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#4「ビジョン」とは何か~ 遠藤功『未来のスケッチ』より~|学校づくりのスパイス

 今回は遠藤功氏の『未来のスケッチ――経営で大切なことは旭山動物園にぜんぶある』(あさ出版、2010年)をもとに、学校の「ビジョン」について考えてみたいと思います。メディアでもしばしば取り上げられている旭山動物園については、関連書籍もたくさん出版されていますが、今回はそのなかでも「組織をいかにして活性化していくか」という視点を前面に立てて論じられている、コンサルティングファームを経営する遠藤功氏の著作を取り上げます。

「スター」動物のいない動物園

 旭山動物園と言えば、公共施設経営の成功モデルとしてたびたび話題になってきましたが、同園は立地や規模・予算等のハード面では他の動物園に比して有利とは言えず、また、パンダ、ラッコ、コアラといった「スター動物」もいないようです。

 旭山動物園は他の公共施設同様に、バブル崩壊後の一時(1996年)は年間26万人しか来園者がなく、廃園の危機に直面していた状態から、2006年には年間来園者300万人を超える人気動物園へと変貌を遂げた「奇跡の動物園」として、マスコミでもたびたび取り上げられてきました。約12倍に来園者を増やした計算になります。

 同書では人気獲得につながった、旭山動物園の特徴がいろいろなかたちで紹介されています。動物が進化の過程で獲得した特徴的な行動を引き出すという「行動展示」(86頁)、飼育と展示の両方を受け持つ「飼育展示係員」が自分の言葉で動物一匹ごとの性格や特徴を説明する「ワンポイントガイド」(75頁)、生態学的地位の異なる別種の動物を同一空間で展示する「共生展示」(140頁)など、さまざまなアイデアを他の動物園に先駆けてかたちにしてきた様子が同書のなかには記されています。

動物園改革の背後にあったもの

 ただし注目すべきはこうした特徴そのものよりも、何を考え、どのようにしてそうした特徴をかたちにしてきたかという、改革の背後にある理念やプロセスです。旭山動物園のガイドには次のような説明があるそうです。
「当園では、ありのままの動物たちの生活や行動、しぐさの中に『すごさ、美しさ、尊さ』を見つけ『たくさんの命あふれる空間の居心地の良さ』を感じてほしいと考えています。ペット種のように触れ合う、可愛がる、芸をさせる、立つレッサーパンダのような擬人的なかわいらしいポーズに価値をつけるといった切り口から野生種への関心を持ってもらうべきではないと考えています」( 51 頁)。
 
 旭山動物園の改革の背景には、野生の動物がもともと持っている魅力を知ってもらおうとする確固とした信念があることは明らかです。ただし、どんなに優れた信念であっても、それらは時とともに風化し形骸化するとも述べられています(53頁)。すばらしい理念も、繰り返し聞かされることでそのインパクトは薄れ、多忙な組織の日常に埋没してしまうこともあるということは、多くの学校の学校教育目標を思い出してみれば理解がたやすいのではないでしょうか。 
 そこで必要となるのが、理念に具体的なかたちを与える「ビジョン」です。

未来のスケッチ

遠藤功『未来のスケッチ』あさ出版

「ビジョン」とは何か

 「『ビジョン』って何ですか?」――学校の先生方からときどきこんな質問を受けることがあります。「改革のビジョンを掲げろ」「あいつの持っているビジョンが今ひとつ分からない」といったように、「ビジョン」という言葉は巷でけっこう使われていますが、ではそれは何かと問われると、即答できない人も多いのではないでしょうか。 

 「ビジョン」(Vision) の原義は「見る」(vis)「こと」(ion)ですが、この言葉は日本でも英語圏でも非常に多義的に使われています。しかし、この本を読んで「ビジョン」の概念を最もシンプルに説明する言葉に行き当たりました。それがズバリ、タイトルにもなっている「未来のスケッチ」です。

 学校であれ、他の公共施設であれ、企業であれ、今日の社会のなかで組織を経営していくためには、未来の姿を描いてその姿をより望ましいかたちに変えていく必要があります。もちろん、未来がどうなるかは誰にも正確には分かりません。しかし、分からないからといって組織(学校)のなかの人々がそれぞれ勝手に想像をめぐらせているだけでは組織は組織としての力を発揮することはできません。

 未来の姿はたいてい曖昧模糊(あいまいもこ)として不確かなものですが、背景や性格の異なる人々の間でよりはっきりとイメージして行動に移していくためには、ビジョンを共有化するための工夫や努力が必要になります。この、変革に挑む組織が直面する課題に、同書の表紙にも描かれているような「14枚の手描きのスケッチ」という単刀直入な方法で切り込み、そこから生じる化学反応によって施設を建て直していったのが、この本のなかで描かれている旭山動物園のドラマです。

 もちろん学校の場合、(よほどの画才があれば違うのかもしれませんが)教室のなかで授業風景をスケッチにしたからといって、それで未来の学校の子どもや教員の活動をイメージすることはむずかしいかもしれません。ビジョンの違いが視覚化されやすい施設と、そうでない施設があるのは明らかです。

 けれども、見えない未来を可視化してみるという旭山動物園の改革のモチーフは、学校のなかでも活かすことができるはずです。近年ホームページにグランドデザインを公開している学校が増えてきましたが、心に訴える力を感じるものは極めて稀です。学校は子どもの未来のための組織であることを思い出すなら、学校や学級の未来像をどのように描き、またそれをどう表現したら伝わるか、旭山動物園のスケッチを手がかりに考えてみてもよいのではないでしょうか。

【Tips】
▼旭山動物園は教育活動も盛んです。
https://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/activities/index.html
こんなところにも創意工夫がみられます。

(本稿は2018年度より雑誌『教職研修』誌上で連載された、同名の連載記事を一部加筆修正したものです。)

【著者経歴】
武井敦史(たけい・あつし) 
静岡大学教職大学院教授。仕事では主に現職教員のリーダーシップ開発に取り組む。博士(教育学)。専門は教育経営学。日本学術研究会特別研究員、兵庫教育大学准教授、米国サンディエゴ大学、リッチモンド大学客員研究員等を経て現職。著書に『「ならず者」が学校を変える――場を活かした学校づくりのすすめ』(教育開発研究所、2017年)ほか多数。近刊に『地場教育』(静岡新聞社、2021年7月刊行予定)。月刊『教職研修』では2013年度より連載を継続中。


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