見出し画像

ロング・キャトル・ドライヴ  第五部 連載4/4「つながった刻印」

〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜

これまでのあらすじ

カンバーランド川の川底に放置されたまゝ
30年の歳月を経て
何者かの亡骸が発見される。

亡骸に秘められた記憶の断片から
ヒューゴであったことを確信する。

献身的に骨を拾うフェルディナンドとユーレク

打ち上げられた亡骸に
ナッシュビルの港は騒然とする。




Je t’aime pour toujoursわたしはあなたを愛しつづける___》



カンバーランド川岸の港は
物資運送の要衝として
港湾には人々の活気がみなぎり往来も多かった。

俺たちは遺体を引き上げたため
港湾で働いている人々を驚かせたと同時に
好奇の目を引いてしまい
あっと言う間に野次馬が群がってきた。

パコ叔父さんはしどろもどろしながら
事の顛末を尋ねられては応対に苦慮していた。

「いやぁ〜 . . . 川に大切な形見の指輪を
落としちまってな . . . 。
この子たちに探してもらったら、
"人影がある。"
って云ふんで引き上げてみたら . . .
今じゃ、この騒ぎだ!」

「結局、指輪は見つからなかったけどな!」
と肩をすくめてみせる。

やがて、治安を取り仕切る郡保安官の連中が駆けつけてきた。

地元ナッシュビルではちょっとした事件となった。






野次馬の群衆の中に
あるひとりの初老の男がいた。

彼は愛想が良く人懐っこい雰囲気で
野次馬たちをかき分けて近づいてくる。

「おい。わけぇの。
そのホトケさんDrowning manをよく見せてくれないか?」
と俺に声を掛けてきた。

彼の名前はトーマス・オーウェンと云い
既に引退しているものの
元々は腕利きの郡保安官だったらしい。

「あゝ、いいともさ。」と
気丈に返事をしたつもりだったが、
すっかりと腐乱している遺体を前に
色を失った顔つきをしていたのだろうか。

トーマスは俺を労わるように語りかける。
わけぇの。
余程ショックだったんだろうが、
お前さんはよくやった!偉いよ。」と云って
ホトケさんDrowning manをまじまじと観察している。

すっかりと腐乱した亡骸には
左手の薬指に
黒くくすんだ指輪が見える。

トーマスはおもむろに
亡骸から指輪を取り外そうとする。

それを見ていた若い保安官補が注意を促す。
「あぁっ?そこのおじさん!
検分してるから勝手に遺体に触らないで!」

トーマスは穏やかに
「あぁ?分かっているとも。
ところでお前さん。この仕事は駆け出しか?」

若い保安官補は
「アンタ何者だい?
関係ない者はあっちに行ってな!」
と息巻いた。

トーマスは
「いやぁ. . . そう言われると詮もない。
ワシはな。昔この辺りを取り仕切っていた
保安官のオーウェンって言うんだ。

30年前にサザン・ベルの溺死事故ってのが
当時、ワシの抱えていた事件があったが
どうにも理由は判らんが捜査は中止になって、
その時に亡くなったサザン・ベルの指輪が
今そこにあるホトケさんDrowning manの指輪にそっくりなのさ。

その指輪をよく見せてほしいんだ。」

若い保安官補は
「ああ!オーウェン保安官でありましたか!
大変失礼しました。
ボスよりかねがねご高名は伺ってました。」

そう言うなり保安官補は
亡骸から指輪をそっと抜きとってトーマスに
手渡した。

トーマスは相槌を打って
指輪に付着していた垢や埃を払い落とし
経年劣化した表面を丹念に磨きだした。

その様子は
往年の保安官の目つきに戻って鋭さがあった。
食い入るように指輪をしげしげと眺めている。

「やはりな . . . 。」

指輪の裏側に刻印が彫ってある。

《Je t’aime pour toujours  〜Alex  to  Hugo 》

トーマスはあの30年前の事件のことが
想い出されるのだった。




以下、トーマスの回想による__。


1863年  秋

ナッシュビルのダウンタウンから
約5kmほど離れたカンバーランド下流に
美しい白い肌をしたホトケさん溺死体が発見された。

ワシは当時
ディヴィッドソン郡の保安官Sheriff
駆けつけたころにはすごい人だかりだったさ。

野次馬たちが口々に噂をし始めていた。

「アレはサザン・ベルのアレックスだぞ⁉︎」
そんな言葉が飛び交っている。

ワシは群衆を掻き分けて発見現場に行くと
そこには見たこともないような
ひときわ美しい白い肌の亡骸があった。

濡れた水滴が朝陽に照らされ乱反射している。

(不謹慎だが、これほど美しい亡骸は
見たことがない。)

"サザン・ベルのアレックスと言えば
当代随一の絶世の美女"と名を馳せていた。

検死が進むにつれ
彼女の死因については目立った外傷はなく
純然に"溺死"であることが判明した。

また、身につけていた遺品には
左手薬指に指輪をはめていたことだった。

《Je t’aime pour toujours  〜Hugo  to  Alex 》

指輪にはフランス語と英語を織り交ぜた
刻印が施してあった。

(これはエンゲージリングに相違ない。)

ワシは事故と事件の両面で
まずは指輪の贈り主であるヒューゴHugo
居場所を探さなければならなかった。

事故起こった翌日
遺体はナッシュビルの名士と名高い
エイプリルレイン家の双子の姉である
アレクサンドラ・エイプリルレインと
断定した。

当時は、南北戦争の真っ只中であり
戦死した兵隊の亡骸と共に
彼女の亡骸は荼毘だびに付された。

この頃、当主のジェームズは
敗色濃厚の南軍側に与していたこともあり
自宅の屋敷を不在にしていたことが多く
ワシがエイプリルレイン家に訪問した際は
すっかり憔悴し切った母親を支えるように
対応してくれたのは、
もう一人のサザン・ベル:ソフィアだった。

ワシは事の顛末を告げ、
「ヒューゴと言う人物を知っているか?」
と問うてみた。

ソフィアはひどく悲しそうな顔で
「ええ。彼とは家族ぐるみで食事もしたわ。」
と答えた。

「ヒューゴさんに姉はとても一途な恋心を
抱いていたのがアタシには手に取るように
判っていたのよ。
保安官さん?
この指輪がアレクサンドラの遺品なのね?
ヒューゴさん . . . 脚にケガしてらして
病院で手当をしていた間はアレクサンドラが
付きっきりだったはずなのに . . . 。」

ソフィアは気丈な娘だったが
躰を震わせるようにして悲しんでいるのが
ワシも見ていて辛かった。

「左様でしたか。
辛いことを想い出させて悪いのだが

他に何か思い当たる出来事はなかったかな?」

ソフィアは沈んだ声で
「姉にはもう一人の婚約者が居たの。
ロバーツさんって言う
テキサスの名家のご子息__
たしかジェイコブってお呼びしてましたわ。」

「ほほぅ。どんなお方か覚えてますか?」

「とても情熱的に__
我が家にお足を運んでいらしたのだけれど
アレクサンドラは会いたくなかったみたい。」

「なるほど。ジェイコブさんとどのように
知り合われたのですか?」

「とある社交場でのパーティーです。
たしか . . . 姉とダンスを踊ったのが
知り合ったキッカケで . . .
それからと言うもの継父から縁談を薦められ
姉は苦悩してましたわ。」

「これはアレクサンドラさんの遺品です。」
ワシは亡骸から抜き取ったエンゲージリングを
ソフィアに手渡した。

ソフィアは指輪に刻まれた刻印を
眺め
「ヒューゴさんは姉を裏切るようなことをする
御方ではございません。」

ソフィアは憔悴しており
とても悲しそうな声だったが
キッパリとした口調で云ふのだった。

ワシはソフィアと語るほどに
純粋に姉を慕う気持ちが溢れてくることを
感じずには居られなかった。


それからワシは
テキサス名家の御曹司
ジェイコブ・ロバーツへの接触を試みたが

当時、南軍側の要請によって
サザン・ベルの溺死事件は
デイヴィッドソン郡保安局としては
事故として処理するように沙汰止みとなった。

ワシがあの時感じた"勘"はざわついたまゝ
真相は闇に葬られようと
していたのかも知れない。




話は1893年 現代に戻る。

「ありがとよ!」
トーマスは若い保安官補に礼を云った。

「あの . . . オーウェンさん?」
俺は当時のトーマスの話を聞いて
ソフィア(パコ叔父さんの口を借りて)の話と
あまりに辻褄が合っており、
ソフィアの所在を訊いてみた。

トーマスは虚しく首を横に振り
「エイプリルレイン家は滅亡したんだ。
ジェームズは南軍側を支援していたが
戦争に巻き込まれて亡くなったのさ。
ソフィアは母親ヴァレリーと共に
故郷のガットリンバーグで余生を暮らしたが
ほどなく亡くなったと噂で聴いたさ。」

トーマスは
「どうやらお前さんたちは
ソフィアと縁があるようだな?

俺はこの通り
すっかり年老いてしまったが
あの時のソフィアの言葉が確信に至ったよ。
これはやはり事件だったんだと。」

ユーレクは黙って聞いていたが、
意を決するようにトーマスに尋ねた。
「オーウェンさん?
郡保安局に頼んで、ヒューゴのお骨を
アレクサンドラのお墓に弔いたいんだ。」

トーマスは笑顔を皺くちゃにして
わけぇの!お前さん立派だよ!」

トーマスは俺たちに見せまいと
後を向いてシャツの袖で涙を拭っていた。

トーマスは懐から大切にしまってあった
エンゲージリングを取り出して
俺とユーレクに託した。

「これはお前さんたちに託したよ。
今は内戦の時代
人々の心も荒んでいる。
だけど、お前さんたちは心の耳を澄まして
とてつもない物を見つけたんだから。

人が生きるために見失っちゃならない
真心ってものさ!」





カルロスとパコ叔父さんとは
ここでお別れだった。

「本当に良いのかい?
ナッシュビルからガットリンバーグまで
目的地と反対方向に220マイルほど東に
戻らなきゃなんねえぞ?」

俺とユーレクは
「いいんだよ!こちらこそありがとう!
アンタ達のおかげで不思議だけど貴重な体験
させてもらったよ。」

「達者でな!坊やたち。」
パコ叔父さんはまた新たな牛追いの仕事へと
西へと戻っていく。

俺たちはガットリンバーグへと旅路を東へと
そこに何が起こるかは解らないけれど
行かずには居られない。

トーマス・オーウェンは別れ際に
ニーチェの詩を贈ってくれた。

世界には、きみ以外には誰も歩むことの出来ない唯一の道がある。

その道は何処に行き着くのか、
と問うてはならない。

ひたすら進め__ 。


adiós amigo!さらば友よ
カルロスと交わした別れの言葉が
夕焼け空に高くこだましていた。




         第五部 《完》
〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜

この記事が参加している募集

#スキしてみて

525,778件

#ほろ酔い文学

6,041件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?