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今からコーヒー飲んでいい?

「今からコーヒー飲んでいいい?」
日曜日の夜9時をまわる頃、私はリビングで息子とじゃれていた夫にそうお伺いを立てた。

モラハラ夫の顔色を伺いながら
「私みたいな人間がコーヒーのような嗜好品を楽しんでも構いませんでしょうか?」
そう許可を取ったという話ではないのでご安心を。

私は気づいたのだ。
金曜日夜からまるで私の休日を狙ったかのようなタイミングで酷い鼻風邪をひいた息子の看病に夫婦で明け暮れた週末。
日曜日のこの時間までコーヒー一杯すら飲む時間がなかったことに。

息子は今映画「SING」を見ながら上機嫌で夫といちゃついている。
私はそんな二人を眺めながら一人ソファーに座っていた。
あれ?コーヒー飲むなら今じゃない?

そこで上記の発言である。
「今からコーヒー飲んでいい?」

正確に翻訳すると、

「熱いコーヒー飲んでリラックスしたいから、その間息子の注意関心を引き続けてくれない?あっつあつのコーヒーをお気に入りのお高いカップに入れて飲むから息子を私に近づけないように見張っていてちょうだいね」
である。

夫は「いいよ」と軽い調子で言った。

さて、ロイヤルコペンハーゲンのカップにお気に入りのコーヒーを注いで部屋に戻り、ソファーに腰をおろす。
あっつあつをひとくちすすり、カップをソファーのサイドテーブルに置く。

そうだ、義母がお土産に買ってきてくれたハラダのラスク(ガトーフェスタ ハラダ)もまだ食べていなかった!
ウキウキでラスクに思いをはせた瞬間である。

ローテーブルに手を伸ばした息子が、麦茶がなみなみと入っていたコップを倒した。
息子の手がローテーブルに伸びる瞬間から、麦茶をぶちまける瞬間までが私の目にはスローモーションで見えた。


「言ったじゃん!!ローテーブルのコップに気を付けてって!あれほど言ってたじゃん!!」

間の悪いことに、ローテーブルの下にはその日、普段は敷いていない敷布団が敷いてあった。
麦茶が布団にグングン吸収されていく。
「ああああーーーっ!!」
叫ぶ私。

今の今までニコニコと息子とじゃれていた夫の瞳からフッと光が消える。
-電源オフ、予備電源に切り替えます-
-モード切替-防御-

この瞬間夫は、無機質な夫型ロボットとなる。
それは、人(というか私)から怒りの感情を向けられるのが大の苦手である夫が編み出した身を守る手法のひとつである。

「あなたがいくら私を責め立てても僕には無効ですよ。僕ロボットですから」

夫の無機質な瞳がそう告げている。

私に背を向け、夫は床に飛び散った氷を拾い始める。
一つ拾っては空になったコップの中にコロン…と落とす。
コロン…の音を聞き届けてから再び夫は次の氷に手を伸ばす。

カラン…
コロン…

遅いっ!!圧倒的に動作が遅い!!
ハイスピードモードは搭載していないんか!?
2秒で拾え!!
2秒で拾った後走ってタオルを取りに行け!

わざとじゃないかと疑うほどの緩慢な動きに私の怒りのボルテージは上がり続ける一方である。

夫の手を離れフリーとなった息子が自分に向かってくることを恐れてサイドテーブルに置いていたコーヒーカップを持ち上げ、ソファーの上に立ち息子から避難する。

一口すすっただけのコーヒーはまだまだあっつあつで湯気を上げている。
このカップのおかげで機敏な動きを封じられた私は、夫に全てを託すしかないのだ。

「早くっ!タオル持ってきてよ!!はやくー!」
こうしている間にも布団はグングン麦茶を吸い込んでいる。
慌てふためく私に、ノロ…ノロ…と立ち上がる夫。
夫型ロボットうぜぇ…思わず内心毒づく私。

いやさ、息子が麦茶ぶちまけた件はもういいんだ。
狭い部屋で小さい子供遊ばせてたらそんなアクシデントも起こるだろうよ。

ただせめて、慌てる素振りを見せてくれ!!
嘘でもいいから一緒に慌ててくれ。
テンションを私に合わせてくれ、頼む……

防御に特化したこのモードは結果的に私の怒りのボルテージを上げるだけなのである。

夫が防御モードをオフにし、夫型ロボットからただの夫に戻ったのはそれから小一時間後であった。



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