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#1「学校づくりのスパイス」とは|学校づくりのスパイス

 新連載「学校づくりのスパイス」がスタートします。今回はその第1回ということで、新連載のねらいと、このタイトルに込めた意味について述べたいと思います。

学校組織の創造性 

 今後の学校に求められる仕事が、従来以上に創造的な性質を帯びたものになっていくことは疑う余地がありません。学習指導要領には「学びに向かう力」「主体的・対話的で深い学び」「課題発見・解決能力」といった表現が並び、こうした新たな学習を実現するための「カリキュラム・マネジメント」が強調されています。こうしたこれまでの学校に馴染みの薄いキャッチフレーズや概念が強調される一方で、どうしたら学校や、そこで働く教職員が高い創造性を発揮して活動を展開していけるようになるのか、という点についての議論はあまり成熟していません。

 現在進められている学校の組織改善に関する主な施策は次のようなものです。まず、「学校における働き方改革」のなかで、学校および教師が担う業務を明確化・適正化し、可能な業務は教員以外の専門スタッフやボランティア等が担うように方向づけられていくものと考えられます。この動きは、学校を多様な専門性を持つ人々が協働できる「チーム学校」への変革に向けた動きと連動しています。そして、教員については「学び続ける教員」のかけ声のもと、教員や学校管理職に関する育成指標が策定されており、今後はこれに準拠した研修体系が整備されていくことでしょう。

 これらの施策には必然性があり、また国際的な動向とも符号している動きなのですが、これらだけで学校が創造的な組織へと成長できる保障はありません。創造性の発揮には、常識や慣行を疑う想像力が不可欠ですが、一般に専門分化を高めて各職員が専念すべき職務を限定するほどに、そして組織内の成員のキャリアパスを枠づけるほどに、規定の枠組みを超える発想は困難になっていくからです。

 悪くすれば、働き方改革の中で個々の教員の担うべき業務が限定化され、教員育成指標とそれに基づく研修体系が整備されることで、学校の中では各教職員が分担にしたがって職務をこなしつつ、指標によって敷かれたレールの上で成長することが期待されていく、「オートメーション化」された組織になってしまいかねません。そうした組織が子どもたちの創造性を育むことができるとは、筆者にはどうしても思えません。何かが欠けているのです。

創造的な組織づくりのヒント

 ちょっと唐突ですが、あるインタビュー記事の言葉を紹介しましょう。

 場が整理整頓されてきたら、異質なものを取り込むことです。異質なものというと語弊があるかもしれませんが、整理整頓されすぎてきたら、何か新しいものを取り込む。そうすることで場は活性化するのだと思います。こういう、業際(ぎょうさい)というか、業界と業界の境目がなくなりつつあるような時代ですから、きちんと線を引こうとするのではなく、むしろいろんなものを放り込んで、雑多なものが竜巻のようにこんがらがりながら昇っていくイメージ。そういうのが、企業にしろ、組織にしろ、劇場にしろ、この映画祭のようなイベントにせよ、場のあり方として一番いいのだと思います。そういう場から楽しくて、面白くて、今まで創造もできなかったような新しいものが生まれてくるんです(「吉本興業社長 大崎洋の『場の哲学』下」『THE 21』2012年8月号、PHP研究所)。

 これは吉本興業社長の大崎洋氏の発言です。学校と吉本興業、一方は公教育機関であり他方は娯楽産業ということで、対称的な組織であるかのようなイメージを持つ人も多いかもしれませんが、実は両者は組織の性格の面で非常に類似している点があります。それは、どちらも子どもや若者を主対象として「知の生産」を担っていること。そしてこの営みが人間同士のリアルなコミュニケーションによって稼働している、ということです。

 コミュニケーションによって知の生産を高める組織にとって、創造性を高める鍵は「異質なものを取り込む」というところにあるのかもしれません。そういえば、シリコンバレーの諸企業は例外なくカフェ等の多様なコミュニケーションが生まれる工夫を重視していると聞いたことがあります。一方で上述の諸施策をみると学校という場を「整理整頓する」方向に向いているといえるのではないでしょうか。ただし戦後、機能的拡大の一途をたどってきた学校のこと、一定の整理をつけないともたないこともまた明瞭です。

 とするならば、学校に新たな活動を取り込んだり研修を追加したりするのではなく、発想を豊かにすることによって学校に新しい風を吹きこむことはできないだろうか? こんな問題意識からこの連載はスタートしました。

「学校づくりのスパイス」とは

 次回以降、学校にとっては異質で「当たり前」を疑ってみる手立てとなるような著作を一冊ずつ取り上げ、そこに含まれる考え方から現代の学校づくりへの示唆や応用を筆者なりに読み解いていきたいと思っています。連載で主に取り上げるのは学校や教育学関係の本ではなく、少し異なる分野の著作です。興味を持たれた読者のみなさんが手にとって読んでみることができるように、比較的廉価で専門的な知識がなくとも読むことのできるものに限定して紹介していきたいと思います。

 さて、本連載のタイトルは「学校づくりのスパイス」です。筆者の研究者としてのキャリアはインドの村に滞在して現地の学校教育のフィールド調査をすることから始まりました。筆者自身、研究者としては「異質」なものだったのかもしれませんが、今ではその特殊性こそが、研究だけではなく、ものを書いたり研修をしたりするうえでも役立っているということをしばしば感じます。

 今ではそうしたゆとりはなくなってしまいましたが、それでも年に一回ほどはインドに出かけて行って学会報告をしたり大学で講義をしてみたりもしています。こんな「生い立ち」もあってか、スパイスにはちょっとうるさいのです。

 スパイスだけでは食べられませんが、スパイスがなければ料理は味気のないものになってしまいます。同様にこの連載だけで学校に必要なリーダーシップやマネジメントを学べるわけではありませんが、学校の教員にありがちな考え方に変化を与えて、スクールリーダーの仕事をもっと創造的でおもしろみのあるものにしていこう、というのがこの連載のねらいです。

 スパイスと同様、紹介した考え方をどのように使ってみるかは、読者の皆さんのお好み次第です。どうぞご期待ください。

(本稿は2018年度より雑誌『教職研修』誌上で連載された、同名の連載記事を一部加筆修正したものです。)

【著者経歴】
武井敦史(たけい・あつし) 
静岡大学教職大学院教授。仕事では主に現職教員のリーダーシップ開発に取り組む。博士(教育学)。専門は教育経営学。日本学術研究会特別研究員、兵庫教育大学准教授、米国サンディエゴ大学、リッチモンド大学客員研究員等を経て現職。著書に『「ならず者」が学校を変える――場を活かした学校づくりのすすめ』(教育開発研究所、2017年)ほか多数。近刊に『地場教育』(静岡新聞社、2021年7月刊行予定)。月刊『教職研修』では2013年度より連載を継続中。


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