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ロング・キャトル・ドライヴ  第二部 連載3/4 「肝喰いクロウ」

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これまでのあらすじ

フェルディナンドの父:コンスタンティは
息子の不在を不審に思いはじめる。

ハウス・キーパーのオリヴィアに息子の
行方を追うように一任する。

そして、二人の旅は困窮を極めていた。


冷たい水滴が頬に当たる感覚で
俺は目を覚ました。

雨漏りのする納屋のようなところに居る。
一体、ここは何処なのだろうか?

昨夜、誰かに殴られてから
どれくらいの時間、意識を失ってたのか。
状況を把握することが出来ないでいた。

「おーぃ!ユーレク居るか?」

試しに呼んでみたものの返事がない。 

(やれやれ。一体どうなっちまったんだ?)

納屋の外へと出てみると、
昨夜から降り続いた豪雨は
すっかりと晴れ上がり清々しい空気だった。

どうやら現在、此処は人里離れた
辺鄙へんぴな山奥に居てるようで、
母屋と思しき山小屋が見える。



そろりと近づいてみると、
小屋の中から人の声が聞こえてくる。

「爺さん、大丈夫か?」
と聴き覚えのある声だった。

扉を開けてみると、そこにユーレクが居た。

「ユーレク?一体どうなってるんだ?」
と訊ねると

「どうやら、俺たちはあの橋の中で
襲撃されたところを、この爺さんが
助けてくれたんだ。」
とユーレクは云ふ。

身長6フィートを超える
黒い肌をしたアフリカ系の大男で
齢60歳くらいの老人が横たわって
おり、
熱にうなされて眠りについていた。

ユーレクが云ふには
「お前がノビている間に、俺は賊と
揉み合っているところを
この爺さんが助太刀をしてくれた。」
と顛末を話してくれた。

ユーレクは
「だがな。この爺さんは賊に傷を負わされて
今じゃ、この有り様さ。」

と老人のズボンの裾を捲り上げると
ふくらはぎに負わされた深手の傷を見せる。

「やぁ、これは酷いな。
膿んでしまったら大変だよ?
何か強い酒で消毒しないと。」

と俺は小屋中を探し回ったが、
この老人はお酒を嗜む習慣がないらしく、
見当たらなかった。

「フェルニー。一走り買い出しに行って
くれないか?」
とユーレクは云ふ。

「わかったさ!少し待ってなよ。」

俺は馬を駆って、民家のある場所を
探し回った。






4マイルほど離れたところにマディソンの街が
あった。

ダイナーの看板が掛かっている店を見つけ
まだ、開いていない酒場の扉を叩く。

すると、怪訝そうな顔した店主が扉を開けて訊ねてきた。

「なんだい?何の騒ぎだい?」

俺はは早口で捲し立てるように

「おじさん!お願いだ!
ここから4マイルほど離れたところに
屋根付きの橋の近くに住んでいる爺さんが
酷い怪我なんだ!」
と助けを求めると、

店主は扉をピシャリと閉めて、怯えた声で

「それは、お前!肝喰いクロウじゃないか?
関わりたくねえ!」

(えっ?何と言った肝喰いだって?)

俺はもう一度、扉を叩いて懇願する。

「強いアルコール、ガーゼをくれないか?
賊にやられて傷が膿んできそうなんだ!」

「. . . . . 。」

返事がない。

俺が諦めかけた時、
店の店主が扉を開けてくれた。

「坊主。あの黒人の老いぼれは
危ない奴なんだ。
人間の生き肝を喰らうおぞましい奴だぜ。
放っておけば良いさ。若いのにあいつの餌食に
なるこたあない。」
と店主が声を潜めて話してくれた。

(何と云う事だ!ユーレクが危ない。
しかし、待てよ?
たしかユーレクが云うには
あの黒人の爺さんが助けてくれたって. . . 。)

「おじさん。忠告ありがとう。
充分気をつけるさ。
だけど、俺の友達が待ってくれているから
強いアルコールだけもらえませんか?」

と云って俺は5ペンスを店主に渡すと

店主は態度を変えて
「ちょいと待ちな。」
と云って店のカウンターの奥から
ボトルを持ってきた。

「これはバーボンの原酒だよ。
60度はあるから、引火に気をつけな。」
とボトルとガーゼタオルを持ってきてくれた。

「おじさん、ありがとう!恩に切るぜ。」
と云って馬上から礼を云った。

俺は手綱を引き絞って、
早駆けにユーレクの居る山小屋へと
引き返す。

道中、あの店主の云ってた言葉が
頭の中で思い出す。

(肝喰いって. . . 、あの爺さん何者なんだ?)




山小屋に着くと、
"クロウ"と呼ばれる老人は
高熱でうなされていた。

「ユーレク!もらってきたぞ!」
とバーボンのボトルとガーゼタオルを渡す。

ユーレクは
「サンキュー!」と云って
ダッチ・オーヴンで熱湯を沸かし、
ガーゼを浸して煮沸消毒を始めた。

手慣れた手つきで、鉄串を使って
消毒したガーゼを絞り、
さらにバーボンの原酒を浸したガーゼを
老人の患部に手当てをした。

ユーレクは
石炭酸フェノールをくれないか?」
と要求する。

馬車には石炭酸フェノールが積んである。

ユーレクは手際良く
少量の石炭酸をバーボンで溶かし
煮沸した湯に入れる。
すると、絵の具のような芳香の湯気が
小屋の中に立ち込める。

ユーレクは
「こうやって小屋の中を消毒しておくのさ。
母さん仕込みさ。」
と説明する。

(手慣れたもんだな。)
と俺はしきりに感心していた。

俺とユーレクは老人を看病しながら、
街で聴いた"肝喰いクロウ"の話を
ユーレクに話してみた。

「なぁ、ユーレクはどう思う?」
と訊いてみる。

ユーレクは目を丸くしながら、

「マジかよ?そんな風にはとても思えないな。」
と考え込んでいた。




それから3日もすると、
クロウ老人の病も峠を越えた。
脚に負った傷の化膿も止まったようだ。

ユーレクはトウモロコシの粥を作っては
クロウ老人に食べさせてやっていた。

(ユーレクの癒しの力はすごいな。)

思えば、子熊にせよ、俺自身にせよ、
そして、この老人の回復ぶりはどうであろう。

クロウ老人は、ようやく落ち着き
話しかけてくるようになった。

「若ぇの。賊はどうなった?」
と訊ねてくる。

ユーレクは
「あぁ、俺と揉み合っている内は
わかんなかったけど、
爺さんには怪我を負わせやがったが、
爺さんの顔を見るなり血相を変えて
逃げ出しやがったよ。」
 
クロウ老人は
フォッフォッフォと笑い声を上げて
「そうだったのか。ならば良かったの。」
と微笑みを見せる。

俺は思い切ってクロウ老人に訊ねてみた。

「街じゃ、爺さんのことを"肝喰いクロウ"
と呼んでいたぜ?」

するとクロウ老人は
「あぁ。たしかにな。
俺はそう呼ばれていたんだよ。
だが、俺はそんなことはしていない。
でも北軍の奴らには、そのように呼ばれ
俺は怖れられていたよ。
戦時中は却って都合が良かったんだ。」

俺とユーレクは顔を見合わせて
「爺さん?昔、何かあったの?」
と訊ねると、

クロウ老人は
「俺は内戦の時に北軍側についたんだ。
いや、つかざるを得なかったんだ。」

クロウ老人は過去をポツリポツリと
語り始めるのだった。




          《つづく》
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