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ロング・キャトル・ドライヴ  第一部 連載3/4 「グリズリーの親子」

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これまでのあらすじ

不良に追われたフェルニーを助けたのは、
ユーレクとキーンであった。

ユーレクの持つ不思議な石について
フェルニーは優秀な研磨職人の加工を提案する。

母リズとキーンの進言の下、二人の
ロング・キャトル・ドライヴの旅が始まる。


俺たち2人は生まれ育った
ボルチモアから出発する。

俺は親父には、「しばらく旅に出る。」
とだけ云った。
家の女中に頼みこんで
幌馬車や旅支度の一切を段取りした。

旅の無事を祈るために
俺とユーレクはリズとキーンの四人で
教会に向かう。

教会で祈りを終えた後、
リズはユーレクに銀のロケットを渡した。

「神のご加護があらんことを__ 。」

ユーレクとリズにとっては
生まれて初めての惜別の時だった。
心静かに別れを惜しむ。

「元気でねー!」
リズは手を振って見送ってくれた。

キーンは教会の鐘を鳴らして
旅立ちを祝ってくれた。

幌馬車が動き出しても、俺たちは
いつまでも手を振り続けていた__ 。






俺とユーレクの共通点と言えば
ルーツがポーランドからの移民だった。

俺の親父は大酒呑みであった。

おふくろは早くに亡くなっていて
豪放磊落ごうほうらいらくな親父は若いメイド達に
手を付けては色欲沙汰が止むことがなかった。

しかしながら、
親父は商売上手で名が通っており
ヨーロッパから運びこまれた宝石を
街中の金持ちに売り付けていた。

親父の鑑定眼は確かだったようで
ロードアイランドに別荘を持つ
セレブ達にも注文があったほどだ。


俺と言えば、
経済的には何の気苦労もなかったが

およそ母親と云ふものを知らず
親父の手付けのメイドが義務として
情と云ふものを感じられることもなく、
無味乾燥に育てられた。

ガキのころから勝ち気で
生意気だったこともあり、
いつも親父からの仕置きで
生傷の絶えない少年だった。

誰も俺のことを愛してくれなかった。
いつか家出をしたいと感じていた。

そう__。
俺は、愛情に飢えていたのだ。


それに比べると、
ユーレクの家は貧乏ではあったが、
神を信じ、素朴だか愛に溢れている。

俺にはない、彼の持つ人間性に、
俺は惹かれていたのかも知れない。




俺たちはまるで違う境遇で育ったがウマが合った。

ボルチモアでの生活から一転し、
心が解放されたかのようだった。 

俺は御者台で馬車を操り、
ユーレクは馬に跨って進む。
見晴らしの良い景色を眺め、
心地良い風に吹かれるように。

道中はお互いの想いを腹臓ふくぞうなく語り合った。


アパラチア山脈の峠を越える道中、酷い雨に見舞われた。

このまま旅を進めるには
天候も厳しそうだった。

「ユーレク!今日はこの辺りで
一息ついた方が賢明だな?」
と御者台から声を掛けた。

ユーレクは馬上でテンガロン・ハットから雨を滴らせながら
しかめっ面をして頷いた。

「あゝそうだな、フェルニー!
 ここいらで休むとしよう。」

空き家となっている掘立て小屋に
風雨を凌ぐため雨宿りした。

びしょ濡れになった俺たちは
馬たちを休ませるために
馬房に繋ぎ留めた。

俺たちはすっかりと
躰が冷えきっていたので
温かい食事を摂ろうと
軒下で薪を焚いてチリコンカン※を作った。

※豆、野菜、肉の煮物

俺とユーレクは
温かいチリを頬張りながら
旅の疲れを癒し、暖をとった。

ミルで豆を挽き
薄めのコーヒーを淹れて
ようやく一息ついた。

マグカップから
ほのかな湯気が立ち込める。

湯気ごしの向こう側に居る
ユーレクは帽子を目深に被り、
眠りについているようだ。

いつしか俺も
毛布に包まり目を閉じた。






「起きろ!」
ユーレクが鋭く低い声を発した。

小屋の外で物音が聞こえる。

「たれか居る. . . ⁉︎」

どれくらい眠っていたのだろうか?
辺りはすっかりと夕闇が落ちていた。

俺とユーレクは目を見合わせて
息を潜め、用心深く窓の外を見る。

暗がりの中で何かがうごめいている。

雲間から月明かりが照らした時、
そこに居たのは手負いの子熊だった。

かなり弱っていたので、近づいてみると
身体のそこいら中が爪で引っ掻いたような
傷があった。

グリズリー《ハイイログマ》の習性は
子熊は通常は母熊と群れを為している。

オスの熊は一切面倒を見ないどころか、
時に子熊を襲うことだってあると云ふ。

この子熊もどうやら父熊に襲われたのだろうか?

俺はこの子熊に自分の境遇が重ねて見える。

「なぁ、ユーレク?この子熊. . . 手当をして
やりたいんだけど。」
と俺は云ふ。

ユーレクは少し黙って考え込んだが、

「わかった。ただ親熊が来るかも知れない。」

掘立て小屋の少し離れた所に
犬小屋のような小さな小屋を拵えて
子熊が回復するまでの間、
エサを与えることにした。

グリズリーは人間と同じ雑食性だ。

俺たちの食事を少しずつ残して、
子熊に与えると、
余程、腹が空いていたのかペロリと平らげた。

子熊は3日もすると、すっかり元気になった。

子熊は俺たちにすっかりなついていた。
しかし、いつまでもここに居るわけには
いかない。

「ユーレク?
俺のわがままを聴いてくれてありがとう。」

子熊も元気になったこともあり、
明日の朝に出発することを決めた。






翌朝、目を覚ますと
子熊は居なくなっていた。

最後のエサをやろうとしたが、
子熊の方から自然へと還っていったのか。

ユーレクは俺の肩をポンと叩き
「フェルニー。行こうか?」
と澄んだ瞳で俺を促した。

「あゝ、では出発だ!」
俺たちは、ピッツバーグに向けて
幌馬車を走らせた。

その時、馬上からユーレクが
「フェルニー!あすこを見ろ!」
と叫んだ。

あの子熊と母熊が
草原の向こうで佇んで、こちらを見ていた。


「フェルニー!きっとお前に礼を
言いに来たんだよ!」
と御者台の俺に向かってウインクをした。

俺は
「まるで、リズとユーレクみたいだな!」
と、皮肉交じりにからかって見せた。

「アハハハ!」
俺たちの笑い声が
アパラチアの風と共に響いていた。

幌馬車は次の目的地、ピッツバーグを目指す。


グリズリーの親子たちは
俺たちの姿が見えなくなるまで
いつまでも佇んでいた__。



          《つづく》 
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