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#50 創造は「エッセンスを引き出す力」から~上垣渉『アルキメデスの驚異の発想法 数学と軍事』より~|学校づくりのスパイス

 今回は前回に引き続き人の創造性について考えてみます。

 前回の連載では創造のための「心のガラクタ」の必要性をお話ししてきましたが、もちろんこれは必要条件の一つですが、心のガラクタから何かが自動的に創造されるわけではありません。では、人が日々経験するさまざまな事象を創造に結びつけるためには、どんな術が必要なのでしょうか。

 今回は前回の論点から一歩進んで、上垣渉氏による『アルキメデスの驚異の発想法――数学と軍事』(集英社インターナショナル、2021年)を手がかりに、考えてみたいと思います。

天才の頭の中

 この本は、古代の天才がいかにして発想を形成していったのかについて、史実を手がかりにしながら、あたかも推理小説のように推測が重ねられていくスリリングな作品です。

 アルキメデスは紀元前3世紀に生きた数学者ですが、本書によれば長靴型のイタリア半島の先にあるシチリア島のシラクサという町で、その生涯の大半を送ったようです。数学者としての功績は言うまでもありませんが、天文学においても、またエンジニアとしても卓越した功績を残したようです。

 なかでもおもしろいのがエンジニアリングについてです。政治的に独立していたこの町がローマ軍に侵攻された際、アルキメデスが考案した独特な兵器によって侵攻から町を守った様子が本書では詳しく解説されています(99~147頁)。

 たとえば、巨大な鉤爪を軍船の舳先に引っかけ、テコの原理を使って軍船を船ごと釣り上げて転覆させる兵器や、ねじりバネの力を使って80キロもの石を投げたり、距離を調整したりすることのできる投石機によってローマ軍を震撼させたことが記されています。

 そしてなんと、12世紀の歴史書には鏡を使って集光する「熱光線」によってローマ船を焼き尽くしたという記録が記載されているそうです。その真偽のほどについては現在に至るまで不明だそうですが、2005年にマサチューセッツ工科大学が127枚の鏡を使い当時可能であった方法で実験※してみた結果、30メートル先の木製の船が確かに発火したことが本書には記されています(139頁)。
※実験動画も公開されています(下の【Tips】参照)。

 さて、アルキメデスが並外れた頭脳を持っていたことは疑う余地もありませんが、それにしても、こうした軍事兵器に活用されたエンジニアリングの発想が、数学理論とは別々に存在していたと考えるのは不自然です。

 むしろ、エンジニアリングの発想があったからこそ、数学分野でも卓越した業績を残すことができたのではないかと上垣氏は推測しています。たとえば「円の面積は、円周の長さを底辺、半径を高さとする直角三角形の面積に等しい」という命題をアルキメデスはある方法で証明しますが、その証明は非常に回りくどいものであり、実は「証明するよりも前に“直感”で答えを知っていた」(168頁)のではないかと推測されています。

 というのも彼は「円の無限分割」という当時は禁止されていた思考法を用いることができたからです。当時禁止されていたというのは、ギリシア哲学においては、イデア(真に存在する理念の世界)を扱う哲学こそ最高位の学問であり、数学はそれよりも階梯(かいてい)の低い学問、機械学はさらに下という明確なヒエラルキーが存在していた(83頁)ためです。だから哲学や数学をもとに現象を説明することは許されても、その逆に機械学を数学や哲学に応用するのは許されていなかったそうです。

上垣渉『アルキメデスの驚異の発想法――数学と軍事』集英社インターナショナル

「抽象化」の力

 当時「禁じ手」とされていた具体的な事物や現象から得られるヒントを抽象化して既存の理論に組み込んでいくという「反ギリシア的な思考様式」(188頁)にアルキメデスの創造性の秘密があるようです。

 アルキメデスが風呂に入ったときの湯船の水位の上昇から複雑な形状の物の体積を測定する方法を思いつき、「ヘウレーカ!」(わかった)と叫んで裸で町中を走り回ったという、元祖ストリーキングのエピソードはとても有名ですが、これもまた具体的な事物を抽象化する思考法の力によるものと考えることができます。

 さて、筆者の観察によれば、学校教員の多くは「具体→具体」または「抽象→具体」という思考法には慣れていても「具体→抽象」という頭の使い方があまり得意ではありません。学校現場で研修やアドバイザーをしたときに筆者がよくリクエストされるのは「事例を知りたい」「何をしたらいいのか教えてほしい」というものです。また、学校現場で多用される「具現化」という言葉は、教育目標等の抽象的な概念を具体的な教育活動に翻訳していく、まさにギリシア的な思考法です。

 けれども「創造」のカギは、どうも具体的な事物を抽象化して用いる力にありそうです。というのも、人が触れる刺激や情報は無限にありますが、そのなかから活用可能なつながりを見つけ出すには、有効なエッセンスを抜き出す必要があり、そのためには抽象化が不可欠だからです。

 これは何も小難しいことを言っているわけではありません。たとえば「スイカに塩をかけると甘くなる」という知識や経験は、それだけではスイカにしか使えませんが、これを「少量の塩分は甘さを引き立てる」という次元で理解しておけば、ココアにも応用できて、塩キャラメルのようなスイーツも発想できるかもしれません。

 もっとも、事物をどう抽象化してそのエッセンスを見つけ出すかは千差万別で、多様なアプローチが考えられます。学校教育のなかでも、たとえば「事物のしくみをモデル化して図示する」「活動のキャッチフレーズをつくってみる」「学校や地域のキャラクターを創作してみる」等の活動を組み込めば、それはエッセンスを抜き出すいい学びになるはずです。

 実はこの連載の執筆も、筆者にとっては1冊の著作からエッセンスを見つけ出して援用する創造力のトレーニングになっていると感じています。子どもの未来を創造的なものにするためにも、教育活動にひと工夫加えてみてはいかがでしょうか?

【Tips】
▼マサチューセッツ工科大学の実験の様子は動画になっています。

(本稿は2018年度より雑誌『教職研修』誌上で連載された、同名の連載記事を一部加筆修正したものです。)

【著者経歴】
武井敦史(たけい・あつし)
 静岡大学教職大学院教授。仕事では主に現職教員のリーダーシップ開発に取り組む。博士(教育学)。専門は教育経営学。日本学術研究会特別研究員、兵庫教育大学准教授、米国サンディエゴ大学、リッチモンド大学客員研究員等を経て現職。著書に『「ならず者」が学校を変える――場を活かした学校づくりのすすめ』(教育開発研究所、2017年)、『地場教育――此処から未来へ』(静岡新聞社、2021年)ほか多数。月刊『教職研修』では2013年度より連載を継続中。

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