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ロング・キャトル・ドライヴ  第五部 連載2/4「慟哭」

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これまでのあらすじ

フェルディナンドとユーレクは
ホテル滞在中に不思議な現象に遭遇する。

ホテルにまつわる幽霊騒ぎ
南北戦争時代の哀しい過去と
ソフィアの供述が一致していることに気付く。

物語は再び少年ふたりを中心に展開する。


一晩明けると
パコ叔父さんは
すっかりと正気を取り戻していた。

俺たち四人は
ホテルのレストランで
英国風のフル・ブレイクファストを注文し
食卓を取り囲んでいる。

パコ叔父さんは
熱々のトーストに
マーマレードをたっぷりと塗り
嬉々とかじりついて

「おほぅ!こりゃ美味しいねー!」

陽気なスペイン系アメリカンらしい快活さを
取り戻しているようであった。

不思議なもので昨日の間、
ソフィアという女性の別人格だったことは
全く記憶に無いらしい。

「いやぁ〜、
君たちにはすっかり世話になったねぇ!」

パコ叔父さんはカルロスから
卸した牛追い業務の売上げ高の報告を受けて
至極ご満悦の様子だった。




俺たちは深夜の出来事について__

ソフィアもしくはアレクサンドラ
と思しき残留思念が伝えようとしたメッセージ

ソフィアに真意を問うことで
彼女自身が知っている深い意味を
訊いておかなければならないと思っていた。

しかし、それも叶わなくなったようだ。

カルロスは俺たちの話を聴こうと
話題を向けてくれた。

「それで?夜中に幽霊を見たんだって?」とカルロスが問いかける。

「そうなんだよ。
ここのホテルのもっぱらの噂ではあったけど
俺たちは本当に目撃したんだから . . . 。

このホテルこそが
過去に野戦病院の舞台だったこともあり、
ヒューゴの行方を探す霊が現れるらしいぜ。
昨日のソフィアの話しと当てはまるんだよ。」

と俺は熱を込めて云った。

ユーレクは付け加えるように
「たしか、"カンバーランドの川底に"って
云いたげだったような . . . 。」
と思い出していた。

俺たちが話している間中、
パコ叔父さんは神妙に耳を傾けていた。

カルロスは
「カンバーランドの川底って、行っても
どのあたりか見当もつかねえや。」

俺たちが途方に暮れていると

パコ叔父さんは
「だったら、ふりだしに戻って
ウッドランド通り橋に行ってみることだな。」
と云ふのである。

「なるほど!」
俺たちとカルロスはパコ叔父さんの言葉に
背中を押されるように頷いていた。

事の発端であった橋の上に行ってみれば
何かわかるかも知れない。

パコ叔父さんは
「今度はワシがお前たちを助ける番だよ。
ワシに考えがある。
街に行って色々と調達するから
後で橋の下で落ち逢おう。」




俺とユーレク、カルロス、叔父さんの4人は
ウッドランド通り橋のふもとに集合した。

事の発端とも言える
橋の中ほどまで歩いていく。

「昨日は確かこの辺りだったような?」

(相変わらず俺には特に何も感じないな。)
と思っていた矢先である。

急にあたり一面の空に黒雲が広がりだす。
目に見えるもの全てが色を失ったかのように
モノクロームの光と闇が覆いだす。

ユーレクが
「熱っ!」と呻いた。
おもむろに懐から原石を取り出すと
蛍光色を帯びた光を発している。

それは光に反射した輝きとは違い、
自ら発光していた。

原石から発せられたその霊的なオーラが
絹の繭のような煙となって
人の形を為しているように見える。

突然、フラッシュバックが始まる。
サブリミナルな映像が矢継ぎ早に
目に浮かんでは飛び込んでくる。

(これはいったい?何が起こっているんだ?)

俺はその場で気絶してしまった。




気が付くと、俺は病院の中に居た__。

望遠鏡のように視界が狭く、
ピントもおぼろげである。

まるで、たれかの記憶の中を
壁穴から覗いているような感覚だった。

ジェイコブは
アレクサンドラが野戦病院に居る
と聞き付けて駆けつけていた。

しらみつぶしに夜の病院内を探し回る。

悲劇の扉が開いた__ 。

ジェイコブの目に映っているのは
負傷兵とアルビノの美しい女性が
裸で抱き合う姿だった。

ジェイコブは逆上した。

頭に血が昇り、瞳孔の開いた眼に
陽炎のような視界が揺らめいている。

女が何か叫んでいるが、よく聞こえない。

ジェイコブが気がついた時
負傷兵の男が血塗れになって横たわっている。

「これでお前は俺のものだ。」
と薄ら笑いを浮かべるジェイコブは完全に常軌を逸していた。

「俺はまた迎えに行くからな。」
と云って
手下を従えて夜の病院から去っていった。






ヒューゴは事切れていた。

ヒューゴの屍の側で
アレクサンドラは慟哭していた。
声にならない叫びを上げ続けている。

哀しみに暮れたアレクサンドラは
幸せの時間を無残に奪われていった。

魂が抜け切って虚しくなった彼女は
意味不明の行動を取っていた。

夜の病院から外へ向かう非常階段へと
ヒューゴの屍を運んでいた。

その時、階段が突然崩壊する。

アレクサンドラはヒューゴの屍と共に
奈落の底へと堕ちてゆく。

アレクサンドラがこの世で最後に見たのは
カンバーランド川の水底へと堕ちていく
ヒューゴの姿だった。

手を差し伸べても届かない。
愛する人の姿が
自分の吐く息が泡となって
視界をかき消していく。

やがて、アレクサンドラも力尽きる。

カンバーランド川に弛まなく水は流れ
白く漂うアレクサンドラの屍が
ふたりを引き離すように
漂い流されてゆく。

翌朝、アレクサンドラは溺死体となって
発見された__ 。




「フェルニー!大丈夫か!」
ユーレクの声に呼び戻されで目を覚ました。

(なんだ . . . ⁉︎ 怖ろしい光景だったが?)

俺は気絶している間に見た光景に震えながら
皆んなに話して聞かせると、
奇遇にも、俺を含めて4人共に
同じ映像を観たようだ。

「ユーレク?これって一体?」
と訊いてみると

「サイコメトリーいわゆる残留思念だな。」
ユーレクはこの原石を拾ってから
たびたび、そのような事があったらしい。

「しかし、
これほどまでに強烈な思念は観たことない。」

ユーレクの話する間、
カルロスとパコも呆気に取られていたが

パコ叔父さんが
「この話、知ってるぜ。
もう30年も前の話で、ガキの頃だったか
白い溺死体が流れてきて、検分すると
それが、当代随一のサザン・ベルだったって
話さ。」

ソフィアにしろ、アレクサンドラにしろ
およそ伝えたかったに違いない話の全容は
掴めたような気がした。




パコ叔父さんはナッシュビルの街で
色々と物資を調達してくれた。

「ワセリンを用意してきたぞ。
小春日和とは言え、潜水するにも水温が低い。

潜るにはワセリンを身体中に塗りたくって
体温が低下するのを防ぐんだ。」

さらに、パコ叔父さんは
ガンベルトからいくつか弾丸を取り出して

「この弾丸から火薬をこうやって取り出して
仕入れてきた石灰と樟脳カンフルを混ぜるんだ。」

すでに配合した火薬を染み込ませた綿を
木の棒先にくくりつけた何本ものトーチを
用意してくれていた。

「見ろ!」
と云ってトーチの先を川の水に浸してみせる。

しばらくすると、バチバチと音を立てて
なんと水中で灯火が点された。

カルロスは
「すげぇや!叔父さん!」
と感嘆の声を上げる。

パコ叔父さんは
手製の水中トーチの灯りを満足そうに見つめ

「これで、暗い水底でも灯りが照らせるさ。」
さすがは経験豊富であった。

俺とユーレクは
年季の入った知恵を惜しみなく披露する
パコ叔父さんをあらためて見直したのだった。

俺とユーレクはさっそく
全身にワセリンを塗りたくる。

ヒンヤリしたゲルが冷たかったが
やがて全身が温かみに包まれ、
時折吹く北風も寒く感じなくなった。

目指すは橋の中ほどの最深部を目指す。

ロープを腰に巻き付けて、橋上からカルロスとパコ叔父さんに引き上げてもらう。

「さぁ!行くぞ。フェルニー!」
ユーレクの掛け声と共にカンバーランド川に
飛びこんだ。

予感は的中した__ 。
水中トーチが照らす川底に待っているのは
寂しげなむくろの人影が横たわっていた。




          《つづく》
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