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ロング・キャトル・ドライヴ  第二部 連載4/4 「綿摘みの詩」

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これまでのあらすじ

山賊に襲われたフェルディナンドとユーレク

二人を助けたのは人里離れた山小屋に住む老人だった。

深手の傷を負った老人を看病する二人

街の人々から"肝喰いクロウ"と老人は怖れられていた。





1862年 ルイビル

エレミヤ・"クロウ"・ジェファーソン
の話に移る。

彼はアフリカ系の純血で、ルイビル郊外のプランテーションで雇われている
いわゆる奴隷労働者であった。

ルーク・アレン・シューメイカーと言う
大地主のプランテーション経営者の下で
雇とわれていた。
エレミヤは他のアフロ・アメリカンの仲間達と
良く学び、働き、良く遊んだ。

シューメイカー家は他の大地主とは違い、
召し抱えた者たちの待遇を家族同様に扱った。

美味しい料理が並ぶ食卓を共にし、
収穫を喜び、綿花は飛ぶように売れていった。

豊穣の恩恵は大いなる富をもたらした。






広大にどこまでも続く綿花畑に
爽やかな初秋の風が吹き渡る。

「エレミヤ!ふわふわのコットンだよ!」

エレナは地主シューメイカー家のひとり娘で、
4歳になったばかりである。

朔果したコットン・ボールの実が
弾けているのを見つけると、
ふわふわの綿毛を小さな手のひらに乗せて
はしゃいで走り回っている。

「お嬢様!その綿毛を授けてくれますか?」
綿毛と戯れるエレナに優しい声をかける。

エレナは
「はい!エレミヤにあげゆ!」
小さな手のひらを差し出して
ニッコリと微笑む。

エレミヤは
「お礼をしましょう。」
と、器用に野の花で花かんむりを拵えて
エレナの可憐なブロンドの髪に
そっと戴せてみせる。
「エレナお嬢様。お似合いでございます。」

「わぁーい!エレミヤありがとう!」
エレナは満面の笑みを見せるのだった。

今年もそろそろ収穫の時期が来る。

俺たち下働きの者たちが
総出で綿毛を手摘みする、この時期ほど
美しく壮観な眺めはないであろう。

この世に永遠というものがあるならば__ 。




この頃、国を二分する内戦が勃発していた。

やがて、奉公しているプランテーション経営も
戦禍に呑み込まれてゆく。

北軍が東海岸を制圧し、
綿花の輸出が途絶えてしまったのだ。

以前のように、
一緒に食卓を囲うことがなくなり、
トウモロコシを少しづつ分け与えられる
粗末な物へと代わっていった。

それでもクロウは
遮二無二に奉公を続けていた。

(俺は全身全霊を傾けて、最後の血の一滴まで
この方にご奉仕しよう。)

と、エレミヤは決心していたのだ。

ある日のこと
情勢はルイビル界隈にまで及び
軍同士の衝突が続いていた。

雇い主のルークは
「エレミヤ。今まで我が家に仕えてくれて
本当に感謝している。
だが、今のままでは経営は立ち行かない。
わかってくれるな?」

「旦那様?このエレミヤは今まで大変
可愛がってもらいやした。
私はこの大地の塩となって、
身を捧げるつもりでございます。
後生ですから、私をお雇い下さいまし。」
と懇願するエレミヤであったが、

ルークは首を横に振り、
「荷物をまとめるんだ。」
と状況は変えることが出来ないと
諭すのであった。

それから数日後__

「エレミヤ?ホントに行っちゃうの?」
エレナは泣き喚いていた。

「エレナお嬢様。
エレミヤは果報者でございます。
あと数日したら私は旅立ちます。
遥か彼方のお空より、お嬢様の幸運を
お祈りしております。」 
と微笑みながら言い聞かせるのだった。

(エレナお嬢様. . . 。)
運命と云ふものは、時に残酷である。






エレミヤが旅立つ前日のこと、
エレナの姿が見当たらない。
綿花畑に行ったまゝ帰ってくる気配がない。

シューメイカー家は、すでに奴隷労働者に
暇を出しており、
エレナの両親であるルークとキャサリン、
祖母のローズと家政婦のセリーヌ
そして、エレミヤを含めて
合計5名を残すだけだった。

脚の悪いエレナの祖母ローズに留守を任せ、
ルークとキャサリン、家政婦のセリーヌと
4人で、広大な綿花畑で
迷っているに違いない
エレナを捜索した。

秋が深まるにつれ、乾燥し身が切れるような
寒さになる。

(エレナお嬢様。寒かろう?寂しかろう?)

エレミヤは明日発つことも忘れ、懸命に
エレナを探し出す。

「エレナお嬢様ーっ!」

その時、パンと銃撃音がした。

慌てて音のする方に行くと、
そこにはエレナが血塗れで横たわっていた。

(こ、これは一体?)

一目瞭然な程にエレナの腹部は
撃たれたばかりの銃創がある。

エレミヤは気が動転し、止血しなければと
両の掌でエレナの腹部を必死に押さえていた。

嗚咽が止まらない__。
生温く流れる血を懸命に止血する。
エレミヤは凄惨なエレナの姿を見て
嘔吐を繰り返し、口元を血塗れの手で拭う。

今度は葉擦れ音と共に
馬が駆ける足音が近づいてくる。

騎兵隊員が到着して発見したのは、
掌と口元を血糊で真っ赤にしたエレミヤが
懸命に止血をしている姿だった。

だが、騎兵隊は夥しい血糊を口元につけた
エレミヤを見た瞬間、
人間の生肝を喰らうおぞましい光景に
見えてしまったのだ。

「お、お前?食べたのか. . . ⁉︎」
騎兵隊員も気が動転し、
慌てて銃口をエレミヤに向ける。

「違う!俺は何もしていない!」

内戦の小競り合いがこの地にまで及び
運悪く流れ弾にあたってしまったのだろうか。

エレミヤの弁明は届かずじまいに__ 。

運命の歯車がギシギシと音を立て
容赦なくエレミヤから幸せを
奪っていくようだった。

エレミヤは無実の罪で北軍に連行され、
戦争捕虜となった。

そして、南北戦争が激化していく中で、
エレミヤは常に戦場の最前線へと
駆り出されゆくのだった。

(いっそ、死にたかった。俺の人生は__
絶望の闇だけが広がっていた。)

一瞬にして、運命の落とし穴に嵌まったのか
エレミヤは、常に捨身で戦場に臨んだが
皮肉なことに、戦果を上げていく。

北軍の連中からは、過去の経緯から
"肝喰いクロウ(カラス)"と揶揄され
敵軍にもそのおぞましい噂は広まり、
両軍から怖れられる存在となった。

しかし、戦争が集結すると
"肝喰い"のレッテルを貼られたまゝ
世間から忌み嫌われ、人里離れた山奥で
人目を忍んで生きて行かざるを得なかった。


ここまでがエレミヤ__
すなわち、クロウ老人が語った内容である。






爺さんの憐れな過去に
俺は涙が溢れて止まらなかった。

「ひどい誤解だ. . . なんてことなんだ!」

ユーレクも俯いて拳を握りしめて
涙を流していた。

クロウ老人はすっかり話し終えると
少年たちの純真無垢な涙に触れ
心を覆っていたどん底の暗闇から

かつて愛して止まなかった
一面の綿花畑のような晴れやかな風景へと
心が洗われていくようだった。

クロウ老人は
「これは俺が与えられた運命なのだ。
だけどな、お前たちに会って
久しぶりに人の温かみに触れられたよ。
主の導きに感謝いたします。」

と微笑み交じりに俺たちを抱擁をする。

クロウ老人の黒く分厚い手のひらから
情愛の念が脈打つように二人に
伝わってきたのだった__。






翌朝、すっかりと元気を取り戻した老人は
俺たちの出発のはなむけをしてくれた。

「もう俺はこの先長くない。
だけど、お前たちは若い。
幸せの一粒が万倍へ広がる可能性がある。」

クロウ老人はそう云って、綿花の種を
手渡してくれた。

「爺さん!達者でなー!」
俺たちは手を振って別れを惜しむ。

次はナッシュビルへと向かう。
俺たちは不思議な夢によって導かれたのか。

人の一生と云ふものは
常に何が起こるか解らない。

「なぁ、ユーレク?
夢で見たユニコーンって、
もしかすると、あの爺さんなのかな?」
と訊いてみる。

ユーレクは
「俺もそう思ってたんだ。
"人間万事、塞翁が馬"ってやつよ。」
と誇らしげに俺に説明する。

「何?それ?どういう意味?」
と訊いてみると

「昔、母さんから聞いたんだ。
人生ってどう転ぶか解らないって、
古いシナの国のことわざさ。」
とユーレクもイマイチ解っていなかった。

「見ろよ、フェルニー!ほら!」
とユーレクが指を指す。

そこには、白く美しい綿毛が風に揺れる風景が
どこまでも続いていたのだった。




      第二部 《おわり》
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この作品はフィクションです。
登場する人物名は、実在の人物と何ら関係はございません。

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