ロング・キャトル・ドライヴ 第一部 連載2/4 「旅立ち」
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これまでのあらすじ
ユーレクは初めて声を発した。
「ここには俺の商売道具が入ってる。
だが指一本触れてみろ容赦はしないぞ。」
そう言うなり、リーダー格と思しき男の
胸ぐらを掴み、片手で軽々と持ち上げる。
圧倒的な力だった。
ユーレクは続ける。
「何のことか知らねえが、この界隈で
問題を起こすなら、俺が相手してやる。」
リーダー格の男は持ち上げられたまゝ
「は. . . 離せ. . . 苦しい. . . 。」
と呻いている。
その時だった。
警察官が巡回してきた。
「よぉ!ユーレクじゃないか。
どうしたんだい?そいつらは?」
ユーレクに持ち上げられた以外の連中は
散り散りになって、その場から逃げた。
ユーレクは男をゆっくりと下ろし、
「お前さんの探している奴さんは
ここに居るぜ。」
と言って、俺の頭に被せていたバケツを
取り上げた。
「で、こいつに何の用があるんだ?」とユーレクは男に訊ねる。
「な、何もねえよ。」と言い、
男はそそくさと退散するのだった。
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「ありがとう!助かったよ。
俺の名前はフェルディナンド。
あんたの名前は?」
「俺はユーレクだ。って知ってるよな?
会うのは二度目だもんな。」
ユーレクと顔見知りの中年の警官は
キーンと言った。
「わしは、ユーレクの近くに住んでるのさ。」
と強いアイルランド訛りで云った。
「キーンさん。今日は助けて下さって
ありがとう!」
と俺は礼を云った。
「いやなに。大したことしてないさ。
お前さんも災難だったな。
ここら辺は、ああいった連中の巣窟さ。
だかな、このユーレクは苦労人のイイ奴さ。」
と云ってユーレクの肩をポンと叩いた。
ユーレクは
「そうだ。お前に相談したいことがある。
宝石商の倅なら何か
解らないか?」
と云って懐からあの石を取り出した。
「あっ!あの例の紅色のヤツか?」
と訊ねると
「そうなんだ。実に不思議じゃないか?」
とユーレクは嬉々として碧緑色をした
不思議な石を眺めている。
「多分だけど. . . アレキサンドライトだね。」
と俺は答えた。
「ウチの親父も知ってたはずだ。
そいつはとても希少な宝石なんだ。
ガーネットじゃねえよ。そいつは。」
ユーレクはフフと笑って
「お前の親父さんにすんでのところで
安値に叩かれちまいそうだったぜ。」
アレキサンドライト__
近年、ウラル山脈で発見された
色が変化する宝石で、
皇太子の名前にちなむ。
「しかし、これほどの色変化するのは
お目にかかったことないぜ。」
と俺はユーレクの持っている石を
しげしげと眺めながら、
「どうだ?そいつは磨きをかけりゃ
超一級品の宝石になるぜ。
メキシコ国境付近のツーソンって街に
最高の研磨職人がいるんだが。」
とおよそ俺が知っている限りの情報を伝えた。
しかし、遠路で2300マイルある。
幌馬車で40日くらいは掛かる見込みだ。
ユーレクは少し考え込んだ素振りを見せたが
「ちょっと俺の家に寄ってくれないか?」
と言った。
「あゝ、いいとも」と即答した。
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ユーレクの家に着いた。
ユーレクの母親エリザベスが
出迎えてくれた。
「母さん、ただいま。」
「あゝ、ユーレクおかえり。
あら!そこにいるのはランスキーさんの
息子さんでないかい⁉︎
お前!いつの間にこんな立派な方と
お知り合いになったんだい?」
エリザベスは愛らしい眼を円くして驚いている。
「さあさぁ、どうぞ。こんな汚いお家ですが
くつろいで下さいな。」
と満面の笑みで迎えてくれた。
ユーレクのおふくろさんのエリザベスは
薄化粧をし、身なりを整えて
暖かい手料理を作ってくれた。
気さくで話しも面白く
屈託のない人だった。
食事にはキーンも相伴させてもらっていた。
他愛のない話しから
垣間見えたのは
リズ(エリザベスの愛称)やユーレク、
そしてキーンの家族も
敬虔なカトリック教徒だった。
彼らは日曜日になっては
教会で祈りを捧げる。
心底、神を畏れ、健気に生きている
善良な心の持ち主だった。
(この世に、こんな健気な人達が居るんだ。)
俺はユーレクが羨ましく思えた。
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リズは女手ひとつでユーレクを育てた。
リズはウォーターフロント近くの
貧相なスラム街に居を構えている
売春宿で働いていた。
港にやって来る船員相手に
リズは懸命に奉仕をして
爪の先を灯すように暮らしぶり
を支えていた。
そんな環境もあって
ユーレクは6歳の頃には
既に牛乳配達をしていたと云ふ。
まだ幼かったユーレクは
重い牛乳瓶の詰まった自転車を
その小さな躰で必死に押していた。
時に街に出ると、
心ない少年たちがユーレクに
罵声を浴びせかける。
「お前の母ちゃん、デ・べ・ソ!」
ユーレクは悔し涙に暮れながらも
グッとガマンをしていた。
(ボクの母ちゃんはボクが守るから。)
ユーレクとはそういう少年だった。
ユーレクの目下の夢は__
「この不思議な石を研磨して、
おふくろにイイ暮らしさせてやりてえな。」とツーソンへの旅を夢見ていた。
そう。彼は常に利他の心を持っていた。
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リズは少し遠くを見つめて
「ユーレク?お前はアタシの誇りだよ。
ランスキーさんとお行きなさい。
若い内に広い世界を観るんだよ。」
キーンのおやっさんも頷いて
「リズの言う通りだ。ユーレク、
留守は任せておいてくれよ。」
「決まりだ!ユーレク。
俺とお前でロング・キャトル・ドライヴ
に出発だ!」
と俺は促すと
ユーレクは涙を流していた__ 。
《つづく》
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