見出し画像

#9 ワクワクする学校再編のヒント~松村秀ー『ひらかれる建築』より~|学校づくりのスパイス

 学校再編に乗り出さざるを得ない自治体が増えています。2018年の7月に筆者の研究室で静岡県を対象に人口予測データを用いて学校配置可能数の試算研究をしてみましたが、通学圏内で一学年当たり小学校20人、中学校40人程度の規模を維持しようとすると、2030年までに少なくとも小学校で23%、中学校で16%程度の学校について配置見直しを検討する必要が生じるという結果が出ました。

 当時、地元静岡新聞の一面で報道されて、大きな反響を呼んだのを憶えています。それだけ学校は地域の人々にとって大切な施設なのだということなのではないかと思います。

 一方で児童・生徒数が少ないことが望ましくないからといって、やみくもに統廃合を行えば、地域社会に甚大なダメージを与えることになります。多くの場合学校は地域コミュニティの中核であり、シンボルとしての側面もあるからです。今回は建築学者である松村秀一氏の『ひらかれる建築』(筑摩書房、2016年)をもとに、未来に向かって希望の持てる学校再編とはどのようなものかについて考えてみようと思います。

人口減少の何が悪い⁉

 人口が減少して何が問題なのでしょうか? 単純化して考えてみましょう。
 S町にそれぞれ1万人の人々が住むほぼ同じ広さのA地区とB地区があり、各地区に2クラス規模の小学校が一つずつあったとします。そしてそれぞれの地区は20年後、地区人口が半分になると見積もられるとします。

 20年後、両学校は各学年1クラス規模になります。一人当たりの財の生産と税率が同じであったとすれば税収も大体半分になります。けれどもクラス数は半分でも教員数や校舎が半分で済むわけではありません。公共施設の維持費は施設ののべ床面積にほぼ比例しますから、小規模のクラス数で学校を維持しようとすれば、町は財政的に苦しくなると同時に、クラス替えができなくなるなど学校教育活動や行事にも小規模化の影響が出てきます。

 一方で次のように考えることもできます。今度はA地区とB地区がAB地区として一体となって一つの学校を配置することにすれば、人口1万人、同じ条件設定なら税収も同じです。学校についても一学年2クラスのままです。それだけではありません。AB地区には二倍の地積(空間)が生まれて、のびのびと生活できる環境が期せずして手に入ります。

 ところが人の気持ちはそう単純に割り切れるものではありません。前回の連載でのべたように、地域住民の視点から見ると、それぞれの地域・学校には固有の「かけがえのなさ」があるからです。では未来の展望を拓くにはどう考えたらよいのか、今回の著作からヒントを探ってみましょう。

ひらかれる建築

松村秀一『ひらかれる建築――「民主化」の作法』筑摩書房

「箱」から「場」へ

 この本は建物や町並みづくりに人々が主体的にかかわる関与のあり方を「民主化」と呼び、この「民主化」を軸にして住宅建築の歴史を分析して今後の建築のあり方について提案したものです。

 筆者は戦後の住宅建築の歴史を三つの世代に分類して考えています。プレハブ住宅に代表されるような、近代的な生活を送れるような「箱」を大量に供給してきた1950~60年代の第一世代の民主化、生活者が多様な選択肢からの選択を通じて自らの居住空間形成により参加できるようになった2000年代までの第二世代の民主化、そして今日顕在化しつつあるのはあり余る空間資源を活用して自らの発想で「箱」を「場」へと設えていく第三世代の民主化であるとして、次のように述べています。

 「『場』づくりにおいて主要な座を占めるのは、従来のような専門的な知識・技術ではなく『箱』をどう利用してどんな暮らしの『場』を創るかについての、生活者の自由な構想力である。(中略)知識や技術を持つ専門家よりも、構想力を持つ生活者が待望される時代なのだと思う」(158頁)。
 
 このモチーフは学校建築にもほぼそのまま当てはまるように思われます。児童・生徒数の増加に対応して4間×5間の教室を大量供給してきた時代、オープンスペースやインテリジェント化等の設計手法が校舎の多様化をもたらした時代、そして余裕教室の活用や廃校利用など空間の利活用が問われている今日というように、時期に多少の違いはあっても、学校建築の活用テーマも筆者の述べる住宅の民主化と同じ軌跡をたどってきたといえるのではないでしょうか。

 とすれば、これからの時代の学校のあり方を考える際に必要なのは、学校という「箱」をベースにして関係する人々の自由な構想力によって、人々が集う「場」に作り替えていくことなのではないでしょうか。

学校を「結婚」させよう

 さて、前回の連載で学校は「生きている」ということを述べましたが、人口減少社会に前向きに立ち向かうための比喩として、学校再編を学校同士の「結婚」と考えてみてはいかがでしょうか。私たちの命がそうであるように、学校の再編によってこれまで別々に営まれてきた生が、今度は一つになってその命を未来に向かってつないでいくのです。

 加えて学校の「結婚」の跡には大きな空間資源が残されます。しかも、それは単なる「箱」ではありません。一般に地方部であるほどに学校は地域コミュニティの中心地に立地しています。学校はコミュニティに暮らす人々の記憶に埋め込まれた密度の濃い空間でもあります。

 きっと学校同士の幸せな結婚は、この空間を「場」に変えていく試みの成否にかかっています。この「第三世代の民主化」に当たり松村氏が提案しているのは、次に挙げる10の「作法」です。

① 圧倒的な空間資源を可視化する
② 利用の構想力を引き出し組織化する
③ 場の備えを情報共有する
④ 行動する仲間をつくる
⑤ まち空間の持続的経営を考える
⑥ アレとコレ、コレとソレを結ぶ
⑦ 庭師を目指す
⑧ 建築を卒業する
⑨ まちに暮らしと仕事の未来を埋め込む
⑩ 仕組みに抗い豊かな生を取り戻す

 もっとも、こうした10の作法を心にとめておけば自動的に第三世代の民主化が実現するというわけではないでしょう。これらの作法も、それぞれが相互にかみ合って組織的な行動に結びついていかなければ、精神論に終わってしまうリスクもあるのではないかと筆者は危惧します。さまざまな人々を巻き込んで幸福な人口減少社会への道のりをデザインし、具体的なかたちを与えていく人材こそが、学校再編に直面する地域にとって待望されているといえるのではないでしょうか。

【Tips】
▼本書でも紹介されている多世代交流型賃貸集合住宅「たまむすびテラス」の発想は廃校利用にも使えそうです。
https://www.g-mark.org/award/describe/39440

(本稿は2018年度より雑誌『教職研修』誌上で連載された、同名の連載記事を一部加筆修正したものです。)

【著者経歴】
武井敦史(たけい・あつし) 
静岡大学教職大学院教授。仕事では主に現職教員のリーダーシップ開発に取り組む。博士(教育学)。専門は教育経営学。日本学術研究会特別研究員、兵庫教育大学准教授、米国サンディエゴ大学、リッチモンド大学客員研究員等を経て現職。著書に『「ならず者」が学校を変える――場を活かした学校づくりのすすめ』(教育開発研究所、2017年)、『地場教育――此処から未来へ』(静岡新聞社、2021年)ほか多数。月刊『教職研修』では2013年度より連載を継続中。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?