづく》
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