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ロング・キャトル・ドライヴ  第三部 連載3/4 「アルビノの双子姉妹」

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これまでのあらすじ

ウッドランド通り橋を渋滞させていた
牛の群れを誘導することに成功し、
ナッシュビルの街への往来を
復旧したフェルディナンドとユーレク

一方で、事故により頭部を強打した
牛追い業者フランシスコ・ディアス
(通称:パコ)は
別人格である少女ソフィアと名乗るのであった。


ユーレクはかがみ込むようにして、
泣き出すソフィアをなだめている光景は
傍目から見ると滑稽に映るかも知れない。

大人である中年男性がさめざめと泣いていて
少年が頭を撫でて慰めているのだから。

ユーレクはとても親身になって
ソフィアの話す言葉に耳を傾けていた。

「アレクサンドラって、君の双子姉妹かい?」
とユーレクが訊ねると

「そうなの。アレクサンドラはアタシにとって
双子の姉なの。」
とソフィアは話し始める。

「許してって . . . いったい何かあったの?」
とユーレクは問いかける。

ソフィアは首を振り
「ううん . . . 。何でもないのよ。
優しくしてくれてありがとう。
貴方たちのお名前は?」

ユーレクは
「俺はユーレクっていうんだ。
そして、こいつはフェルディナンド。
フェルニーって呼んでる。」

「あゝ、よろしくな。ソフィア。」と俺はユーレクの話の展開に合わせた。

今は中年馭者の姿をしているが、
どうも中身は育ちの良い令嬢といった風で
上品で繊細な物腰だったからだ。


二重人格__
たしか、そのような話を聞いたことがある。

子供の頃に読んだ「ジキル博士とハイド氏」
を彷彿とさせるような不思議な出来事が
現実に起こっているのだった。


カルロスは、にわかに受け入れ難かったことで
パコ叔父さんことソフィアのことは
俺たちがしばらく預かることで
諒承してもらった。




俺たち一行は
ナッシュビルのダウンタウンに到着した。

ナッシュビルは州制100周年記念万博が
数年後に予定されており、街の至る所で
建造物の工事が始まっていた。

そのこともあり、ナッシュビルの街は
職を求める労働者で賑わっていた。

カルロスたちが連れてきた牛21頭は
肉質が良いことと、この活気ある街での需要が
増えていたことも重なり、
思いのほか高値で売り捌けたらしく、
カルロスは上機嫌だった。

「パコ叔父さん。やったぜ!
高く売れたよ。」

しかし、本来は叔父さんであるはずが
今は違う人格の少女ソフィアであることを
うっかりと忘れてしまっていた。

およそ労働報酬とは無縁の価値観なのか
首をかしげるような仕草を見せるだけで
武骨な青年カルロスには
未だに心を開いていなかった。

俺はその場の緊張を感じ取り
「カルロス? すごいじゃないか!
テキサスからの長旅の甲斐があったね。」
と労った。

カルロスはニッコリと微笑んで
「助けてくれたお礼に今夜はご馳走するよ。」

カルロスは豪快なナイス・ガイであった。

ナッシュビルでも一番と名高い
マックスウェル・ハウス・ホテルの
レストランを予約してくれたのだった。

「ヒュ〜 ♪ 身嗜みだしなみを整えなきゃ!」
とユーレクは久しぶりのご馳走に
ありつける期待で心から楽しんでいるように
明るく振る舞っていた。

ソフィアは少し憂うような面持ちで
「マックスウェル・ハウス. . . 。」
と呟いて物思いに耽る。

(ソフィア . . . 。
お前はいったい何者なのか?)
俺は雰囲気を壊さないように気遣いながら
裏腹に心の中は謎で渦巻いていた。

ホテルに到着すると、コリント式円柱の玄関が
豪奢そのものであった。


スチーム暖房の効いた
暖かく心地良いメイン・ロビーには
至る所に贅が尽くされており
マホガニーの高級家具、黄銅の装飾、
目を見張るような煌びやかな鏡など
シャンデリアとガスランプの仄かな灯りに
照らされて気品が満ち溢れていた。

「さあて、危ない所を助けてもらって
感謝してるさ。
おかげさまで牛も高値で売れたし、
ほんのお礼だ!たんと召し上がってくれよ!」
カルロスは気前の良い若者だった。

前菜やステーキを頬張りながら、
テキサスから牛追いの道中は鉄道を使わず
俺たちと同じく、昔ながらの幌馬車による
移動だったらしくお互いの旅にまつわる
エピソードを交えながら談笑した。

ようやく気持ちも落ち着いたのか、
パコ叔父さんこと別人格のソフィアも
少しづつ心を開いているようだった。

ソフィアは生い立ちを話し始める。




・ 

1845年
ノックスビルの東へ32マイル離れた所に
ガットリンバーグと云ふ山あいの村があり、
そこにはヴァレリーと云ふ妊婦が住んでいた。

彼女の夫イーサンは、妊娠5ヶ月の時に
彼女の女友達であったカトリーヌと恋仲になり
彼女を捨てて駆け落ちしてしまった。

失意の日々を送っていたヴァレリーだったが、

(お腹に居る新しい生命は
なんとしても護らなければ。)
と、気丈に振る舞うのであった。

そんな彼女を憐れんで周囲の村人たちが
身重の彼女を支え合って、その暮らしを
保護していたのだった。

出産の前夜のことである。
彼女は不思議な夢をみる。

巨きな角を持つ白毛の馬が現れる夢だった。

美しい毛並みをしたユニコーンは
自らの鋭利な角で前肢の先を突いてみせる。

白い前肢から蒼白い月のように輝いた
血が滴り落ちる。

「我、汝を助けたもうぞ__ 。」
と頭の中で声が響く。

ユニコーンの意思に言うがまゝに
高々と前肢を上げた、
その下にヴァレリーは顔を仰向け
銀青色Azureの血滴を
その口に含むのだった。

ヴァレリーが飲み干したのを見届けると
ユニコーンはいなな
周囲の山脈の隅々まで、鳴き声が
響き渡ったかと思うと

不思議の夢の中で忽然とユニコーンは
その姿を消した__ 。

ヴァレリーは翌朝には産気づき
その分娩に立ちあった周囲の者は驚嘆した。

ヴァレリーは雪花石膏アラバスターのように
白く透けるような美しい肌の双子姉妹を
産み落としたのだった。

双子の姉妹は先天性のメラニン色素が欠乏した
アルビノであった。

母ヴァレリーは、
姉はアレクサンドラ、妹にソフィア
と名付けた。

村では美しい双子姉妹と評判になっていった。

噂は広まり、
隣町のノックスビルからわざわざ双子姉妹を
観に来る者まで現れるほどで

アレクサンドラとソフィアが天真爛漫に
山あいの草原を駆け抜ける姿を観た者は
「ガットリンバーグの双子姉妹の佇まいは
この世の天使が戯れているようだった。」
と云わしめる程だった。

彼女たちは日に日に美しく成長を遂げる。




「だけど、或る出来事が私たち姉妹を
離ればなれにしてしまったの。」

ソフィアは遠い目を潤ませるようにして、
語り始めるのだった。





          《つづく》
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