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ロング・キャトル・ドライヴ  第四部 連載4/4「枯葉」

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これまでのあらすじ

ジェームズは
「軍隊に帰属するなら娘を娶らせる。」
虚々実々の巧みな交渉の末、
ヒューゴは南軍へ帰属する。
その真意を計りかねる姉妹

ジェームズは言動を翻し、
娘達の社交界デビューを画策する。

ヒューゴとの約束など元々守るつもりすら
無かったことを知る。

非道な一面を見せるジェームズ

傷心のアレクサンドラは
迷いを吹っ切るように
或る決心を固めつゝあった。


アタシ達双子姉妹が社交界にデビューしてから
ほどなくして、縁談が殺到するようになる。

光は輝くほどに、影もまた濃くなる__ 。

アレクサンドラは後悔していた。
あの舞踏会で知り合ったジェイコブが
執拗に執着してくるのだ。

ジェイコブはたびたび家に訪れるのだが
アレクサンドラは関わるまいと居留守を使い
無視を決め込んでいた。

「ねえ?ソフィア。
わたしが居なくなってもビックリしないで。」
とアレクサンドラが云う。

「えっ?突然どうしてそんなこと云うの?」
と問い返す。

「このまゝだと . . . ロバーツさんとの縁談
父上様に押し切られてしまうのよ。」
とアレクサンドラは思い詰めていた。

「ジェイコブさんのことね?
凄い大金持ちの御曹司だから、
父上様が話を進めたがっているみたいね?
アレクサンドラはあまり気乗りしないのね?」
と訊いてみた。

「わたし . . . ヒューゴさんのことが
ずっと頭から離れないの。」
とアレクサンドラは涙ながらに告白する。

「そうね。ヒューゴさん、
あれではあまりにもお気の毒だわ。」
アタシも同感だった。




ジェームズがかつて経営していたホテルは
南軍へ提供し、
現在では野戦病院として利用されていた。

ある日、病院が人手不足ということもあり
ジェームズは家中の使用人から何人かを
応援に出した。

また、慈善事業家としての面子を保つため
アタシ達姉妹を慰問の目的で訪問するように
云い渡された。

アタシ達は父上様の命を請け
病院に到着すると、
野戦病院の中は予想以上にごった返していた。

戦場で怪我をした兵士に付き添う者
到着した物資の分配をする者
野戦病院の清掃をする者

ありとあらゆる仕事を
こなさなければならない。

アタシ達姉妹は、傷ついた人達に
声を掛けたり、話を聴いては慰めたり
包帯を巻く、食糧の提供など雑務の応援を
手伝った。

アタシは
(屋敷の窓奥深くに暮らしているよりも
こうしてたれかの助けのために施す方が
性に合うみたい。)

その時である__ 。
見覚えのある顔を見つけた。

ヒューゴであった。

アレクサンドラは
「ヒューゴさん ⁉︎」
と云って駆け寄っていった。

ヒューゴは
アレクサンドラやアタシ達の姿を見ると
そそくさと足早に立ち去ろうとした。

「待って!お願いだから . . . 。」
とアレクサンドラが声を掛ける。

ヒューゴは一瞬立ち止まる素振りを見せ
しばらく考えている様子だったが
振り返ることなく、背中を見せたまゝ
立ち去ってしまった。

アレクサンドラは
その場にしゃがみ込んでしまった。
嗚咽が止まらないまゝで__ 。




ヒューゴは
南軍ジョン・ベル・フッド中将率いる
テネシー軍に配属されている。

戦況は日に日に北軍有利の状況であった。

ヒューゴは衛兵として、前線と本営の伝達を
任されていた。

(エイプリルレインさんとの約束がある。)

ジェームズ曰く
「娘を戦争未亡人にする訳には行かぬ。」
と釘を刺されていたからだ。

(たしかに一理ある。)
ヒューゴはもっともだと思っていた。

(戦争が終わるまでは生き延びなければ。
今は我慢のしどころなのだ。)

ヒューゴはそうやって
自分に言い聞かせていた。




ヒューゴとの思いもよらない再会を
果たしてからというもの
アレクサンドラは来る日もくる日も
ヒューゴが野戦病院に現れることを
期待して通い詰めていた。

また、一方では
ジェイコブも事あるごとに
エイプリルレイン家に立ち寄っては
アレクサンドラとの面会を希望してくる。

しかし、ジェイコブにとっては
アレクサンドラはいつも留守で
取り付く島もなく、なしのつぶてである。

ジェイコブは
ついに堪忍袋の緒が切れた様子で
「アレクサンドラは何処に居る?」
と執事に凄んでみせる。

この男は元来、何不自由ない環境で
我儘の限りを尽くして生きてきた。

(俺になびかない女は居ない。)

アレクサンドラのような
思い通りにいかない女は
今までに出会ったことがなかった。

それ故に、この男の欲望を一層と駆り立てる。

異様な執着心であることは
傍目に見ても感じられた。

エイプリルレイン家の執事は
この危険極まりない御曹司を
これ以上、放置することは出来なかった。

(ご主人様に知らせなければ。)

一方、ジェイコブは
アレクサンドラに会わせてもらえないことで

「ロバーツ家の名誉に泥を塗った。」

と激しくエイプリルレイン家の対応を非難し、
アレクサンドラと会うために
ロバーツ家の下僕たちを使って探し出す。

"可愛さ余って憎さ百倍"と云ふことわざがある。

まさに、この男の感情は__
舞踏会で抱いた胸のときめきから一転し、
いつの間にか、どす黒い感情で渦巻いていた。




ある雨降る日のこと__
アレクサンドラはいつものように
ヒューゴと再会するために病院に行く。

相変わらず病院は
人いきれ````でむせかえるように慌ただしかった。

その時である。
ひとりの負傷兵が担架で運び込まれた。

ヒューゴであった。

彼は前線で足に傷を負ってしまっていた。
命に別状は無いものの歩くことが出来ずにいたのだ。

アレクサンドラは担架に駆け寄り
「ヒューゴさん!やっと逢えた。
なのに . . . 怪我をしてしまってるのね?」

ヒューゴはアレクサンドラの献身的な行動に
観念したのか、本心を打ち明ける。

「黙っていてゴメン。
戦争が終われば__
僕は君にプロポーズをしたかったんだ。」
とヒューゴはアレクサンドラへの想いを
打ち明けるのだった。

「わたしもよ。ヒューゴさん!
ずっとこの日が来るのを待っていたの。」
アレクサンドラは
笑顔を見せながら落涙していた。

それからアレクサンドラは
家に帰ってこなかった。

彼女はヒューゴの側で看病を続けているのだった。

ヒューゴは幸いにも傷はあったものの快活さを
失うことはなく
次第にヒューゴも彼女の人柄に
強く惹かれてゆくのだった。

アレクサンドラは
ヒューゴから聴くパリの街並みの話が
大好きだった。

都会の憧憬に想いを馳せながら
「この戦争が終わったら__
パリの街を案内してやるさ。」

そして、名残り惜しそうに
「しかし、傷が癒えたら
僕は隊に戻らなければならない。」

アレクサンドラは
「いや . . もう少し一緒に居て . . . 。」

ヒューゴは無言で
きつく躰を抱きしめる。
そしてヒューゴはアレクサンドラに口づけを交わす。

ふたりのためだけに時が止まる__

キスをしている間
ふたりはシャンゼリゼ通りを共に歩み
モンマルトルの丘から観る
茜色から薄紫に染まる空の下で
パリの街中に煌めく幻想的な灯火のように
ふたりの愛が燦々と輝く。

いつしか、ヒューゴとアレクサンドラは
熱い抱擁を交わす。

ふたりの間に幸せの絶頂が波打つように
流れていくのを感じる。

ヒューゴの胸に頭をもたれかけ
アレクサンドラはこの上なく幸せを感じる。

(もう、わたしを離さないで__ 。)

夜の帳は落ちていった。




ジェームズは執事から
「ジェイコブは異常者かも知れない。」
と話を聞いた。

ジェームズは
「ソフィア?
アレクサンドラはいつも何処に居る?
お前が知っていることを教えてくれないか?」

アタシは
「ごめんなさい。知らないの。」

アレクサンドラが
ヒューゴとの逢瀬を叶えるために
足繁く野戦病院に通っていることを
黙っていた。

アタシとヒューゴとの関係は
姉ほどには思い詰めることは無かったし、
アレクサンドラに忖度する訳ではなかったけど
姉の一途な想いに心を打たれて
距離を置いて見守ることにした。 

(これでいいんだわ__ 。)

窓の外には秋の終わりを告げる
一枚の枯葉が枝にしがみついている。

北風が運び去るのを見届ける__ 。

ゆっくりと 音もなく
ヒューゴへの想いは
胸の中から消し去っていくしかなかった。

(アレクサンドラ . . . お幸せに。)

この時、アレクサンドラを襲った悲劇を
アタシは知る由もなかった。



        《第四部 完》
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この物語はフィクションです。
登場する人物は実在の人物と何ら関係がありません。

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